経文を一文で言えば
「空を飛ぶ鳥は千年、海沿いを這うもの万年。」
文字や遺跡など、文化物は全て「言」から文に化けている本である。
例、前方後円墳(円形の主丘(しゅきゅう)に方形(ほうぎょう)の突出部が接続した天皇や豪族など支配層が葬られた鍵穴形の墓)
なので、2000年前の人々はこういう考えだったんだ(イメージ、動いている物の働き)じゃなくて、二千年後から縁として只今の自分に流れているという真理です。
宇宙は、言(論理)から発生する縁起で、内縁から外縁にふくらんでいます。自分のお金、女、衣(義)の在り方は、全て初めに言があります。
エモーション、イメージ、アクション、レコグニションは物(現れている全ての状況)に伴っており、それらあらゆる物(外縁へ向かう働き)は、女との結びつきで現れており、女との善い結びつきは、内縁の引き受け、内縁の木を見る心、内縁の行い、言とその他をはっきりと区別するであり、それら五つ(内縁へ向かう働き)は、我ではなく、義である。
義は、一つの神の三つの位格(内縁のいる父なる神、子なる神(言)、聖霊なる神)を信じて仰ぎ、離れないこと。
内縁の初まりは言(論理)を受肉していた人(ユダヤの王、ヨシュア(和訳イエス)から初まっています。
言は、アンデレはイエスに人々を紹介して、そこに弟ペテロがいた。ヨハネは兄ヤコブと共にイエスに沿い、徴税人マタイと共にいたイエスはユダの口づけのあと、ローマ(国家)と、ユダヤ社会(内縁者)に迫害され、人類の罪を背負い十字架に磔にされた。
血を流して衣を剥ぎ取られ、右に磔られた罪人を園へ呼ぶと言い、ヨセフは葬むった。三日目に甦り、マグダラのマリアは最初に見て証言した。として文化けされています。
縁起は真理です。内縁から紡がれています。鶴は千年、亀は万年。

