隔靴搔痒 ⑥ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



「知っているならいい」
検事総長は、いつものようにふらっと私の部屋に来た
コーヒーを入れた紙パックを手にして

「親の職業で区別をするもんじゃないと思います」
「皆断った」
「でしょうね」

事勿れ主義の人達だもの、そうだと思っていた
ほんのさっきまで熱かっただっただろうぬるいコーヒーを一口含んだ
私はこの一口を含まされる為この立場にいる
今までも何度も飲み干した

「仕方がないなんて思ってないですよ」
「キム・メヒ」
「ミセスコムサですもの」

諦めたんじゃない
私は男でもできない事をやってのける為に此処にいる
検事総長は、テーブルの上に一枚のファイルを置いた
私はその青いファイルを開けて中を見たわ

イ・ジン
次期首相候補イ・ジェの次男
国の為なら何でもする男
良い意味でも悪い意味でもこの国には重要人物だった

「私は、一検事菅として働いてもらうだけです」

手にしたファイルからその紙を取り出しシュレッターに入れた
見なかった、其れでいい
もし騙されてもいいじゃない、私は私の仕事をするだけ
あれから半年が経った

「キム検事長」
「ちょっと外ではやめてくれない」
「ではなんと呼んだらいいんです」
「そうね、サモニ(奥様)かしら」
「待ってくださいよ、なんか変な関係に思わやしませんか?」

現場にでる必要がないのは分かっている
でもどうしても自分の目で確認しないと気が済まない
私とジンは、人で溢れたカフェで向かい合っていた

「では、今だけヌナで」
「ヌナと呼ぶには私は年上過ぎるわ」
「じゃアジュマとお呼びするのですか?」

私は手にしていた新聞でジンの頭を思いっきり叩いた
「バシッ」と大きな音がしたけど、周りの会話の声の方が大きく誰も振り返らない

「調子に乗るんじゃないわ、ヌナで」
「でしょ、メヒさんはどう見ても30代ですよ」
「あのね、私は38歳だから見たままじゃない」
「ですね」

どんな子かと思ったけれど、根は明るく例えるなら大型犬
慣れるまではとっつきにくいけど、慣れれば走るのが大好きな忠犬
これもあの人のお陰だわ

「ところでお父さんはお元気で」
「当たり前よ」
「又ご馳走になってもいいですか?」

強張った顔をしていつまでも慣れないこの子を家に呼んだ
見た事もない高いワインを手土産にしてくるのかと思えば、ビニール袋が破れそうなくらいソジュ

「検事長は呑めるとお聞きしたので」

俯いて何を言われるのかと警戒して玄関前に立っていたわ
手懐けようと思ったんじゃない、あの人が
「皆んな腫れ物に触れるみたいにしてきたんじゃないか」
「そうね」
「あたたかく迎えてあげようじゃないか」
テーブルいっぱいの料理を見てジンはこう言ったわ

「検事長が作ったのですか!」
「まさか、私のパートナーがね」

私はエプロンをしたあの人をジンの前に突き出した
両手に熱いチゲを持っていた

「驚かさないでくれよ、チャギヤ」
「ちょっとチャギヤなんて普段でも言わないのに恥ずかしいじゃない」
「じゃ母さんと言おうか?」

テーブルにチゲ鍋を置いて無精髭を手で撫ぜ目尻を下げた
私の大切な夫ムン・チフ

「では私は、お父さんと呼んでいいですか」

ジンはソジュの入ったビニール袋をあの人に手渡しながら言ったわ
あの人はテーブルに置いてビニール袋を広げ1本取り出し、上下に何度も振った
クチを開け、小さなショットグラスに注ぎジンに手渡し

「では、私もお前の事を息子と呼ぶ」
「あら、産んだ覚えはないわよ」
「はははは」

たった一夜でジンは、強張った顔の仮面を外した
ムンと言う男はこんな力がある
初めて出会ったのは、私が検事官になり護身術のテコンドーを指導された時だった





「本気でかかってこい」
「女だからって馬鹿にしないで」

胸倉を掴んで左足上段蹴りを入れたら、八角形の競技エリアからムンは出てしまった
「掴むのは反則だ」と言うと思ったら

「それでいい。アンタがやる時はルールなんてない時だけだ」
「先生」
「勝たないと生きて帰れない。其れが検事だろう」

私はムン・チフのお陰でテコンドーや武道にハマっていった
「検事を辞めて二人で道場を開くんじゃないのか?」
同期は私の事をそんなふうに笑ったわ
勝てる力がないと踏み込んだ捜査なんかできない
それでも私とあの人の仲は、先生と生徒以上にはならなかった

ーあの時まではねー

そうあれは麻薬捜査をするチームにいた頃だった
潜入捜査まではいかなくても危険なポジションに立ったわ
「大丈夫か」
「あら先生、私が強いの知っているじゃないの?」
「拳と根性は強くても、たった一瞬の隙で針が」
「こうするから」
私は得意の左足上段蹴りの仕草を見せたけど、ムンは眉間に皺を寄せて溜息を吐いた

取引現場に乗り込んでみたら、私の何倍もの大男がたくさんいたわ
こっちだって想定をしていたから警察を含めた捜査員で向かっていた
得意の左足上段蹴りを入れてもびくともしない
「クソ」
反対に刃物を手にして向かってきたのよ
私の胸倉を掴んで引き寄せられたらビリッと音がした
ボタンが二つ飛び、胸元が露わになる
ニヤついた男が抱きしめ首に刃物を当てられた
ームンさん、もう会えないわー
そう思った時、あの人が飛び込んで来た

「だから言ったんだ、ほんの僅かな隙がだな」

あっと言う間に刃物を持つ男の腕を右足で蹴りあげ、体を回転して左足上段蹴りを入れた
脳震盪を起こしたのか大男は私を放り出して倒れてしまった

「お前は、もっと俺の傍で訓練をしないといけない」

抱き上げられてほんの10センチのところで言われたのよね
好きにならないわけないじゃない