蒼芥子(喜馬拉雅花)⑨ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



「先生、頼みます」
「大丈夫です、このように」

私は懐に入れていた医仙から渡された手紙を引き出して見せた
医仙の言われるとおりに何処に出るか、どの時代かは分からない
ならばその場で次の天門が開く日を待てばいい
何度か繰り返せば、会える日がくるに違いない

「では、医仙・・・さよならとは申しません」
「先生」
「またいつか」

私に背を向けた時、先生の着ている白い衣の裾がひらりと翻った
もうその裾の靡く姿を見ることはないのよ、ウンス
チャン先生が、ユンジュン先生と会えるように祈って・・・

医仙の言われていた天門の前に立った
初めて見たその姿は、石で作られた祠のような形をしていた
私がその前に立っていると小さな青白い光が渦巻きだし
みるみる間に強い風が吸い込みだした

「ユンジュンは、私を覚えてくださっているだろうか」

あの時からもう十年以上経っている
誰だと言われれば
気持ちは揺らぎ踏み出そうとするも一歩が前にでない

ー先生、ユンジュン先生は探しに行くって言っていたのー

ユンジュンは、私を探しに行った
私は何を躊躇しているのだ
胸に手を当て医仙から託された文を確認した

「背を押される事が勇気を生むのだ」

必ずあの人の手を取る
私は天門の中へと踏み出した
天門の中には一本の道が続いていた
風はなく、朝でも夜でもない
空の端が光に包まれ、天が淡い宵の色をしている
幾つもの道が途中で分かれている
どちらに行くのかを決めるのは己自身
より貴女へと心に問いかけ決めた
もう此処より先に行けぬというところにまたあの光の渦がある

「出ても目の前にいるなんて事はないから、先生覚悟して」

私も生死を彷徨いあの方に出会った
見つかるまで探します
出る瞬間赤く丸い物が目の前にあった
私はそれを掴もうと手を伸ばした

「りんご一つじゃ、お供えにならないわよね」

翌朝、私は二つ目のりんごをあの供物台へにのせよう手を伸ばした
たったりんご二つで願い事をするなんて調子のいい女と
神様だって笑うわよね

「ビン、あなたの願い叶ったかしら」

白く大きな手が私の手首を掴み引っ張りよせた
何が起きたのかと目を擦って石の祠を見たら
小さな光の輪が見ている間に大きくなって一人の男が出てきたわ

「ユンジュン」
「誰よあなた、どこから来たの?まさか祠の裏に昨日から」
「よく見てください。ビンです、チャン・ビンです」

確かに私は願ったわ「あの子の願いが叶いますように」と
でもあの子は、まだ10代半ばの少年で30手前のアジョシじゃない
それにあの子と別れて1ヶ月も経ってないのよ

「どこで聞いたのよ、私の話」
「貴女はそんな事を言う人ではなかった」
「まさか、あのハルモニが」
「私がチャン・ビンだと信じないのですか」

ビンだと名乗る男は古めかしい衣の合わせから何かを出した
私は脅されると身構えたわ
差し出されたのは、二日前に撮ったユ・ウンスとの写真の入った定期入れ
「どうしてこれを」
男はその定期入れをくるりと裏返した
そこにはあの青い花びらが数枚入っている
「ウンスにあげた花びらとまだ現像もされていないはずの写真・・・って」
「医仙、ウンス殿からいただきました。きっと信じてくれないだろうと」
「信じるも信じないも・・・ちょっと待って、今ウンスに電話を」
穴から出てきた男の目が見開いた
「医仙、否・・・ウンス殿がいらっしゃるのですか・・・此処には」

医仙貴女は言った

もしかしたら私が来た時の一年後かもしれない
でももっと後かもしれない

医仙もしかすると私は
貴女が来られる随分前に来てしまったのかもしれない
貴女を行かせぬと言うこともできる
しかし貴女はきっと望まぬでしょう
私は無意識に手で貴女の手紙のある胸を押さえていた

「本当にチャン・ビンなの?」
「とても長い話になります、ユンジョン」
「う・・・ウンスに」

私はユンジョンが手にしていた四角い板のような物に見覚えがあった
医仙が来られた頃に「繋がらない」とその板を天に掲げていたのを
あの時は天と下界を繋ぐ何かかと思った

「お待ちください。まずは私の話を聞いてから」
「でも、ウンスが知っているのよね」
「はい、しかし今のウンス様ではないのです」

私は振り向き、自らが出てきた祠を見た
入った時より小さくなり朽ち果てている
あったはずの木がなく、何もなかった場所に東屋がある

「あそこで」

私が指差すとユンジョンは、四角い板を手にしてまま
「かがんで」と言う
私は言われたとおりに屈むと左耳の後ろを見た
「どうしよう」
「ありましたか、貴女が言う星形のホクロが」
やっと貴女は納得した
大粒の涙を目に浮かべ私に手をのばし
「連れていって・・・あそこまで」
「勿論です」
東家だと思っていた建物は
ユンジョンの言うハルモニの家の一角であった

「アガッシ、おも・・・ナムジャチングが追ってきたのかい?」
「ナムジャちんぐとは?」
「いいのよ、チャン・ビン。知らなくて。ハルモニちょっと庭を借ります」
「空いている部屋をおつかい、今お茶を持っていくから」

私は一瞬で貴女と分かった
話し方も私を見つめる眼差しもあの時と変わりはしない
しかし、貴女は私の事を分かってはくれない
想いの違いなのか、私が一人で先走っていたというのか
「あの・・・」
「申し訳ない」
「なに」
「私が、一方的に貴女を想っていました」
「ちょっと待って」
「しかし、貴女が想う男がいるなど露程もおもわず」
「いないわよ」
「そういない・・・いないのですか」
「あなたには十何年か前の事でしょうけど、私にはまだ30日も経ってないの・・・アンダスタン?」
「ユンジョン」
私はたった一度も抱きしめる事のできなかったユンジョンの体をはじめて両手で抱きしめた
「いたいわ。私も聞きたい事があるの」
「なんでしょう」
「あれは夢?じゃないわよね、あなたが此処にいるのだもの」
「火海の中貴女が消えてしまった時は、私は死ぬほど後悔しました」
「夢じゃなかったのね、だったどうして時をとんだのかしら」
「医仙を迎えに隊長が向かわれた時も」
「誰が誰を迎えに?」
「チェヨン近衛隊長が、神医・・・つまり医仙ウンス殿を」
「嘘じゃなかったのね」
話の辻褄を合わせの為、私とユンジョンは夜中まで話した
ハルモニが途中「そろそろ寝たらどうだい」と寝間の用意をしに入ってくると
「ハルモニ、ここで一緒に寝るから」
「おや、積極的だね、アガッシ」
「ちっ違うわ、話がややっこしくて・・・」
「いいじゃないか、お似合いだと思うよハルモニにはね」
「ハルモニ、この子とは何度も一緒に寝たのよ」
「この子って歳じゃないだろう、タンシン幾つだぃ?」
私に聞いているのだな、幾つと聞かれるのはいつぶりか

「二十九になります」
「待って、私26よ」
「たいして変わりはしないですね」





あなたの微笑みが、あの時の笑顔に重なった
私とあなたの時計の針が動き始めた