日蓮大聖人御書(大石寺)
【如来滅後五五百歳始観心本尊抄】
文永十年四月二十五日、五十二歳
是くの如き本尊は在世五十余年に之無し、八年の間但八品に限る。
正像二千年の間、小乗の釈尊は迦葉、阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃、迹門の釈尊は文殊、普賢を以て脇士と為す、此等の仏を造り画けども未だ寿量の仏有さず。
〈一代一経三段、法華経一経三段、迹門熟益三段〉
法華経八巻二十八品前四味華厳経より般若経に至るまでは序分なり、無量義経(開経)法華経(八巻)普賢経(結経)の十巻は正宗分なり、涅槃経は流通分なり。
次に正宗分十巻の中に於ては、無量義経並びに法華経序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまでの十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。
三に法華経十巻に於ても無量義経と序品は序分なり、方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、云々。
五重三段ーー序分ーーーーーーー正宗分ーーーーーーーー流通分
一代一経ーー華厳阿含方等般若ー無量義経法華経普賢経ー涅槃経
法華経一経ー無量義経、序品ーー方便品〜分別功徳品ーー分別~普賢
迹門熟益ーー無量義経、序品ーー方便品〜人記品ーーーー法師~安楽
本門脱益ーー涌出品前半ーーーー涌出(略開)~分別功徳品ー分別~普賢
文底下種ーー迹門文上ーーーーー涌出(広開)~分別功徳品ー本迹三段
本門脱益第四の三段正宗一品二半。(在世衆生の得脱を顕わす)
涌出品、略開近顕遠「大地より涌出せる、汝等未だ見ざる所の者は、我久遠より已来此等の衆を教化せり」
文底下種第五の三段正宗ー品二半。(末法弘通の寿量品の義を顕わす)
涌出品、広開近顕遠(動執生疑)「弥勒菩薩疑って云はく、世尊、如何ぞ此の少時に於て是くの如き無量の大菩薩を教化せるや」
本門は序分、正宗分、流通分倶に末法の始めを以て詮と為す、在世の本門と末法の始めは一同に純円なり。
但し彼は脱、此は種なり。彼の本門は一品二半、此末法の文底下種は唯題目の五字なり。
〈文底独一本門、本化授与〉
所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず、但地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる、南無妙法蓮華経を以て閻浮提の衆生に授与せしめたまふ。
弥勒菩薩云はく「仏の滅後に於て若し是の語聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起こさん、我等が疑ひを除きたまへ」
寿量品に云はく「余の心を失へる者は、其の薬を与ふるに而も敢へて服せず、所以は如何、毒気深く入って本心を失へるが故に」又「是好良薬今留在此汝可取服」
是好良薬とは寿量品の肝心たる名体宗用教の南無妙法蓮華経なり。
神力品に云はく「爾の時三千世界無量の菩薩摩訶薩、地より涌出せる者、皆仏前に於て一心に合掌し、世尊、我等仏の滅後、分身所在の国土当に広く此を説くべし」又「付嘱とは唯下方涌出の菩薩に付す」
文殊師利菩薩は東方不動仏の弟子、観音菩薩は西方無量寿仏、薬王菩薩は日月浄明徳仏、普賢菩薩は宝威仏の弟子なり、是皆迹門の菩薩なり。
迹門は始成正覚の仏、本無今有、百界千如を説く、本門は十界久遠の上に国土世間既に顕はる。
亦云はく「爾の時世尊、一切の衆の前に大神力を現じたまふ、広長舌を出だして上梵世に至らしめ、十方世界の諸仏も復是くの如く出だしたまふ」
是くの如き十神力を現じて地涌の大菩薩に妙法の五字を嘱累す。
〈末法下種、正宗流通〉
地涌千界正、像に出でざるは小、権、謗ずる故、像法に観音、薬王、南岳、天台と示現し本門を以て百界千如、一念三千の義を尽くすと雖も本門の本尊未だ之を行ぜず。
今末法の始め諸天、国を棄てて之を守護せず、此の時地涌の菩薩初めて出現す。迹門の十四品にも来たらず、但本門の八品のみに来還す、是くの如き高貴の大菩薩、三仏に約定して之を受持す。此の四菩薩、折伏の時賢王と成り、摂受の時僧にて弘持す。
当に闘諍二難の時、地涌千界出現し、一閻浮提第一の本尊此の国に立つべし、此の大地震、大彗星等は偏に四大菩薩出現せる先兆なり。
天晴れぬれば地明らかなり、法華を識る者は世法を得べきか。
文永十年卯月二十五日、 日蓮 花押
ー御書一部抜粋ー