男の唇 ⑭ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



貴女はルビを抱き、俺はそんな貴女を抱きしめ湯に浸かっていた
白い背中が未だに眩しく感じるのは俺が男だからか

「思い出すわね」
「何をですか」
「あの夜のことをよ」
「イムジャもですか」

ふぅと溜息にも似た吐息を吐き出し白い背がスッと上へと動く
「のぼせちゃうわよね、ルビ?」
声がまた震えている
「あがって飯にしよう」
俺は貴女の腕からルビを抱き上げ湯桶から右足を出した
「間違ってなかったわ」
俺の背に貴女のやわらかな両乳房が押し付けられた
俺は無意識にルビを脇に抱え直し振り向いていた
どうしても今貴女を抱きしめないとならぬと感じたからだ

「貴女はいつも賢明です」
「きっと会えていると言って」
「其れが運命なのです、俺はそう思っております」

薄暗い今に数本の蝋燭が燈る
頼りない明かりが貴女と娘の横顔を照らした
明かりが灯っている方は柔らかな微笑みを浮き出し
影になっている方は深い闇を浮き彫りにする

「お腹いっぱい」

子どもと言うのは腹が膨れると寝ちまう生き物だ
あっと言う間に座りながらウトウトしちまいだした
「お眠ね」
好きだどうだという割にはまだまだ子ども
あと十年は進展などしない
夜着の上に上衣を羽織った貴女はルビを抱きかかえて寝屋へ行った
程なく俺のいる居間へ戻ってくる
その顔は灯りに照らされていた

「どうしたのです今宵は」
「チャン先生の事を思い出したせいかもしれないわ」
「さぁ此方へ」

俺は手を伸ばし貴女の手を引いた
俺の座っていた長椅子の隣ではなく俺の膝へと横向きで座らせる
「俺に飽きちまいましたか?」
「ヨボ」
「手管がつまらぬとか」
「ちょっとやめてよ。充分楽しんでいるから」
今日初めて貴女が笑った顔を見た気がした
その微笑み一つで俺は安心しちまう情けない男だ
手の甲で頬を撫ぜ顔を俺の方へ向けさせた
艶やかな唇が灯りに照らされ輪郭が鮮明に見える
「黙って」
俺は引き寄せつつくちづけをした
僅かに開いた貴女の唇の内側が俺の口に触れる
其れを誘いと思うのは傲慢だろうか
「次は三人で行きましょう」
くちづけが深くなる前に俺は呟いていた
次は、俺が全てを捨てる番
「貴女が望むなら俺は」
貴女は俺の唇に自らの人差し指を当てた
「次はないわ。もう一度開いたとしても私は行かない」
「では何故に」
「私ね、チャン先生に手紙を渡したの」
俺の腕に体を任せ肩に頬を寄せた
貴女の重みが俺には必要なんだ
真実、護る者がいるという枷にも似た使命
俺は生きねばと己を奮い起こしていける

「どなたにですか」
「私の両親に」

貴女の熱い息が俺の肩を染み込んだ
貴女は貴女で闘っている

「俺もお渡ししたかった」
「怖いわよ、父は」
「俺も娘の為なら怖い父です。きっと分かり合える」

貴女は俺の肩に顔を埋めたまま『お父さん』と呟いた
俺は娘を抱く心地でそっと抱きしめた





そんなふうに包まれる愛を俺が貴女に捧げましょう
貴女の背を撫ぜ俺の胸に抱き
貴女の瞼がとじ夜の帳が静かにおり
貴女の寝息が俺の耳に聞こえるまで
俺が貴女の傍にいるこの先もずっと