僕は正直、他人からの「愛」を知らない。何度となく言っているが、本当に他人からの愛情を理解できないというか知らない。
僕は多分特殊な家庭?いや、似たような家庭で育った人でも僕のように精神も患わず、全うに生きてる素晴らしい人も居るかもしれない。
昨日ある方とメッセ交換をしたり、昨日のブログにコメントを下さった方のコメントを読み色々考えました。(コメント返しできなくてすみません)
僕は小さい頃、要は生まれたての頃、兄が重度障害者な為、両親は僕の面倒まで見れず、僕は手がかからない保育園に入れる位になるまで、ベビーシッターに預けられていたそうです。それは仕方がないこと。恥ずかしい話ですが、29歳になった今でも、寝る時だけですが指しゃぶりをしないと眠れません(笑)要するに母親のおっぱいが、出なかった…そう、ストレスによって、僕に与えられるハズだった母乳が出なかったそうです。色んな方法で僕の指しゃぶりをやめさせようとしたそうですが、普段も常に指しゃぶりをする状態が小学校三年まで続きました。要するに授業を受けながらでも指しゃぶりしていたんです(笑)でもある時からその普段の指しゃぶりは止めることができました。その小学校三年の時に筆箱を忘れた日に隣の席の男の子に鉛筆を貸して欲しいと頼んだところ、「お前いつも指しゃぶりしてて、俺の鉛筆がヨダレだらけになるから嫌だ」と言われて貸してもらえなかった(笑)だからそれで普段、要は寝る時以外は指しゃぶりをしなくなりました。まあ、彼のお陰です(笑)未だにその子の名前も覚えてます。
勿論思春期の成長期にも指しゃぶりをしていたおかげで、上下の歯は奥歯を噛みしめても舌がベロっと出る位に隙間が開いているし、(指が入る程)顎も曲がっている。
いやいや、僕はこんな恥ずかしい話をするつもりではなく、「愛情」について語りたかったんだった。話はそれましたが、要するに両親からの愛情が足りなかったんですね。足りなかっただけです、ちゃんと僕に対する愛情はあったはず。母親は僕に可愛い服を買って与えてくれたし…まあ、正直、父親からは何の愛情をもらっていたかは覚えてません。そして、一番重大なこと。兄は重度自閉症の重度知的障害、そしててんかん持ち。そう、兄は自分の気持ちを人に伝えることすらできない。言葉も話せない、意思疎通ができません。要するにそのイライラが自分より弱い者、要は僕に向かう。僕は小学校六年生になるまで兄から暴力を振るわれていました。言い方は凄く悪いですが虐待です。それが小さい頃から体が大きくなっても兄の方が大きく強いので162㎝62㎏もある、同じ年代の子より全然大きな僕に、気に入らないことがあると暴力を振るわれていました。そう、兄は5歳離れているので、もうすでに高校生ゆうに180㎝超えていました(笑)だから僕なんて小さくて弱い者。知的障害があるので、僕の方が知的には上でした。兄が怒って僕の部屋まで走ってきて僕を殴りに来るうかうか昼寝なんかしていられない状態。でもある日父親にこう言われました「お前は反抗しないからだ」と。要するにされるがままの僕でした。決してMではないです(笑)その父の言葉を聞いてから、僕は兄が怒って僕を殴りに来る時に棒を持って待ち構え、兄は脳にダメージがある訳なので、頭は狙わず、兄に殴られそうになると兄のお尻をその棒で叩きました。もう、やるかやられるかの世界(笑)そう、たったそれだけで兄からの暴力がピタリと無くなりました。自分より僕の方が頭がいいと兄は兄なりに理解できたのでしょう。たったこれだけのことで、暴力は全くなくなり、安心して昼寝ができるようになりました(笑)
しかし、それがおさまるまでの間は酷いものでした。両親はそれを見ぬふりをしていたんですねー。仕方ないとか思っていたのでしょうか?兄に殴られ両方の鼻から鼻血を出して泣いたこともあります。でも家族の中でただ1人、たった1人だけど、僕を助けてくれる人がいました。それは七歳離れた姉です。その両方から鼻血を出した僕を洗面所まで連れて行ってくれて、血を洗い流し、鼻に詰め物をしてくれて…姉は両親に向かって「あんたら、クレアがこんな酷い思いしとるんになんでいつも助けてやらんげん!」と言っていたのを今でも覚えています。姉は凄く僕を可愛がってくれました。自営業で両親共働き朝は遅く、夜も遅くまで働く両親の代わりに高校生だった姉が自分が昼のお弁当を多めに作り、わざと残したお弁当のおかずを僕の朝ごはんにしてくれていました。僕は姉からの愛情はしっている。姉からは愛されている、それはちゃんと感じていました。僕のその兄からの暴力について両親と喧嘩をし、一度だけ、姉がリスカをし、泣いている所を見たことがあります。僕は自分の汚れたハンカチと少ないお小遣いで僕の為に泣いている姉にポカリを買って渡して、そっとしておきました。姉もそう、僕以上に悩んでいたんだと思います。僕が暴力を受けていてもほっとく両親に腹を立てていたんだと今思います。そういう姉も僕も兄のことは少しも恨んでないし、嫌いでもない。むしろ大事な存在です。姉も決して暴力を振るう兄を叱ったりはしませんでした。僕も姉も兄の苦しみというか、自分の思いを伝えられない苦しみを分かっているつもりだったから。兄は体に障害が無い為に余計に不憫でならない。脳に重度な障害があるだけ。僕はいつも自殺を図る時に兄のその障害が全て僕の所に来たらよかったのに、そのようにすら思います。そうすれば自営業の父の仕事め兄が継げる、嫁さんももらえて僕の家の血が絶えることはない。もう姉は既に嫁に出ている。継げるのは僕しか居ないなのにこういうFTXという、普通の男性なら理解のできない障害を持っている。言えば僕は婿養子である。しかし、こんな僕に婿養子が来るとは思えない。FTXという中途半端な障害を持ち、精神的にも障害を持ち、そんな僕を誰がこのんで嫁にしたいと思うだろう。
そう思うと、障害を持って生まれてくるべきだったのは僕だ。だから兄の障害が全て僕に来ないかそういう事を何度考えただろう。姉は高校卒業と同時に介護福祉士の学校に通う為に家を出た。兄も養護学校を卒業し、父が施設長を自営業と両立して勤めていた(勿論ボランティア)障害者のための小規模作業所に通い始めた。僕はその頃は中学生。看護師を目指し勉強を必死でした。両親には反対されたが、三年間寮生活を強いられる家から車で二時間程離れた衛生看護科のある高校に合格し、必死で勉強した。その頃から要は精神的におかしかったのだろう僕は両親からはまともな愛され方をされず、ばあちゃんに面倒を見てもらい、姉からは凄く可愛がってもらい。何がいけなかったのかはわからない。
ただ、今FTXで男が多く出てきているのは、要は女の子に偏っていただろう時期にわけわからんおっさんと恋愛ごっこをし、凄く傷ついたから、何度となく死のうと、そんな作り物の愛なんか僕はいらない。とても傷ついた、弱い弱い女の子が今僕の中で出てこれなくて、強い気性の荒い男が僕の中を侵食してるのではないか。そこにたどり着いた。FTMの友達にそれを話す、要は相談すると、人格障害もあるかもね。という話だ。うん。難しい頭がいいのか悪いのか僕は頭が痛くなってきたのでここら辺で終わりにしますか(笑)とりあえず僕は家族以外からの他人からの愛がわからない。友情はわかる、ただ、恋愛としての愛がわからない、愛し方愛され方がわからない。それだけの話だ。いやー、長くなりましたね。では失礼。