女の唇 <Second story ⑨> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説

「アイツを何処へやったのです」

謁見の間をでた瞬間俺に喰いかかって来るだろうと思っていた
しかし何も言わず平然と兵営へと戻って行った
ルビが居なくなった事に気がついていないわけではないだろう

「ヨボ」
「イムジャ、俺は腑に落ちないのです」
「シンが貴方を問い詰めないから?」

俺はアイツが十三の頃から知っている
気の弱い繊細な少年であった
貴女を姉のように慕い懐く姿に心底呆れることも
ルビが生まれてからアイツは変わった
「俺の美しい宝物です」などと言うのだ
であると言うのに、俺を責めず何も言わぬ

「危ういと思っています」
「納得したんじゃないの?」

イムジャは着の身着の儘で行かざるおえなかったルビの為に
棚から肌着、衣などなどを整理し始めた
「これあの子のお気にりだけど、ダメよね」
「宴に行くわけではない」
「そうよね、あらヨボ」
「どうしました」
「ほらよく着ていたあの藤色の上衣とチマがないわ」
「まさか持って行ったのか」
あのような絹の衣を着る女など彼の地にはいないだろう

「騒動を起こしてなければいいのですが」

翌日纏めたルビの着替えを王宮の裏門で待つムガクシの元へ渡す為に
俺とイムジャは夜明け前に屋敷を出た
誰にも知られずに渡さなければならない

「大きな包みになりましたね」
「あれもこれもって思ったら、こんな事になって」
「あのムガクシが抱えて馬に乗れるでしょうか」

俺が心配をすれば貴女は困った顔で
「もう何も減らせないわよ、私もかなり厳選したのだもの」
「しかし」
俺ならば背負い馬に乗れるが

「俺ならあともう一包み背負えます」

シンは裏門の柱にもたれかかり出ようとするムガクシを足で止めていた

「こんな事だと思っていました」
「お前」
「問い詰めても貴方は何も話さないでしょう」
「チッ」
「策を練らねば長とはなれません」

俺が抱えていたアイツの着替えを右手で奪うように掴み取る
策に溺れた俺達は、相手の狡猾さを忘れていた

「獣を狩場に放ったのです」
「お前の事か」
「俺の事じゃない。ルビのことですよ」

貴方は全くわかってない
俺以外の誰がアイツを諭せると思っているのか

「長く王宮を離れる事などできないぞ、わかっているだろう」
「ええ、分かっております。将軍」
「お前」

俺はシンの胸ぐらを掴んだ
ルビはどんな想いでお前の傍を離れたと思っている
きっと泣きながら馬を走らせたに違いない

「ルビは俺が追ってくるなど百も承知ですよ」
「まさか」
「ルビの為ならどんな事も厭わない男だと知っている。貴方もそうでしょう」

頑固なのは俺譲りだ、其処が愛おしく可愛い
だが、こればかりは

「安心してください。王様に辺境の報告を月に一度俺がすることになりました」
「何だと」
「策など練ればどうにでもなります」

もしヌナが辺境の地に行くことになり
貴方は指を咥えて見ているのですか
きっと鬼神の如く攻め込むでしょう
俺は、そんな貴方を見て学んできました

「着替えもなく出したのです、あの方は何をしでかすか分かりませんよ」

桃色をした包みを肩に担ぎ胸元で結ぶと門の外で待たせていた馬に飛び乗った
「捨て馬をします、二日で追いつき約束の七日後には戻ってきます」
「ケガをさせないように言ってね、シン」
「イムジャ、よしてください」
「でも」

娘一人に手を焼いていると言うに息子までああとは
ミン・ヨンファに気づかれちまわないか
早馬を選んだのかシンはみるみる間に見えなくなってしまった




あんなふわふわとした格好で兵営の中を歩き
「ジュノはどこ?」
と聞いてくる女が俺達の将軍だというのか?
ドンソクは俺の袖を掴み怒号をあげた
鉄の鎧と言われる体はちょっとやそっとで根をあげぬ

「仕方ねぇだろう。俺達は仕える身なんだ」
「アンタと俺は違う。俺は所詮この地の荒くれ者」
「だがな、兵士となったからには」
「俺は許さねえ。あんな将軍を送ったこの国もあの女も」

血の気の多い奴だとは思っていたが、此処まで怒るとは
あの皇龍の剣が気に入らなかったんだな
きっと王様の女なのだ、だからホイホイくれてやったなどと言いだす

「絞めてやる。泣きながら出て行ったなら隊長仕方がないですよね」
「まぁな」

ドンソク程ではないが、本心どれほどの理由で
この地の将軍になったかを知りたい気持ちがあった

「お前ら付いてこい。やってやるぜ」

ドンソクを筆頭に十数名がその後をついた
戦場で放って逃げたなら俺達の首が飛ぶかもしれないが
内々の出来事で将軍に相応しくないとなれば王様だとして許すだろう

「見物するか」

もし負けてあの女が襲われるような事になれば俺が止めればいい
軽い気持ちで砦の上に駆け上がった
「此れが本当の高みの見物だ」
ジュノを見つけたユ将軍は、あの黒い衣を何処に干したのかと聞いているようだった
その二人をドンソク他数名が囲んだ
「始まったか」
ふざけた格好で兵営の中を歩くな、男の砦だ
てな事を言っているのが聞こえる
「相変わらずドスが効いているな」
あの女ときたら知らんふりでジュノの手を引いた
「どこにでもいるのね」
「なんだその言い方は」
「耳詰まっているの?何処にでもいるのねって言ったのよ」
ドンソクが円陣の中から出ようとしたユ将軍の腕を掴んだ
あの熊みたいな手に掴まれたら将軍の腕など一溜りもないな

「触れるな、熊」
「なんだと」
「触れるなと言っている」

遠目であったが、細い腕が素早く返されドンソクの腕を掴んだ
なかなかやるなユ将軍

「あらやだ掴んじゃった」
「何がアラヤダだ」
「あなたの腕を折るなんて容易いのよ、でも戦力が減るじゃない」
「なんだと、黙って聞いていたら偉そうに」
「あのね、将軍は責任があるから、偉いのよ」

次の瞬間ドンソクの体は爆風に煽られ回転しながら吹き飛んだ
俺は何度も目を擦りたった今見た出来事が真実だったのかと確かめた

「あなたは確かに重いわよ。でもね私にはもっと重い使命があるの」
「油断してただけだ」
「強情ね、仕方がないわ。隊長」

砦の上で見物をしていた俺をユ将軍は呼びこう言った

「私の胸に目掛けて弓を射ってちょうだい」
「何を言い出すんです。俺は外しませんよ」
「外すような腕なら隊長を選びなおすわ、さっさとしてよ」
「避けたら、次の矢は貴女の目を射りますよ」

ちょっと怖いめにあえばいいとは思っていたさ
しかし俺を焚きつけるなど愚かな事をしたと思えユ将軍
見張り用に置いてあった弓を手にした
弓柄を握り弦に弓矢を掛け左手を右手同時に引き揚げた
弦は今にも切れそうな鈍い音を立てる

「遠慮は要らないわ」

遠慮だと、俺がすると思っているのか
次の弓矢を目の端で見ながらあの女の胸を見定めたそして放った
矢羽は回転しつつギューンと唸り声をあげ女の胸に一直線に飛んだ
例え避けようとしてももう遅い

「ちょっと気になっていたのにな」

次の瞬間あの女は素早く避け五爪の皇龍の剣で叩き切った
パキッと小枝が折れるような音をたて弓矢は真っ二つになり落ちた

「遅いわ。もっと早くしないとやられちゃうわよ」
「何者だ」
「ドンソク・・・よく聞いて。私はあなたの将軍様よ」

俺は二投目を手にしたが、放つ気にはならなかった
きっと簡単に避けられちまう

「ジュノお腹すいたわ。朝餉を用意して」





俺達はまだこの女の本当に怖さを知らなかった
ただ強いだけの女じゃない、化け物だった
アンタより物騒な者ってどんなヤツらなんだ