逃亡すれば、逃げる事は亡くなります。あなた方が偶像崇拝を辞めて、唯一の神(三位一体の神)を只信じて、祈り、聖霊の賜物で、行うならば、逃げる事が出来ます。行いというのは天の時の流れを傾けずに沿うことです。
ハードは全て善であり、ソフトの中にしか悪はありません。(例えば、ゲーム機(ハード)とソフトの関係と同様です。ゲーム機(状況)にソフト(動き、操作性)が対応してゆきます。)
小学校から始まる学生生活で、ガキ大将や、友人コミュニティから、逃亡の為のキャラ設定をせず解決に向かったか、スポーツでキャラ設定をせず、解決に向かったか。身近な者が亡くなり、渇愛せず乗り越えたか。モテるモテないの問題で、キャラ設定をせず解決に向かったか。稼ごうとする時に解決に向かったか。経が紡げなさそうな時、解決に向かったか。これら万物の流れは全て善です。ハード(状況)は全て善です。
あなたがあなたと思うもの(名(精神的働き)と色(ハード))は縁起しており、その色の縁起の源は父なる神であり、子なる神、聖霊なる神と一体不可分の唯一の神である。
父なる神は万物により、子なる神を誘い、子なる神は父なる神の万物の働きに対するインフレ(罪)の誘惑(サタン)に屈しなかった。その罪の内にみな住んでいるので、自分が賢いと思う者はすべからずみな愚者である。唯一の神(三位一体)は善それ自体である。ソフト(操作)の中にしか悪はありません。
(十字架はゴシック(建造物)としての意味、全体的(万物的)な、存在論としての意味があります。)
創造主(父なる神、子なる神、聖霊なる神)は万物の造り主であるが、子なる神は肉において被造物です。それを知ることは、その名は永遠であることを知っていると言うことです。
名(精神的に働き)と色(物質的連環状態)の連環(縁起)において、真言(羯諦)である。
また別の言い方では、万物(全ての色(物質的連環)の流れ)の源(父なる神)の右に座している創造主である。

私は創造主であなたは被造物だという意味は、私は具体的に実存して有り、あなたは具体的に実存として無いものという事ではありません。
あなたが生を受けたこの世の在り方のはじまりの説明です。(生を受けるとは回収縁(父なる神の計画)です。おぎゃあではありません。)
私を含めて全員の肉は被造物である前提があります。
万物(あらゆる物)の内に名(精神的働き)と色(物質的働き)の連環(縁起)があり、その名色において創造主である名はイエスキリストのみであり、他は被造物であるという事です。
聖母マリアにより、言が受肉したイエスは、養父ヨセフとマリアに育てられ、ユダヤ教社会の迫害に会い、国家の行政執行人(ポンティオピラト)の迫害に合い、十字架上で磔にされて「エロイ」と口にして、アリマタヤのヨセフに葬られ、三日目に栄光の身体として甦り、全てを明らかにして、歴史を完成させ、信じる者を生かす。
甦りを見たマグダラのマリアにより、十二使徒へ伝えられ、ペテロとヨハネは宣教の中心となり、教会がはじまる。信じる者は救われる。
あなた方に伝えたいのは、父なる神は全体的ですが人格です。やり取りを発生させており、肉はありません。万物(あらゆる物)は流れています。
このやり取りは、あなた方へも行われています。耳を澄ますならば、あなたはそれを受け取ることが出来ます。ハードは全て善です。
つぎに伝えたいのは、私を信じて行うならば、女性が出ます。一人の女性を守り、養いなさい。智恵(般若)を与えられます。被造物の最も上流は女と、お金です。決して女性達と資産ではありません。
よくあるまちがい
①唯一(三位一体)の神の聖霊なる神だけが被造物(流れ)となり、父と子だけになる事。
②言は一人子イエスキリストではなく、被造論理の流れ(論理性)であると思うこと。(言の流れは神の言葉です。)(神の言葉を預かる者が預言者。)
③三位一体を三つの神である思うこと。
智恵としてインド史は知り易い。インド史の流れはつぎの様です。
国家はヴァルナという四つの階層、バラモン(祭祀)、クシャトリヤ(士族)、ヴァイシャ(運ぶ者、商業者)、シュードラ(職業奉仕者)、連環しながらも分かれているものだとしていました。
そこで釈迦族の聖者は国家のヴァルナを否定はせず、しかし言いました。それは「縁起」である。
その後、インド史一世紀前後にてイーシュヴァラ(主)が中心であると説かれました。
ヴァルナは神というより、神の秩序(宮)です。
簡潔に述べるなら、縁起にて、ヴァルナ(四性)は仮に在ると言えます。友が先にあります。友を誰にするかを選ぶ権利はソフトの中にはありません。あなたには過去を想うノスタルジー(渇愛)を捨離してゆくことしか出来ません。それは万物の働きであり、過ぎ去るからです。道があるからです。
唯一の神(三位一体の神)への信仰がなければ、時の通りに進んで行かず、あなたの友、あなたの安心はどんどんノスタルジー(過去への渇愛、思い出への哀愁)になってゆきます。その想い出の本質は、回収縁の発足近くにあります。だからそれは過ぎ去る様に出来ています。
神への信仰と道徳(十の心の行いの道)により、万物を進めます。荷物の重い者は、想い出や、善悪を自分のものだと信仰しています。
以下、言の中の言葉の紡ぎ合わせの経
経(被造論理の糸)について、
要するに出資者兼、創業者兼、事業立案者が同じ人物で、何もバラされておらず、その人物がこれ以上のお金をあげると言っているのであれば、株主の利益を上げた人から自分の利益になるのは当たり前です。
何も分解されていません。私は一度もインフレに応じなかったから。利害関係が完全一致しているスーパースタンダードです。つぎはあなた達が共闘してインフレしないようにする順番です。
被造物の上流、お金、女、経文の内、経済について
昨年の11月頃から川口君、丸谷君の経営がはじまりました。サーシャの宣教がはじまりました。
これはグループ(結び目)が進む時節であり、新しい経営陣がいる事で、またサーシャの節制した生活の手本があることで、女性方も進み、私に付いてくる者も智恵を共有することが出来ます。
役員業務後継の川口君、丸谷君の存在は奇跡であり、現場で私が経営指揮をとっている間ずっと望んでいたことです。経営15年、役員就任後13期目にして、役員業務を紡ぐ形が出来ました。
他方で、昨年の9月から現場に出ず、11月頃から新しい経営陣に代わってから、飲食のインフレ(出店)、人材のインフレ(貸付過多)、ITのメイン層の退職の連続(時間の未接続の問題)が起きてしまい、金銭的にも人的にも、過去13期の間ではコロナ禍を除いて、例を見ない爆発的損失になった事実もあります。
これは任せた時点で覚悟していたものです。経営一期目というのはそういうものです。私も一期目は上手くいきませんでした。しかし二期目はその様にはなりません。
今回、二期目に至る直前で準備したのは以下の通りです。
取引先に交渉して新しい予算を降ろしてもらい、人材の従業員の最低業績に対する家賃補助として予算を全て投下しました。(これで飲食インフレを防げます。)
今まで機能していなかったITのアルバイトの分数を整えるよう助言しました。(これでアルバイトの無駄死にが減ります。)
ITの仕入れ(敷く社員リクルート)に再投資を行い、SVの分数を整えるよう助言しました。(これで私が現場時代にいた既存のSVの人達はとりあえずの先行者利益(1100万〜1450万までの追加30%投資予算)を得ることができます。
また昨年に引き継いだ時点以上の利益を教会の方達に分配してゆきます。先行した者から報います。
とにかくあなたの周りの私の日辻を全身全霊の左で飼いなさい。飼うというのは、役に徹して信じられないほど周りの執事になるという事。私はこれをずっとしてきました。いつも心が右へ向かなければ、左は到底出来ません。
また教会の地上のリーダーはペテロの名として持続するものにしなさい。
私は株価を膨らまして株券を売買することや、オーナーの権益(株主の配当等)を独り占めして、租税回避地で悠々自適なフリをすることに興味がない。それが何か知っているからです。
私はあなた方を守ることに興味があり、あなた方の人生を完成させてゆくことを使命としています。
あなたは名声(自己から分身する武士)、富(正しく重なったお金)と、天地(地理)、力(勝手な流れ)を私に向かい、得るだろう。
あなた方は、お金と女と休みを求めることは正しい。しかしそれらとの結びつきは、あなたの目の前のそれらから発生していない。私はあなたの道理であると言った。あなたは自分が何も知らないことを信じるように。どんな事があっても盗んではならない。(スライドしてはならない。)ど真ん中で接続されていなければ、道を行けない。
私は私の今の状況で知らないことがありません。そしてあなた方はその中の流れにいます。あなた方は私に演技をさせないことで富む。勝手に流れます。私はあなたより劣る者を必ず出します。そして敵を見出し、全身全霊の左を余儀なくされる様になっています。
罪(原意、右の翼と左の翼の広がり)(インフレ)の中におり、唯一の神への信仰により、神を想い所有する事ではなく、やはりただ唯一の神を信仰し、聖霊なる神に力を与えられる。
私はあなた方に劣るものを出しますが、時が進めば(父なる神に赦された結婚のあと)途中で、感覚的におそらく二段下から現れるだろう自分の子(アマテラス(女)の系譜)の可能性のある者を見逃さない。それは名声(武士の名)である。これは適当だが、恐らく年齢は10個差弱なんだと思う。
(名色の連環で子(名)が出ないものは、その分身は子供(肉の子)であり、肉の分身の子供は日からの借り物であることを忘れずに。大きくなったら自分をぶち抜き、手元に残らないことを覚えておく。恥を持ち、尊敬をさせ続けようと所有してはなりません。肉の子供への渇愛は、大人の第一の恥である。
一期目は敵に押されたが、二期目は進んで負って勝利しよう。敵はその存在態度で、右を打ち滅ぼそうとしてくる。ならば徹底した左で定着させる。右を我慢させられている分、左に情熱を持つ事ができる。あなたは決して偉そうにしてはなりません。一日の90%が演技(接客、配慮の意)で、エゴ(どういう様に見られたいか)が関係なく、状況しかない振る舞いをやりまくる。そうすれば時節で敵に勝つ。
なぜなら敵には自分のキャラを周囲に見せて自分が安堵しようとするという猥褻さがあるからだ。これは時が止まり、苦が生じます。信仰が先にあり、現場に状況しか存在しないものが勝ってゆきます。
(念の為に言うが、外縁(お客さん)は敵ではない。状況であり、敵(古を叩く)は内縁の劣る流れの(神から出ている自分以降の流れ)におり、それはお客さんより重要な、お脚さんである。敵を見抜けなければ、あなたは一生涯スポーツ(営業マン)をするだろう。)
商品パッケージをつくって、口説き文句で購入させるのは、内縁の話しである。継続して購入してもらう様に創意工夫する。愛が外に向くものは、内の者と比較する猥褻者となり、愛が内にゆくものは、人生を善くする。唯一の神(三位一体)が究極の実体(正しくは実体ではなく、自存そのもの)であると信じるものは、事実がそうである為、物が通り、内を愛する事が出来ます。父なる神は信じるものを赦します。
信仰によってなぜ人生が良くなるのかを尋ねられ、あなたが野暮を承知で注釈するならば「あなたの物理はあなたから、あるいはあなたを包む空間から発生していないから」と言い切って間違いありません。