女の唇 <Second story ⑫> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



本当の恋を手に入れたいのなら強くならなくてはなりません

私は下唇を噛んだ
王妃様には不貞腐れているみたいに見えた?
強くってどれくらい?
虎よりも?
龍よりも?

赤い革紐の先に付いた金色の小さな板を白い手で触れた
鳳仙花で染めた赤い指先が目の前にある綺麗な形をしている

「尚宮、あれを」
「王妃様、なりません」
「尚宮、其方よもや妾に指図の出来る身だと思っているのか」

大叔母様は唇を固く結んだ、怒っている
王妃様に背を向けて奥の部屋に入っていって暫くしたら戻ってきた
手には父様が持っている剣より小さくて綺麗な赤い石が嵌っている

「ルビ、いつかこの剣を王様から貴女に授けます」
「王妃様」
「おだまり尚宮」

こんな怖い王妃様を見たのは初めてだった
今だからわかる




「オンニ」

あの頃の私と同じ年頃の小さなルビを目の前にして
私は王妃様と同じ覚悟で対等に話せない
あの剣に相応しい女にならなくてはならない

「走らないで・・・あぶないわ」

街のはずれで見せ物が行われている
小さな街はそんな事でさえも大賑わいなのです
ドンソクは私にすまなそうに言うの

「いいじゃない。あんなに喜んでいるだもの」
「ですが、ユ将軍をお誘いするのは」
「ちょっとドンソク、何度も言うけど将軍はやめて」
「では、何とお呼びしたらユ氏ですか、其れは・・・流石に」
「ばかね、アガッシ(お嬢様)と呼んでよ。街では目立ちたくない」
「わかりました」

ドンソクと顔を隠したお嬢様か、目立たないわけなどないだろう
何を考えているのか

「ちょっと、何で隊長までついてくるのよ」
「アガッシの護衛がいるでしょうに」
「ドンソクだけで十分、帰ってよ・・・兵営が空っぽになるわ」
「いつも空っぽですよ、みな川の見張りに行っちまっている」

ユ将軍は、小さな舌打ちをして首を振る
国境の街で絹の服を着た若い女が目立たないと思っているのか
貴族だってそうそういない

「オンニ、あれ・・・見て。うまー」
「本当、馬だわ」

それほど広くない広場に数頭の裸馬が杭に繋がれている
栗毛の馬、鼻先から尻尾まで漆黒の馬
俺が驚いたのは、真っ白な馬だ

「神馬だな」
「良い馬だわ胸から足にかけての筋肉がいいわ」

まるで男を品定めするみたいな表現でユ将軍は白い馬に微笑みかけた
珍しい馬を見せるだけの見せ物か?
それでは金にならないな

「さて、お姉さん、お兄さん・・・そこの兵士の方」

俺達の事か
ガラの悪そうな男が数人で馬の腹をさすった
面倒な事に巻き込まれたくはないな
「戻りましょう」
俺はユ将軍の耳元で囁いた
逃げるが勝ち、俺の本能はそう確信したんだ

「待って、様子を見ましょうよ」

貴女ときたら鼻先を上げ、両口の端をあげた
薄い布で顔を覆っていたとしてもその勝ち誇った表情は分かる

「この裸馬に乗れたら、この袋いっぱいのお金を賞金にあげるぞ」
「ほんとうか!」
「だが、乗れなかったら布貨か楮貨をいただくよーほら乗った乗った」
「布貨だって、持っちゃいない」

あらお金って布か紙なのね・・・
あの子の木綿の服にドンソク結構なお金を注ぎ込んだのね
シンは禄が入るたび「布を買いに行きましょう」と言ってくれた
王妃様も「刺繍より他にする事がない。たまる一方だ其方に」とたくさんくれた
開京でも私の髪紐はあの馬鹿男に盗まれたわ

「アガッシ、あの馬は訓練などされていないです」
「ドンソク」
「見てください、あの足元・・・爪が伸びてます。立っているのも痛いはずです」
「人を乗せて歩けないって言うんでしょう」
「そうです。俺はチェ将軍の乗っていた馬の面倒を見てました」

あらあの子の

「オンニ、馬のれる?」

ルビは私の袖を下から引っ張った
「できると言っちゃいけない、分かっていますねアガッシ」
ドンソクは私の肩に手を乗せて軽く叩いた
「そこの兄さん、どうだい」
見物の最前列にいた若い男が手に握りしめて今にも一歩踏み出しそう
カモにされるだけだわ
落ちて怪我でもしたら、働けなくなる
かあ様の顔が目に浮かんだ
「ルビ、怪我を甘くみちゃダメよ。命だって落とすのよ」
働けなくなって家族を守れなくなる

「待って、私が乗るわ」

髪に結んでいた髪紐を解いた
この一本あれば家や馬は買えなくても暫くは暮らせる

「アガッシがかい?ほんとうにのるか」

男の顔は勝ち誇った表情だった
乗れるものなら乗ってみろじゃない
こんなカモがいたのかっていう顔だ

「駄目だと言ったではないですか、ユ・・・いやアガッシ」
「ドンソクさん、あなた私がどんな女か知っているわよね」
「ですが・・・何とかいってくれ、隊長」

ドンソク、その女は言い出したら聞かねぇと知っているだろう
しかもあの馬を手に入れたかったならば躊躇なく着ているもの全て脱ぐだろう

「お手並拝見とします、俺は」
「何を賭ける?」
「俺ですか、そうですね。酒場で一席設けます」
「嘘はつかないでよ」

綺麗だったぜ、ユ将軍
アンタの後ろ姿は
艶やかな長い髪が歩くたびに左や右に揺れた
絹の衣の衣擦れの音で見物人は左右に分かれ道を開けた

「どうぞ、アガッシ」
「袋の中のお金ちゃんと数えていてよ」
「はい、はい」
「全部いただくわ」

立っているだけで痛いであろう足をカツカツと鳴らしながら馬は足踏みをした
まるで戦に行く父様が乗っていた馬が勝鬨のように足踏みをした音と同じ

「こっちを見てお前達」

白い手を胸の前で組んだ祈っているみたいに見える
三頭は同時にユ将軍の方を向いた

「パン、パン、」

二度手を叩き、三度目は自らの腿の横を「パン」と叩いた
馬は足を曲げ跪いた

ー馬に乗りたければ馬に尊敬してもらわなければならぬー

父様は口笛一つで操れるけど、私はそんな事はできない
注目をさせて傅かせる方法はこれしかないわ

「良い子ね、最初にあなたに乗りたいわ・・・」

ユ将軍は、真っ白な馬の背にそっと腰掛ける
馬は気遣いながら立ち上がる
神々しいという言葉はこの為にあるのかと俺は思った
広場を一周すると白馬は栗毛の馬の隣に立った
栗毛の馬は白馬の馬に並び立ち乗り移れと衣の裾を噛む
「待って次ね」
見物人は何も言えずただただ凝視している
ルビだけが満面の笑みで手を振るのが見えた
「最後になったわね」
ユ将軍が手を伸ばした時、漆黒の馬は額を押しつける
そしていきなり走りだした
痛くはないのか、その足は

「さあ、おいで」

白馬が走行し黒い馬に追いつく
たった一瞬だ、目を離したら見えなかった
片手で漆黒の馬の背に手をつき体を移した

「アガッシ!アガッシ!惚れちまいました!」

ドンソクの野郎なんて声で叫ぶんだ
あの時と同じじゃないか
「俺があのチェ将軍の馬の世話をしたんだ、あー幸せだった」
戦に行き、命を落とすかもしれないって言うのにお前は
目に涙を浮かべてこう続けた
「あの方の下で仕えたい・・・無理でも願っちまう」
同じ声音だ、ドンソク

「隊長見た?一席よ」

貴女もあなただ、俺に手を振って肘まで見せる
俺はその白い腕が見ていられなくて目を背けた