男の唇 ⑬ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



知っていますか
何気ない出来事にも全て意味がある事を
そして全てが必然となる事を

チャン先生は泣き出しそうな顔をしていた
「どうして先生が知っているの?」と聞き返せなくなった
その後先生はひと言も話さなかった
竹林を抜けてくる風がザワザワと騒がしく
同じ部屋にいた先生が出て行ったのが分からないくらいだった

「で・・・どうなったの?」

かぁ様の話はいつも不思議な物語ばかり
ー時を越えて来たのよーとか
ーすべてが意味のある出来事で繋がっているーとか
私が虎や龍を描けるよりずっと摩訶不思議

「ルビ、あなたチャン先生を見た事がある?」
「ないわ」
「そう言うことなの・・・あんだすたんルビ」

理解できた?と聞かれても全然わからない
「いつかね、また会えると思うのよ。私はね」
「私も会えるの?」
「そうね、だったらいいわよね」
かぁ様はまた時を越えて戻って行くの?だから会えて
私は越えてないから行けなくて、会えないの?

「どこへも行かないで、かぁ様」
「あら、私の娘は泣き虫だこと」
「だってルビをおいて行っちゃいそうだもの」

真っ直ぐな明るい髪を束ねている赤い布が首を振る度に揺れる
年に二日だけ帰りたいと思う日はあるのよ
父と母の誕生日
でももっと大切なものがあるの

「泣かないで、かぁ様はずっとここにいるわ。ほら」

聞くつもりなどなかった
ただ屋敷に戻りあの方の姿が見えない
しかしルビとあの方の声がする
また我儘を言い困らせているのかと壁にもたれて聞いてしまった
「お前の好きと大人の男の好きは違うのだ」
「どこが違うのよ」
「全部だ!」
情がふかく、思い込むと譲れない性格は俺に似ている

「侍医、どうしているのか」

声にならぬ言葉を発したあと俺は心で呟いた
「イムジャ、戻らないでくれ」
もし戻れるのなら貴女は俺を置いて行っちまうのか
貴女の姿が見えぬ時、俺はふと思ってしまう
ー行ってしまったのかー
思いが強い方へ人は引き寄せられる侍医のように

「ほら、父様が帰ってくるわよ」
「おふろ」
「そうそう、早く用意しないとね」

二人が立ち上がる雰囲気がした
俺は慌てて戸口の近くまで戻った

「あらヨボ帰っていたの?」
「今戻りました」
「ほら〜おふろの時間よ。ルビ」

ふっくらとした桃色の頬に俺は頬擦りをし抱き上げ
「今日はたくさん湯を沸かして入ろうか?」
「はーい。かぁ様も一緒にね」
「私も?」
貴女は照れることなく腕を捲って準備を始めた
そんな貴女も俺は愛おしい
あの日の貴女も俺は気が狂いそうなくらい愛おしかった




貴女と最初に一緒に湯に入ったのはいつだっただろうか
あの日は雨が降りずぶ濡れで泣きそうな顔で戻ってこられた
俺が「風邪を引きますよ」と言ってもちっとも脱ぎやしない
仕方なく抱き上げ衣を着たまま湯桶に一緒に入ったのだ
「ちょっと、何を考えているのよ」
「こうでもしないと貴女は震えたままだ」
「だからって」
毎宵貴女と過ごしている男は俺です

「貴女が悪いのです」

両手で囲い桶縁に追い詰めた
身動きの取れなくなった貴女は瞼に涙を浮かべて俺を見上げた