蒼芥子(喜馬拉雅花)⑤ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



私は貴女から見ればまだ

「少年、真剣にね」
「ユンジョン」
「目上の人に対して呼び捨ては非常識だわ」

では貴女はなんと呼べば私の事を男として見てくれますか

「ユンジョン先生って呼んで」
「先生ですか」
「そうよ、あなたの命を助けた先生だもの」

私の前を歩いていた貴女は急に振り向いた
羽織っていた白衣の裾がひるがえり陽の光を反射する
私の胸がドキリとした、目が眩しさで霞むなら分かる

「ユンジョン先生」
「何、少年」
「私のこともチャンと呼んでください」
「駄目よ、チャン先生を呼び捨てにしている気がするわ」

あの気難しい父が貴女と話す時だけ大声をあげて笑うようになった
私には其れが何故か気に触る

「ユンジョン先生、どうしてその白衣を着ているのですか」
「これ?」

貴女は白衣の胸の当たりを指先で摘んだ
爪は綺麗に切り揃えられ、染み込んだような不思議な香りがした

「医療従事者としての自覚と患者さんから距離を保つ為・・・」
「距離?」
「えぇ医者は時として非情は選択をするわ」
「非情とはどのような」
「命を選ぶ時がある」

整った顔立ちに暗い影が落ちた気がした
医員は助けなればならぬ患者を選べないと父上は言っていた
命を選ぶとはどういう事だ

「私はね、一刻を争う患者を助けるそういう医者なの」
「助けぬ命もあるのですか」
「現実甘くないわ、悲しいけど」

私は思わずユンジョンの肩に手をかけ振り向かせた
見つめた大きな瞳は震えているように見え
辛く悲しい選択を途方もなく下したのだろう

覚えていてね
助けられない人が、最後なの
私は・・・

言葉を続けようしたユンジョンの唇を無意識に私は手で塞いでいた
私が遮ったせいで言葉は消えたが、ユンジョンはそのまま泣き崩れた
覚悟をすればするほど、その意志に押し潰される
ゆえに貴女は助けられなかった命と向き合い泣くのだ

「やはり私は医員になろうと思います」
「辛いわよ」
「貴女と同じく限りある命に向き合いたい」

心の何処かでこのままずっと貴女は此処にいると勝手に思い込んでいた
私はやはり浅はかで傲慢な男だった



1週間、2週間、1ヶ月・・・あっと言う間に過ぎて行く
ここの暮らしにも慣れて「コ先生」と皆んなが呼んでくれるようになった
「ユンジョン先生、行きましょうか」
この子だけは私の事を下の名前で呼ぶ
10年経ったらきっとびっくりするぐらいのイケメンになるわ
残念だけど、私が少し早く生まれ過ぎたわ
「今日はどこ?」
「其れが、はっきりと申し上げにくい処です」
ユンジョン先生が真新しい白衣を手にし私の方へ少し振り向いた
白い額から頬の線が美しい、私は見惚れた
「どうして」
「口にできない場所だと思ってください」
紅をつけ無くとも貴女の唇は赤い
「ユンジョン先生」
「今度は何?やっぱり話したいって?」
唇が弧を描き楽しげに微笑んだ
この微笑みも私だけのものにしたいと言えばくれますか
「私と伉儷に」
「コウレイなにそれ、この間言っていたあの木に成る実?」
「もうよいです」
不貞腐れた顔で私の前を歩く
手にした私のカバンを不満げに力いっぱい振り回していた
伉儷知っているわよ
あなたがもっと大人になって興味本位じゃなく言えるようになったら
考えてもいい
けれどその頃は私は随分なアジュマになっているわ
「好きよ、チャン・ビン」
「本当ですか」
「あら聞こえているのね」
私は小走りに近寄りあの子の頭を撫ぜた
素直な髪をしている
「嫌いじゃないわって事」
「はっ」
「早く大人になりなさい」
できるだけ顔を近づけ耳元で囁いた
耳の形も素直だわ
私の世界にはない貴重な人

「さぁ早く行きましょう」

もういつ帰れるかなんて分からない
どこにいても
どんな状況でも
私はコ・ヨンジュン、一人の医者





ー激しい爆発音が響くー

真っ黒な黒煙が立ち昇り
一面が火の海だった
消せるだけの水はなく
ただ焼き尽くすのを待つしかない

私達は、無力だった