台風による河川の冠水の問題がニュースで度々取り上げられています。武蔵小杉・二子玉川っていうブランドがなくなる事はないと思いますが、厳しい言い方ですが【立地は大事】。駅近くとかじゃなくて、多摩川とか荒川とか大きな河川沿いってやっぱりリスクはあるという事ですね。昔はどんな場所だったのか?こういった機会に自分が住んでる場所はどうなんだ?って調べてみるのもいいんじゃないかと。
茨木市を見てみると、事務所のある茨木市南部エリア。古代は海?陸?いや海岸線でしたね、縄文時代初期の大阪みたいです(下図①)。いや、どこまでさかのぼんねんっ!って話ですが・・・(汗)。 弥生時代にはだんだん砂が海を埋めていったのか?はたまた弱い氷河期に入って海岸線が後退していったのかよく分かりませんが、もう陸地っぽくなってます(下図②)。
①縄文初期? ②弥生に入ると
こんなの見るの面白いなぁ、大阪なんてちょっとしたリゾート地みたいやんって思いますもん。茨木市なんてちょうど海岸線くらいでしょ、って事はかなり古くから人が住んでるわけで遺跡とかそりゃ出てくるって話ですよね。
縄文時代なんか、茨木市からみた景色はこんなんだろっって↓
弥生時代に入って「おや、なんか砂がたまってきて海岸が遠くなってるやん」って、それでもちょっと高台に上がればこんな景色やったんちゃうかなと↓(100%推測で、おそらく間違ってると思います)
・・・・・不動産的な話をした方がいいですね。事務所がある阪急茨木市駅周辺の古地図。1960年代の地図を参照です。
今と比べてなんとなく面影はある感じかな。明らかに住宅は少ないし、圧倒的に田んぼだらけです。でも中心部は城下町というだけあって、色が濃くなってますね。住宅がどんどん広がっていこうとしている時代ですね、ちなみに私は1973年生まれですので、この地図見ると非常に懐かしい。
ではもっとさかのぼってみましょう。1920年代、今から100年ほど前↓
ほぼ田んぼ・・・。「このあたりは土地の坪単価100万円前後はしますね」と今お客さんに説明している自分を殴ってやりたくなります。水尾・玉櫛・中條(昔はこう書いたみたい)とかの地名は存在しております。
こうやって見ると、茨木市南部は低地・田んぼのエリアですね。東・南に行くと安威川が流れているので水は気をつけておいた方がいいかと思いますね。そのまた東には(だいぶ離れますけど)メインの淀川が流れています。
国土地理院のホームページでも簡単に見ることできるし、ネットたたけば結構出てきますよ。





