女の唇 <Second story ㉘> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



じりじりと川へと歩みを誘った
命尽きるまで剣を振るい押し倒したとして、川の向こうには何千という兵士が迫ってきていた

「父様、冷静に」
「分かっている」

お前より前に出るなの意味など
勢いに任せて突っ走る俺はそのような性分だ
勿論アイツも同じ雄(オス)

内功を使わなくなり、随分と経った
内なる力で体を治したとし、十の力の内五を使い果たしてしまう
残っているのは半分程しかない
俺は使わず、十の己の力で戦う事を選んだ
ルビは全く違う、王様との出会いのせいか
実在しないであろう描いた神獣(龍・虎・鳳凰)を出した
その神獣実態は、自らと同化していた
つまり手から虎は出る、しかし虎を相手に斬られれば自らも怪我を負う
鳳凰を飛ばし天から地を見れるが、ただ見ると言う目しか持たない
幾つかに分かれたように見えたとしても実態は一つ力は薄まるのだ

「どうなったら尽きるか分からない」
「お前という奴は」
「父様は相手が油断した瞬間を狙って」
「狙ってヤレと言うのだろう」

今がなければ先はない渦中に活路を見出せなければ
「何が見えた?」
ルビは首を振った
「言うことを聞かない子(鳥)なのよ」
「仕方がない」
無理やり堰き止めたとしたなら、溜まりに溜まった流れは堪えきれずに押し出されてくる
其れもそう遠くない時期にやってくるさ
父様は敵陣の将軍を仕留めこう叫んだの
「気がくる、其れが頃合いだ」
囲まれていて気もないだろうと思ったのか、名乗りをあげたい武官が笑ったのよ
馬鹿ね「気」じゃない。父様は「木」が来るって言ってる
この陣全部を川まで押し戻す

「チュンソク、俺がいいと言うまで円陣に斬って出ろ」

川の傍まで来た時に砦の方へ向かってチュンソク他全員が撃ってでた
その真後ろにはセジョンが待ち構えている
挟み撃ちの様相になりあっと言う間に砦方面にいた敵兵は倒れていった

丁度半円になった敵兵は遠巻きに俺とルビを見ていた
広い川幅の向こうには何千と言う兵士が弓を構え放つ用意をしている
誰かが一矢を引けば一斉に飛んでくるだろう

「まだかしら」
「見ろ」

大木が一本川上から流れてきた
あと少し、もう少しだ
この敵兵を全て川に追い込まなくては意味がない

「父様、見て」

ルビは剣を構えながら俺の顔を見た
其処には大木が数をなし流れ寄せてくる
このままでも川の中ほどまで追い込める事ができれば

「行くぞ」
「望むところよ」

俺とルビは一気に川の中央へと駆け込んだ
冷たい水は足の指先まで痺れさせる
俺が冷たいと思う事は、向こうにはより凍えさせると言うことだ
剣を右手から左手に持ち直し、右手を思いっきり開いた
手の平が小刻みに震え青白い光が一気に集まると肩が痺れた
まるで出されるのを待ち侘びていたかのように
蒼い稲妻が走ると同時に雷攻が飛び出ていた
ルビの手から出た一頭の赤い虎は川面を敵へと駆け近づく度に一頭ずつ増え、最後には十頭になった

「行くぞ」

俺は蹌踉めくルビを肩に背負い川岸へと全速力で駆け抜けた
俺の放った雷攻で敵兵は次々と川の中へ倒れ
ルビの出した虎に恐れを成した兵士は川を越えて来ようとはしなかった
そして俺が川岸に着いた時、地鳴りが遠くで聞こえ出した
「来た?」
俺の背からルビは掠れた声をだし、弱々しい手で虎を呼び戻す
ごぉーと木々が川底に当たる音と共に川は濁流を放っていた

「まだだ」

この川の流れが、川を浅くしちまったら意味がない
今よりも速く、大船が行けぬ程に深くなければならない
土煙をあげながら木々を押し流す川を俺達は朝が明けるまで凝視していた

決して開けるなと言ったのにドンソクは俺の傍で
「ありがてぇ」と泣きながら言い
「アガッシは俺が」と言ったが、俺は首を振った
「勝ちを見届けさせ、俺が抱いて行く」
自らの弱さもきっと受け止めたことだろう

川向こうにいた敵兵も渡り攻めることもままならず、座り込んでいた
いや渡って来たらば「もう一度この手を使うまで」
俺は握りしめた拳をじっと見つめて呟いていた





諦めきれない川向こうの一人の兵士が一本矢を放つ
俺はその矢に目掛け天に雷攻を放った
朝焼けの空に青白い龍が昇りその矢を咥えた

「まだまだやれるな」

チュンソクは溜息をつき、トルベはもう俺に背を向け砦へと歩いていた