蒼芥子(喜馬拉雅花)⑥ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



どうして私はあの方を王宮へとお連れしたのか
黒煙が立ちこめる外延の一角で立ち尽くした

「ユンジョン」

声のかぎり叫んだ





今日は父の代わりに薬をいただきにきました
貴女は大きな目で瞬きをしつつ薬草の詰まった引き出しを見上げ

「ちょっと、アレどんな薬なの」
「あれは」

私は少々得意げに指を差し貴女にお教えした
貴女が知らぬ事を私が知っているそれだけで私は浮き足立っていた

「凄いわね、そんな薬この時代にもうあったなんて」
「知っていたのですか?」
「えぇ、でもこんなに前からあるって知らなかったわ」

興奮で頬が染まり幾分言葉尻が乱暴に聞こえるのは
貴女が自分を押さえていない証拠
私はお連れして良かったと思った

「コ先生、王宮では最近」
「最近なに?」

しまった言っても良かったのか
父上には口止めされていた事だと言うのに

「途中でやめるなんて意地悪じゃないビン」
「其れが・・・黙っていてくださいよ」
「勿論よ、一体なによ」

火薬と言う大きな火を起こす物を作りました
私がユンジョンの耳元でこっそり囁くと
至極驚いた顔をして私の顔を見た

「それってどれぐらい」
「どれぐらいと言われても私には」
「こんな所であっちゃいけないわ」

では何処であったらいいと言うのか?
ユンジョンの顔から血の気が引き青ざめた
薬というくらいだ悪いものではない私が言えば
ユンジョンは、怖い顔で

「薬じゃないわよ、どこにあるの?」
「何処と言われても私には、後宮のあたりとしか」
「むやみに扉を開けたりしたら」

丁度貯蔵庫が並ぶ広場に差し掛かった時
黒い扉を数人の宦官が開け入って行った
無理やりに引いた台車が扉の下にある金属の輪に触れた
小さな火花がパチンと音をたてた瞬間
私とユンジョンは強い力で吹き飛ばされた

「ビン・・・ビン・・・」

咄嗟に貴女を受け止め下敷きになった私は頭を強く打ち
そのまま動けない
「大丈夫です、立てないだけです」
「頭を動かさないで、そのままよ」
私を見下ろした貴女のこめかみから一筋の血が滴り落ちた
「ユンジョン、血が出ています」
「コ先生と仰い、大したことないわ。それよりあなたは」
白い手の甲で自らのこめかみを手で押さえ私の頭を支える
貴女の香りが私の鼻腔をくすぐった

「ビン、このまま居て」
「何処へ行くのです」
「倉庫の中に入って行った人を助けに行ってくるわ」

私は咄嗟にユンジョンの手を掴んだ

「貴女のいう通り危ない薬です、だから」
「もし助けられる人がいるなら助けるのが医者なの」
「しかし、貴女まで」

ユンジョンは私が掴んでいた手に自らの手を重ね
「大丈夫」
どうして私はあらぬ限りの力を持ってあの方の手を掴まなかったのか
どうしてその裾にしがみつき轢きづられようとも離さなかったのか

黒煙はみるみる間に拡がり炎は居並ぶ倉庫を燃え尽くした
まるで火の海のように波打ち広がる
多くの宦官が小さな桶に水を汲み掛けるが一向に炎は収まらない
熱風が渦巻き起こした火炎竜巻が天へと昇る

「ユンジョン、駄目です。ユンジョン」

私の声は逃げ惑う女官と宦官の叫び声で掻き消されてしまった
貴女の白い衣の裾が赤い炎の中に消えた
どうしてあの時私は貴女の後を追えなかったのだ

炎は燃えつくすだけ燃えつきると
小さな燻りとなりチリチリと音を立てた
火元の倉庫に入って行った宦官は、爆風のせいか骨一本も見つかりはしなかった
そしてユンジョンも同じように小さな欠片も私は手にする事ができなかった
「ビン、お前のせいではない」
父上は真っ黒に焼けた倉庫の前で泣く私の背に手を掛けてくれたが
私はその優しさを素直に受け止める事はできなかった

「どうして私はユンジョンを王宮になど連れてきたのか」
「見せたかったのだろう、コ先生に」
「ですが、私はなんと愚かな」

医者になりこの王宮の薬材を取り仕切る役になるのだとユンジョンに言いたかった
貴女が欲しいと思う薬を私が全て探してくると伝えたかった

「父上、私はどうしようもない馬鹿者です」

あれから・・・幾年も・・・幾年も・・・経った
貴女は私の胸から消える事はない
どれだけ経ったとしても貴女の微笑みは私を癒し
そして私の胸を蝕む

「貴女が生きていれば」

激しい爆発と黒煙があがる中で起こりもしない奇跡を信じられるほどあの時の私は幼くはない
しかし医仙はこう言った

「どうして貴方がユンジョン先生を知っているの?」
「まさか」

天門が開く日を指折り数えていた貴女は私の扉を開いた