2005年 4月26日 お通夜
4月27日 社葬
泣くことも、
死に顔をしっかり見ることもなく、
準備におわれ、
社葬は始まり、
私の友人たちが、
「あんなに大人の男の人が、泣く姿、初めて見た」
と、言ってくれるほど
父に関わった多くの人々が
嗚咽し、泣いてくれていました。
そんな中、
私は、父が手術した日に
心に決めた通り、
涙を一粒も流すことなく、
社葬を終えました。
社葬の翌日
ほとんど眠ることもなく、
従業員の給料を遅らすことはできないので、
姉と2人で、事務所に行き、
給料計算と支払いの振り込みをしていました。
そして、
2005年5月
私は、S機工の代表取締役社長に
なりました。
これからの毎日は、「地獄」そのものでした。