小夜時雨 ② | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



隣で寝てください

たったひと言いうだけに俺は幾晩も悩んだ
貴女の事だ
「どうぞ」と寝台の隣を空けてくださるだろう
そうじゃ無いんだ

典医寺の裏にあるあの方の部屋はとても静かだ
夜半に雨が降り出したのも聞こえるくらいに

「雨ね」
「そうですね」

俺達は結局のところ何もない
ただ二人で頭を並べて寝る間柄になっちまっている
貴女の髪が俺の頬に触れ擽ったい

「だめなの?」
「あの屋敷は王宮から少々遠いのです」
「分かっているわ」

また長い沈黙が続き
ポタポタと軒下を雨の雫が落ちる音が響いた
貴女がテソン亡き後の俺の屋敷を心配してくれるのは有り難い

「この様な夜誰も貴女を守ってくれない」
「あなたも?」
「もう暫く・・・せめて貴女の傍に常におれるようになるまで」

あの人の右手が布団の中から抜き出され私の首の下に潜り込む
唇が私の額に触れた
腕の中はあたたかくて雨音が心地良い
ポタン、ポタンと響くたびに睡魔が襲ってくる

「医仙、寝ないでください」
「むっ・・・・り」

すっと吸い込む寝息がする、暫くしたら甘い吐息が俺の首に当たる
ざわざわとした感覚が首から肩へそして背中から腰へ抜けていった
横で寝てくださいじゃねぇ
横で寝せないつもりですかだ

「どうしてこんな方を好きになっちまったのか」

呟いても何も変わりはしない
せめて貴女の足に俺の足を絡めて寝るくらいは許してくれ
絡めた内腿はやわらかく触れているとしっとり吸い付いてくる

「辛いものだ」

翌朝部屋の前にいたムガクシが俺に頭を下げた
戸惑った顔ではなく妙に覚悟を決めたふうだ

「ご安心ください。誰にも話ませぬ」

いや話してくれ、そうすればあの方も観念するはずだ
そしてもう一人覚悟を決めた男がいた

「テジャン昨夜の事は誰も・・・言いませぬ」

この男の口の硬さを俺は知っている
噂話を打ち消す切り返しと肝の座った態度
腹心にするとしたらチュンソク以外は考えられぬ
しかし、今はいい・・・よいのだチュンソク

「チュンソク」
「もし誰かが医仙の部屋に通っていると言うならば」
「もういい」
「私は、其奴を・・・こう切って・・・こう投げて・・・テジャン聞いておられますか?テジャーン」





晴天が続き俺とあの方との関係は進展することもなく過ぎた
そして天門が開く日があと数日と迫り
俺とあの方は彼の地へ向かう旅へ出た

あの方の言葉数がめっきり減り、溜息が聞こえる
俺は気づかぬふりを続けた
旅に出て二日目の夜だった泊まる宿が見つからず
山間にあった人けのない小屋で一夜を明かすこととなった
馬を繋げ今にも取れそうな扉を押し開けた
火を焚べる釜戸らしいものがいくつかある

「冷えます、火を焚きましょう」
「そうね、探すわ」
「雨が降っています。俺が」

小屋の周りにあった木を掻き集め一晩温もれるくらいの量はできた
種火になる様なものがあっただろうか
懐を探したが見当たらない

「どうしたの?」
「火をつけ初めに燃やすものが見当たらず」

あの方は包みの中にあった大切にしている小さな冊子を出した
其れを開くと一枚ちぎり俺に手渡してくる

「其れは貴女の大切なものでは」
「紙よ、単なる紙なの・・・よ」

どんな思いで俺に手渡したのか、雨音は小屋の中で反響した
俺は貴女を思わず抱きしめ耳元で

「駄目です。手放してはなりません」
「隊長」
「俺は何も貴女の為に手放しちゃいない。これ以上貴女が」

俺が見ている間に貴女は小さな紙片をビリっと二枚に裂いた
裂いた一枚を俺の前に突き出し

「寒いから早くして・・・凍えちゃうわ」
「貴女ときたら、わかりました」

小さな紙は俺が作った火種を纏い赤々と燃え出した
燃えあがる薪が小屋の中をゆっくりとあたためた

「私ね子どもの頃ガールスカウトに入っていたのよ」
「何ですか、そのがーる」
「ガールスカウトね。貴方に分かるように言ったら野営かな」

あの人ったらびっくりした顔をしていた
私と野営が繋がらないのね
あの人が着ていた外套を広げて二人で包まった

「こうしたら寒くないわ」
「あたたかいです、イムジャ」
「久しぶりね、そのイムジャ」

偽りの許嫁をしていた頃テソンの前で言ったのが最後ね
偽りのイムジャが、本物のイムジャになったのに
貴方は言ってくれなくなった

「大切なものは、変化するわ」

貴方は黙ったまま私を自分の膝に抱きかかえた
冷たい床の冷えから守る為に

「今の私には、あれは只の紙だわ。有効的使わなくちゃ」

外套に包まれ貴方の体の温もりに包まれこれ以上の幸せはないわ
貴方の膝は最高の寝台よ

「さぁ黙って、少し眠ってください」
「ありがとぅ」

真夜中にパチパチと釜戸に貴方が薪を投げる音がした
ここは何も無いけれど貴方がいる