女の唇 <Second story⑦> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説




どんな奴が来るかと思えば、黒ずくめの若い女が来た
自らの馬には優しい声で話していたが
俺達の視線を感じると顔を上げ睨みつけてきた

「あの女ですか・・・よりによって」
「まだあの女が将軍と決まったわけじゃない」
「ですが、見てください」

女は人差し指を立てクィっと自らの方に数回曲げた
こっちへ来いってか・・・くそ・・・

「どうします、隊長」
「最初から分かっていただろう。俺達は駒なんだよ」

俺は、くるりと踵すを返し砦の内階段を駆け降りた
此処で生きていくには仕方がねぇんだ
獣も犬に成り下がる、そうやって命を繋いできた
「ユ将軍ですか」
恭しく言えばいいんだ、いつもやっているだろう
ただ戦になった時、戦場の真ん中に捨ててきちまえばいい

「この子にあげるお水が欲しいの・・・井戸はどこ?」
「はぁ?」
「水、おみず」

馬に此処に座っていろと優しげな声でいい
俺の横を駆け抜け、小僧の前に立った
「桶、どこ?井戸は?」
「こっこちらです」
二人は水場に行っちまい、砦の上から駆けつけた者は捨て置かれた
暫くすれば二人は桶に水を入れて戻ってきた
「こんなに水がないなんて。ごめんね、知らなくて」
一つの桶を馬の口元に置き飲ませ
小僧の持ってきた桶に懐から出した手拭いを浸し
軽く絞ると馬に額に乗せた
「よく頑張ったね」
「替え馬をしなかったのですか」
「どうして、この子は私の馬なのよ。見知らぬ街に捨てろと言うの」
何故だろう、その言葉が胸の奥に引っかかったのだ

「チ・・・ユ・ヨン、此処の新しい将軍よ」

衣の合わせに手を突っ込むと何かを手繰り寄せ俺達に見せた
紅い革紐の先に金で作られた環がぶら下がっていた

「見て『将』と書いてあるでしょ」
「本物ですか」(何を言っているんだ俺は)
「信じないなら」

正面からは見えなかったが、ユは背中に背負っていた剣を抜いた
見たことのない長さと細さ、そして繊細なつくり
ユは右手で剣を持ち、左手の人差し指で柄をトントンと指差した
其処には真ん中の紅い玉を奪い合う二匹の龍が刻まれていた
爪は五本・・・皇龍じゃないか

「何者だ」
「だから、王様からこの地を任された私が将軍ってことよ」

俺が聞いているのはそんな事じゃない
五本の爪をもつ龍の紋を使える者は、王様かその親族
つまり王子かだ

「ハイホン、もういいの・・・じゃ厩で休もうね」

王様はなんて厄介な将軍をこの地に送ってきたのだ
戦場の真ん中で捨てて来ちまったら俺達の首が飛ぶ

「早く、私の部屋は何処?隊長」
「はっ、はい」

頭から冷水を浴びせられた気分だった
兵営の最奥にある一番大きな部屋は指揮官の住まいだ
しかし将軍が不在だった為、作戦室として使っていた

「広いわ」
「こんな郷兵の兵舎でも見窄らしい指揮官の部屋などない」
「そう?窓壊れているけど」

最奥にある寝台横の窓の蝶番が錆びて取れかけている
あれほど何度も確認しろと言ったのに

「まぁいいわ、明日直して。今日は寝台を動かせば問題ないわ」
「まさか、(女のあなたが)此処で寝るのですか?」
「あら此処が私の部屋でしょ」

皆を信用して無いわけじゃないが、面倒な男ばかりの兵舎なのだ

「待ってください。もっとマシな部屋を用意します」
「いいわよ、気にしないで」

俺が見ているのを気にせず
埃まみれの上衣を脱ぎ、これまた泥まみれの下衣を脱いだ
白い肌着一枚の姿になり
俺の事を先ほどみたいに人差し指を立て動かしこっちへ来いと呼んだ
何を考えているのだ、この女

「寝台動かすから手伝って」
「貴女は、その衝立の向こうで待っていてくれ」
「なんで?」
「なんでもだ!俺達が動かし部屋を出て行くまで出てくるな!」

窓辺から寝台を壁の方へ動かしたあと
俺達が部屋を出ようとした時

「ちょっと、衣洗っておいて。明日着たいから」
「まさか洗わせる為に(脱いだのか)」

お飾りにも程がある
この地をあの野蛮な隣国にやろうっていうのか、王様は





ー春の宵、桜の下には魔物が巣食う④ー

「隊長、怒ってますね」
「うるさい」
「でも将軍、意外に」
「意外になんだ」
「率直な方ですよね」

こんな小僧に指摘されるなど、俺も情けないものだ

「この衣を洗って干したら、お前も早く寝ろ」
「まだ夕餉も食べてないです」
「はぁ、そう言えばお前の名前まだ聞いてなかったな」
「イ・ジュノといいます」
「あのイ家のか」

長兄は都で王の側近の重臣
長姉は前王の側室
次兄は参判だという・・・

「私には関係はありません」

どうしてお前がこんな地に来ることを選んだのだ
一体この地にどんな意味がある