そして最後のグループ、最も凶悪で最も純粋な方々、「進化論って何ですか?とりあえず否定しよう」ファッション反進化論者

このカテゴリの方々はもうなんか凄い人達です。

一応カテゴリ的には反進化論者の下位交換という位置付けですが、なんかそれすら反進化論者の方に失礼だと思えるほどの方々です。
一例として最近見た方を。

とある昆虫の擬態に対する見解が、>何のために擬態の道を選んだのだろう?
>こういうの見ると進化論がやっぱり間違っている気がする
>擬態するくらいならスズメバチそのものになっちゃうほうが楽だろ?

見てくださいこれ。
もう、凄いとしか言いようがないですよね。

進化論云々とはもう別次元ですよ。
種の多様性全否定ですよ。

この彼は、海底の岩や砂面に擬態する魚やタコにも最初から岩になれと言うのでしょうか。
褐色の肌のアジア人にも、最初から黒人に産まれろと言うのでしょうか。

また、私が今まで見てきたこのグループの方々の発言には、
「人間が猿から進化したのなら、未だにチンパンジーが文明を築いていないのはおかしい」
「進化論は間違いだ。何故ならキリンは首が長いせいで低いところに生えている草や木を食べられないからだ」
「イルカやクジラ等、哺乳類にヒレが生えるわけがない。あれは魚だ」

などなど、なかなかに甲乙付け難い珠玉の名言が揃っています。

進化論というより、収斂進化や進化の多様性などの進化そのものを否定しているあたり、原理主義者のようなインテリジェントデザイン説を推している人もいるのかもしれませんね。

最近では進化論を見直すべきだとする気運が高まっていますが、自身の手に余るムーヴメントに乗っかろうとするのはどうかと思いますね。

そんな訳で終わりです。
疲れた。
続きです。


また、ネズミの尻尾を何世代にも渡り切断し続けても尻尾の生えていないネズミは生まれないから進化論は間違いだと主張する信じられないほどアレな人もいました。

後天的要因は遺伝しないという至極全うな意見に対して、じゃあ人間に尻尾が無いのはおかしい!ある日突然尻尾が消えたんじゃないなら人間にも尻尾が生えている筈だ!と騒ぎ立てる人もいます。
おかしいのはあなたの○ですがね。
進化とは1か0か、白か黒かではないという事を理解していただきたいものです。

一例として、日本原産のジャパニーズボブテイルという品種の猫ちゃんがいます。
日本ではさして珍しくないこの子達は大陸に少数生息していたボブテイルという尻尾の短い種類の猫ちゃんが日本に渡来し、以降日本というある意味隔離された島国で在来種である日本猫も交えて繁殖を続けた結果、劣勢遺伝である短尾が受け継がれたのではないかと言われています。

このように、ある特徴を持った個体グループとの接触でそれがマジョリティとして受け継がれる事は自然界に於いてはなんら珍しくない事なのです。

そもそも、進化論は反進化論者の宣うような短絡的な思考の下に進化を唱えているのではありません。

ある日突然進化しましたなんて幼稚な御伽噺などではなく、数千数万という種が、数万年数十万年あるいは数億年という膨大な歳月を掛けてなし得るものであるとしているのに対して、反進化論者はそれを無視した暴論に至り、勝ち誇ったように主張してきます。

地球が誕生して46億年、最初の生物が誕生して40億年、最初の霊長類が誕生して6500万年、最初の人類が誕生して700万年、そのうちのたかだか数十年しか消費していないにも拘わらず、長い年月によるイレギュラーや特異性を鑑みず、自分が想像出来ないから不可能だと決めつける様は滑稽という言葉以外では形容し難いものです。

反進化論者とは進化論の否定に注ぐ熱意とは対照的に、新説の提唱には酷く惰性的である一面をお持ちです。

まあ重箱の隅をつついて粗探しするのとはわけが違いますからね。

むしろ、生物に関しては絶対的な既存の理論、法則の方が少ないでしょうに、何故進化論にのみそれほど噛みつくのか理解出来ませんね。

続きます。
まあ説明するまでもないと思いますが、進化論とは生物の授業でお馴染みのダーウィンさんが提唱したことでご存知の方も多いと思います。

今回はこの進化論について考察していきたいと思います。
ただし、そんな専門的な話は出来ませんしする気もありません。
あくまで一般人の一般常識としての進化論と、それを取り巻く環境についての考察になります。

さて、この日本では進化論とは割とありふれた常識とも言えます。
しかしながらそこは人間、いつの世もそういった常識に噛みつく輩は居るものです。
まずはそんな人達をご紹介しましょう。

トップバッターは「欧米の主流」、キリスト教原理主義者です。

このカテゴリに属する人達を一言で端的に表すと、「アホ」です。
何故なら宗教にどっぷりハマり込んで理想と現実の区別も付かなくなっており、進化論を否定する根拠が「人間は神が創りたもうた存在なので猿から進化した訳がない」というお粗末な主張を自信満々に吹聴しているのです。

じゃあ逆にお前らはアダムとイブの子孫なのかって話ですが、人類が最初の二人から派生したのであれば近親相姦は避けられません。
あなた方のご先祖、どえらいタブー犯してますがそれはいいんですかね。

神が人間を創ったと言うのであれば、まずはその神とやらを連れて来てください、話はそれからです。

次にご紹介するのは最近の主流、「既存概念を許さない」反進化論者です。

このカテゴリの方々は前述の原理主義者とは違い割と合理的な観点から反進化論を掲げ、主張にも一理ある場合も多分にあります。

しかしながらこの方々、主張の大半が暴論と極論です。

例えば、ダーウィンの提唱したダーウィン説、つまり、生物は現環境に最も適応した個体が生き残り、適応した個体同士で子孫を残すことでその特徴が次世代に反映され、種の特徴になるという主張に対して、環境に適応した個体が都合良く突然発生するのは些か不自然である という自分勝手な解釈で噛みついてきます。

そりゃあ、火を付けられても死なないとか真空でも生存出来るというレベルの進化がたかだか数世代で起きたのであればその通りなんですがね。

この主張は要するに、鳥が空を飛べるのはそのほうが有利だったからなんだろ?そんな都合よく環境に適応して飛べるようになるのはおかしいだろ 、と言いたいらしいです。

何故そう過程をすっ飛ばして結論を急ぐのか分かりませんね。
続きます。