個人っていうのは住民の土偶崇拝(ハイブランドとか預貯金。)通俗右翼ってのはアメリカ天皇万歳(人間天皇)と社会。通俗左翼は社会と年齢的未来、ニュートンに閉じ込められているのが通俗的な右と左であり、左はアインシュタイン(早年の、相対性的な)まで向かってそこに芸術を見出すがそれはダンスである。

ダンスの維持の為には監視カメラ、人工衛星。未来(火星)から逆算して高級スポーツカー。旅先。spaceの宇宙。

ダンスの上には格式(生産諸関係の形状化)と神(国旗)があり、国家へ布施して(経由して)縁を知る。目の前に落ちてきた人ら物らの面に関係的に布施して保守がある。名のあるものと形あるものに渇愛せずに生産を成したものだけが現在を生きる。

面が倒れる匂いに生産して、ダンマパダ読んで、座っとくをしておけば、自己(自立系)を知る。自己を知れば色界を俯瞰出来始める。五蘊がうやむやじゃなくなってくる。己と自は元々一つを知ってゆく。


宗教的な力とは文化形成力(痕跡化形成力)である。集まりとは、非空間的な集合の段々。あなたにそれをする権利(通義)がないというのは、あなたはその集まりに住んでいないということ。あなたにとってプラクリティは全て善である。岩山を登る上で、岩山は善である。


養護し、

ヨコに敷き、

生産で守り、宣教する。(ヨコは厚生機関と厚生上の技術的な弁証法運動上の連環、監査の弁証法運動)(生産は武士、論理の宣教に由来する。)


渇愛を切って己のまま日の光を浴びたあとは六波羅蜜。

面生産(対象生産)、まあまあの拘束、未生産のカエシの耐え忍び、それらを進める意志、座っておく、法句経読む。





個体

流体

現在拡張系

現在系

自己


実際は全て気体なので、個体と流体の間には養護。流体と現在拡張系の間には、社会、現在拡張系と現在系の間には関係。現在系と自己の間には、法句経と座るがある。



お金というのは価値のレコード(痕跡化。)流体企業の政(現在拡張系に居座っている場合)への納税100億円と現在系の政への納税1億円はどちらがお金(価値)は高いかどうかという話し。当然現在系の方が高い。空間論は価値を価格化している。グローバリゼーション企業は価格を膨らます為に(空間的にぐるっとジャックする為に)人間やモノをヨコにスピード回転させるしか考えていない。(シュードラ達に年功序列等の進化論を餌に)そして現状の600万円〜1200万円くらいを渡して消費購買と資産運用を進めるのだ。当然家族は社会主義になる。空間化の広告(lgbtq、手繋ぎ、環境保全)を添えてサービスを提供する。従業員にそれは良いことと伝えまくる。これは善くない事である。シュードラをシュードラたれと維持することは悪いことである。


ヴァイシャやシュードラのような人達が欲しがっているのは価格。ヴァイシャは泥棒ではないエクスチェンジャー。シュードラは泥棒みたい。自分が価格の量を保有する為に、他者の価格をポケットに入れる為に詭弁を垂れる。(そして限定空間を消費購買して価格が本来あるべき流体に流して全体性を流体まで回復する。だからその人達は買いたい。)


価値の原意は意志の効用。現在系の方が儲かっている。(被洗脳民は価格を横に高速回転させてサービスが変化(彼らにとっての進化)させる事に正義を落とす。(ヴァイシャは進化に魅了されて回し、シュードラは獲得の為に職業者になり流体の部分にぶら下がる。)

ヴァイシャはヨコの回転を拡張させると最後、火星(新しい天体)への到達に興味を持つ。あれは優れているのではない。病なのである。

流体の100億納税は現在系の1億納税に劣る。価値(金)とは自他の利益(意志)である。


個体が流体に勝っている事は一つもない。流体が現在拡張系に勝っている事は一つもない。現在拡張系が現在系に勝っている事は一つもない。現在系が自立系に勝っている事は一つもない。自立系が真理に優っている事は一つもない。


グローバリゼーション企業を持続させているのは購入者がいるからであって、グローバリゼーションと購入者を保っているのは現在系である。そしてそれらは自立系(色、受、想、行、識)に基づいている。自立系、現在系の進みだけが旅である。自己に居れ。


ヨコは空間ジャックでは無い。現在拡張系と流体(ヨコ)との間の弁証法運動であり、現在系とは義理である。義理の元はグルであり、グルの元はバクティである。