女の唇 <Second story ㉙> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



砦の下にある宿舎の一室にルビを寝かせた
額に付いた血が乾きこびりついている

「湯を」

俺が言うとドンソクは慌てて部屋から出て行った
誰かに行って来いとは言わぬ男だ

「顔と手足を拭いてやろう」
ルビは絞り出すような声で「ありがとう」と言いそのまま寝てしまった
「虎十頭は限界だと言うことだ」
誰しも己の限界を知る事は大切だ
其処よりどれほど出来るのかを見極めれる
「強くなりたい」
「なれる、お前なら」
俺は深い眠りにつく間際のルビの額を手で撫ぜた

「お前が居なければこの様な突拍子もない戦いはしなかった」

聞こえているだろうか
寝息をたて眠るお前をこのように見たは久しい
明日になれば又俺に憎まれ口を叩く手強い娘にもどっているだろう

「早馬を奥様のおられる砦に行かせました」
「きっとアイツがもう向かっていると思うが」
「ぴちゃんですか?」
「俺が川へ走り出した時には、既に姿が見えなかった」

決着がついたと思ったのだろう
俺より先に愛しい女の処へ行ける身が羨ましくもある

「どれほどとどまりますか」
「そうだな、三日はこのままに居るとするか」
「はい」
「多分もうあの川を渡る術はない。夏になったとして雨が降れば水量は増えるだろう」
「安泰と言うことですね」
「そうだな、しかしこの砦をあの川傍にまで移さねばならない」

もう少し川に近ければ向こう岸で集結したのが分かったであろう
此処は国境の警護に不備があったとしか言えないところだ

「では、三日後に」
「いや待て」
「どうされました。まだ何かあるのですか」
「無いわけでもない」

滅多に王宮を開けられぬ身だ
この次は、戦の他にていつ出れるか分かりはしない
ならばいっその事

「チュンソク、この地に新しい砦が出来上がるまで止まるとする」
「はぁ?」
「お前達は帰還し、王様に報告をしてくれ」
「何を言い出します。砦ができるまでと簡単に」

砦を作るまでと簡単に言うわれるが
どのような砦にするのか、金策も必要になる
出来上がるまで一体何年かかると思っているのか
この方は、王宮から離れた辺境の地に赴くと帰りたくなくなる癖がある
まぁ、奥様がご一緒の時限定ではあるが

「コホン、良い考えだと思います。しかし」
「しかしなんだ」
「砦ができるまでは不可能」
「チュンソク、お前」
「将軍に新しい砦の作りを王様と詰めてもらわねば」

口を一文字にとじ私の顔を睨みつけてくるが
ここで怯む私ではない

「とりあえず怪我をした者の治療が必要です
奥様に来ていただき診察をしてもらいましょう
そうですね
怪我の程にもよりますが、ひと月は此方に」

三十日奥様と誰にも邪魔をされずに過ごせる
この条件に将軍が納得しないはずがないだろう

「わかった」





親子水いらず、この地で過ごした日々を思い出とされる
ルビ様は近々婚姻をすることになるのだ
私も良い事を思いついたものだ

「よくやった、ペク・チュンソク」

私は自らを誉め、自身の胸を手の平で数回そっと叩いた
テマナが奥様を連れてこられるのを待ち、私達は王宮へ戻る事になった
真っ赤に燃えていた街は、僅かだが平静をとり戻しつつあり
ルビ様もドンソクに「着替えがない」と文句を言われるまで回復された

「では」
「書簡を必ず王様にな」
「かしこまりました」

砦の上で将軍と奥様、見えやしないが足元に黒い山猫がいる
私は何度も振り返りながら前に進んだ
きっとこの帰り道のどこかで鬼の形相の男に出会うのだろう

将軍、いや親父殿
俺のアイツを守ってください

さてさて、静かだった王宮も賑やかになりそうだ
私の出番も増えることだろう
「プジャン、置いて行きますよー」
「トルベ!」
「感傷に耽っているのは、あの方だけで十分です」

私の憂いはまだまだ続くのだ