蒼芥子(喜馬拉雅花)②+男の唇 10.5 | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説

男の唇 ⑪

貴女は後悔と言う言葉の本当の意味を知らない
大海の真ん中で宝玉を手離す
どれほど急いで飛び込んでも再び手にする事はない

「アンダスタン?医仙」

私は、逃げるように典医寺から出て行った医仙の後姿に呟いた
「待っていちゃ助けられない命があるの」
あの方の口癖だった
私は貴女が私と同じ生き方し後悔するなら
悪魔になると決めたのです
例えどのような結論を出したとしても二人でいる事を選んで欲しい

「王様の望む結果でなくてもです」

私は人ではなく悪魔ですから、許されるでしょう
春もなく夏もない、常に真冬しかない

「それでもいつか又あの方が突然私の前に現れる日を待っている」

待っていては、出逢えないのでしょうか





蒼芥子(喜馬拉雅花) ②

まだ肌寒い夜の事でした
窓から見えたのは暗闇に咲く木蓮の白い花

「後悔をしたとしても遅い」

あの酔った男は、愛する妻を亡くし自暴自棄となっていた
貧しさゆえに妻に髪飾りの一つも渡すこともなかった
あの売り子の女人に当たった訳ではない
不甲斐ない己に腹が立っていたのだ

「チャン、そうだったとしてもあの様な事をした男が悪い」

チェン・シャオは私を宥めたが
私はその慰めが受け入れられなかったのだ
男の弔いを終えた後、残された少女の手を引き屋敷に戻った
父上は冷めた目で私を見下ろし

「その娘をどうするのだ」
「や・・屋敷においていただけないでしょうか」
「お前は聖人君子か」

私はそのような者ではない

「医員になりたいと思っております」
「お前がか?人の命の重さなど知りもしない者だと言うのに」
「父上。私は目が覚めたのです。本気で医員に・・・」
「ならば、その本気とやらを試してやろう」

遠い西域にある山にだけに咲く
蒼芥子と言う花を摘んでこい

父の言葉に耳を疑った

「それで医員として私を受けれてくれますか」

父上の目に見たこともない哀しみを見た気がした
花を摘んでくるだけだと言うのに

「お前は何も分かってない。その花がどんな意味をするのかを」
「父上」
「人として命をかけ、限界を尽くすと言うことだ」

今なら分かる、その意味が
目眩と吐気に襲われ、身体中がガタガタと震える
なのに不思議な熱さに衣が着てはいられない感覚もあり
深い闇と眩しいほどの光が眼に走る

「医員になる前に終わってしまうようです」

父上は、きっとあの娘を私よりは可愛いと屋敷においてくれるだろう
そんな方だ
なぜ初めから父上と同じく医員になりたいと言わなかったのか

「ちょぎよー、大丈夫です?・・・分かりますか?」

女の声がし私の右肩を何度も叩かれた
寒いのか、熱いのか、夜なのか、朝なのか
全くもって分からないのに
女の声は私の耳に響いていた

「山の中でただでさえ面倒なのに、こんな荷物まで背負うなんて」
「捨て置いてください」
「やめてよ、寝覚が悪くなるわ」

女の小さな手が私の頬を何度も叩き起こそうとした
私は痛さなど感じるわけではなく
ただ頬摩られるくらい感じ心地良く思っていた

「どうなっているのよ、一体」

工場で化学物質が爆発して多数の負傷が出たという連絡が入った
インターンの子達を行かせる訳にはいかないじゃない
「ユ・ウンス。私がいない間は、その患者さんを見ていて」
「いいんですか、コ・ユンジョン先生」
「あ、言っておくけど。診るじゃないわよ、見ておくだけだから」
「どう意味です?」
「そう言う意味よ」
私は、新しい白衣を握りしめ部屋を飛び出た
春と言うにはまだ寒い日で傷を負った人には
この寒さは助かる命も助からなくなる

エレベーターに乗り屋上へと向かう為に↑へのボタンを押す
その間に新しい白衣に袖を通しイヤホンを耳に入れマイクを押した
「先生聞こえますか?」
「大丈夫、聞こえているわ」
「もうすぐドクターヘリが屋上に到着します」
「分かった、準備はできているわよね」
「はい、先生が乗られたら直ぐにヘリは飛び立ちます」
何度も経験はしているけれど、緊張する一瞬だわ

エレベーターが開くと同時に私は飛び出し
屋上に向かう扉を勢いよく開けた
爆音をたてドクターヘリのメインローターが回っていた
中にいた整備士が私に声をかける

「先生、急いでください!」

私の後からフライトナースとしファン・ヨンヒが乗り込んでくる
ファンさんが一緒なら安心だわ

「さぁ出発して」

ドクターヘリは前方を傾ける、私はバーで体を支えた
テールローターが浮き上がり機体は左右に揺れながら上昇した
前のめりになった体を支えながらシートベルトを慌てて留める

「コ先生、他の先生は、もう救急車で向かっています」

整備士の声は私の耳には聞こえなかった
ビルの谷間を吹き抜ける風は強く機体はいつになく激しく揺れていた