日本人は一般的に宗教観にとらわれない、いわゆる “無神論者” が多いとされています。

宗教/信仰/入信/ という単語が来ると身構えてしまいます。

私はつい最近(先代が亡くなってから)家が天台宗の檀家だという事を知りました。

近所に菩提寺もあり、盆暮れ、先代の命日などには墓参りにも行きます。

そんな私もご多分に漏れず、正月には神社にお参りし、仏壇を備え、クリスマスにはサンタを

待つ。という日本特有の異宗ごちゃ混ぜの文化に習って来ました。

逆に言えば、ほとんどの人は特定の宗教に依存していない訳です。

しかし、他の国々の宗教観に似た者が日本には立派にそんざいします。それはなにか。

「世間」です。昔からよく言いませんか?「世間様に顔向け出来ない」と。

西洋では主にキリスト、中東ではアラーだったりしますが、その存在/教えは絶対です。

人はたびたびその教えに背いて、盗みを働いたり、人を殺めてしまったりするのですが、

それらを悔いるのは、基本的に「神からの教えに背いてしまった」からに他なりません。

もちろん法的に罰を与えられる事への後悔もありますが、その法律も、元を正せば宗教に

まつわる道徳などの教えが根源にあります。

日本では敗戦によって信仰が揺らいだ所に、勝戦国の文化と共に乗ってきたキリスト教を

受け入れてしまったところで宗教観が崩壊してしまい、

それまで根底にあった「世間体」がモラルのスタンダードになったわけです。

例えば西洋では「離婚」というと、神への誓いを破ることになりますが、

日本の「離婚」は世間を欺く行為ということになります。

もっとも、今はそのどちらとも効力は薄く、わりと簡単に離婚に踏み切る様になってしまい

ましたが。