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桜のブログ

思い出アルバム

 
八王子駅に用事があって出かけた。
駐輪場に原付停めたが、ご当地ナンバープレートがわんさかキョロキョロ
八王子周辺にはけっこうな数のキャンパスがある。
地方から来た大学生が地元から持ってきたのかなぁ
 
 
 
 
 
 
 
ご当地じゃないけど・・・日光市
 
 
万願寺の妹宅へ大荷物を届けた後・・・
 
緑地で散歩わんわん
 
 
 
 
谷保の田園風景
 
んじゃぁ

立川と日野を結ぶ橋。

仕事が終わってから、帰宅後にさくを連れて散歩🐾
 
 
音譜
 
ちなみに、立日橋と日野橋の中間(立日橋寄り)に、「日野の渡し」がありました。
 

日野の渡しは、現在の立日橋付近で柴崎(立川市)と日野を結んでいた多摩川の渡しで、
江戸時代貞享年間(16841688)以前は農耕のための作場渡しとして利用されていた。
この頃、甲州街道は下流の青柳(国立市)付近から万願寺渡船場から多摩川を渡り、

万願寺一里塚を経て日野宿に至っていた。貞享元年、甲州街道は青柳より上流の柴崎から
日野渡船場で多摩川を渡り、日野宿に至る道筋に改変された。

これに伴い、日野の渡しは府中宿と日野宿を結ぶ正式な渡しとなり、日野宿の経営となった。

三月から十月までは渡船、渇水期の十月から翌三月までは土橋だったが、文政七年(1824)以降は

一年中渡船となった。

渡し賃は人と馬で別々に徴収されたが、武士、僧侶、宿の人々は無料で通行でした。

明治維新後も日野渡船場の経営は日野町へ受け継がれるが、大正十五年(1926)日野橋の開通によって

渡船は廃止となった。
                               日野市教育委員会

 
 
 
立日橋が架かる前は、立川と日野を結ぶ唯一の橋が「日野橋」でした。
竣工月が大正15年で、私が子供の頃は日野橋交差点が常に渋滞していた記憶がある。
当時は大きな「立川温泉」という温泉施設もあったなぁ〜
 
ちょっとすまし顔のさくですが・・・・実は・・・・よく見ると・・・・
 
鼻水垂らしてますww
 
 
 
スマホ撮影のわりにキレイに撮れたね^^
 
今日の夕方散歩でしたラブラブ
 

多摩川上流🐾

 
 
 
青梅市「旧宮崎家住宅」(国指定重要文化財指定)
 
 
 
 
 
昭和公園クローバー
 
小金井公園カメラ
 
いつもの緑地晴れ
 
 
 
 
 
でわパー

朝イチで美容室へ行き、その後原付で日野駅まで行った。

駅前で友達と合流し、二人でダラダラあてもなく歩くw
 
今年は「土方歳三没後150年という事もあり、周辺は歳三さん一色ドキドキ
 
土方歳三マンホールめっけ爆  笑
 
 
日野自動車ラグビー部である「日野レッドドルフィンズ」の皆さん^^
頼むから、尻と腿触らせてくれ〜wwww
 
我が家の次男が中に紛れてそうw
 
歩き疲れて眠いので、写真と動画をパラパラとアップしますDASH!
 
 
私の大好きな「人斬り二番隊長 高島クマゴロウ」君ラブラブ
いっぱい触って何度もハイタッチしたw
 
松平容保公の子孫にあたる会津松平家14代当主である「松平保久」氏が馬に跨り登場ですチョキ
 
今年のミスター土方は、昨年のミスターと二卵性双生児のお姉さんなのだとか^^
キリリとした美しい歳三さんですひらめき電球
 
今年の近藤勇局長は、昨年は可愛らしい沖田さんでしたね!
 
そして今年の鉄之助君は、地元日野市の中学生でした。
いやぁ〜ホント可愛いww
 
きゃぁ〜照れ
近藤さんとつねさん ラブラブだぁラブラブ
 
容保公の陣羽織ドキドキ
 
 
 
歳三さん、兼定のレプリカを見せてくれました!
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
昨年の近藤さんに選ばれた方が、今年は井上源三郎として歩かれていましたw
もぉ〜ホントに元気で可愛いw
 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 
また捕まえちゃったww 「クマゴロウ」
 

二巡目のパレードも終わり、佐藤彦五郎新選組資料館前にて。

このまま行進して資料館敷地内へ入り、福子館長へご挨拶されていました。

 

バグパイプで福子さんへ「アメイジング・グレイス」をプレゼントプレゼント

 

西洋流火術鉄砲隊の皆さんの心のこもった粋な計らいに、

福子さんは涙ぐんでいらっしゃいました。

偶然この場に居合わせた私も感動で鳥肌が立ちました照れ 

まつりの最後に素敵な時間を過ごさせていただきました。

 
 
パレードの一巡目を終えた参加者の皆さんが、二巡目に向けて佐藤彦五郎資料館の前の道を
歩いてくるんですが、福子さんはずっと手を振って「がんばって〜!」と声をかけていらっしゃいました。
(今回アップした動画のどこかに、福子さんの声援が入っていると思います^^)
 
西洋流火術鉄砲隊とクマゴロウに手を振って見送る福子さんの後姿^^ 
(この写真好き^^) 下矢印
新選組まつりに関わった皆さま、本当にお疲れさまでしたビックリマーク 
 
家まですっとんで帰って、さくの定期検査の為動物病院へ行き、その帰り道のお散歩🐾
 
今日はお留守番でゴメンね><汗

雲行きが怪しい中、買い物帰りに緑道散歩🐾

 
開き忘れたのか、この子達だけこっそりと咲いていた照れ🌸
 
子供の頃、よくここで遊んでいたなぁ~としみじみ( ˶´⚰︎`˵ )
 
久しぶりに雷の音を聞いた💦
「桜、へそ取られるぞっ汗
 
雨が降り始めたので 慌てて帰宅あせる

今日は早朝から青梅市の「塩船観音寺」へつつじを見に行ってきましたわんわん

えっと・・・7時にはもう居たわねww
 
「仁王門「(国指定重要文化財)・・・室町時代後期
 

塩船観音寺は、山号を 大悲山 と称し、寺は地名の塩船を付けて『大悲山塩船観音寺』と申しております。

塩船とは、周囲の地形が小丘に囲まれ舟の形に似ており、仏が衆生を救おうとする大きな願いの舟である『弘誓の舟』になぞらえて塩船と名づけられたのであります。

大化年間(西暦645650)に若狭国の八百比丘尼が一寸八分の紫金の観音像を

当地に安置したのが開山と伝えられ、貞観年間(859877)には安然和尚が

十二の坊舎を建て興隆を極めたと伝えられております。

当寺の御本尊は十一面千手観世音の木彫立像で像身四尺六寸(1.4m)鎌倉時代(文永元年西暦1264)の作にして宋朝様式の影響を多分に受けております。

                                                (塩船観音寺HPより)
 
「本堂」(国指定重要文化財)・・・室町時代後期
 
見頃だって聞いちゃったら気になるじゃない?
 
 
 
 
ちょ〜キレイ爆  笑
 
 
 
 
 
「本堂」
本当落ち着くクローバー 空気が違うグッド!
 
 
 
青梅街道へ移動DASH!
ベンチでモズバーガーを食べながら地域号外を読む。

 

「青梅大祭の歴史」

青梅宿「青梅村」に位置する住吉神社は住吉山延命寺の鎮守として応安2年6月に創建され、その後、永正10年3月28日(1513年・室町時代)青梅村の鎮守の神様となりました。
村民が拝殿等の改修工事を施工し、その完成を祝い五町の氏子村民多数が祭り事を計画し実行しました。
これが、春季例大祭の始まりと言われ、現在の山車巡行祭礼となりました。
住吉神社の氏子である五町(現在山車人形を所有する住江町・本町・仲町・上町・森下町)で山車を曳いたのが青梅大祭の始まりです。

 

戦後になり、滝ノ上町・大柳町・天ヶ瀬町・裏宿町そして西分町・勝沼町・日向和田も加わり現在の12台の巡行となっています。

この青梅大祭は例年10万人を超える来場者がある大規模なお祭りになります。

 

 

しばし、動画をお楽しみ下さい。

山車に乗ったお囃子さんが激しい祭りって珍しいよ!w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山車人形は江戸末期に青梅の産業であった青梅縞などで活況を呈していた

商人達が買い求めていたと言われています。
山車人形は江戸の人形師達ちが腕を振るった傑作揃いで、明治の終わりまでは

山車の上に高く飾られて巡行し、豪華絢爛を謳われたものです。
その後、電線が張られるようになると山車は現在の屋台方の形での巡行になり、

山車人形は町内に飾られるようになりました。

         ダウン

 

明治の終わりまではこの様に山車の上に高く飾られていたんですね〜

 

 

 

 

朝の内はね〜のんびり歩けたのに、増える増える人・人・人・・・・

週末の原宿の竹下通りみたいに、前後左右に人が居て行きたい方に歩いて行けない位だったわぁ

こんな調子で夜までま体が持たないっしょ汗

 

暑くなってきたし歩き疲れたので、さくと涼しい木陰のある住吉神社へお詣りに。

みんな山車や的屋目当てだから神社が空いてた照れ

 

参道石段の上からは青梅の山々が見えます^^

 

桜、ここ涼しいなぁ〜^^

 

 

 

 

再び人ごみの中に突入DASH!

 

本当は夜の部まで居るつもりでいたんだけど、想像していたよか凄い人なので歩くのに疲れ果てて、

この後、山の上にある公園の木陰にシートを敷いてさくと昼寝してから帰宅しましたwwww

 

足が筋肉痛><

 

でも、やっぱ祭り好きだなぁ〜爆  笑ラブラブ

のんびりと過ごせる場所が好き。

昭島市日吉神社前の「千歳のフジ」が見頃だとの事で立ち寄る。
 
樹齢800年と言われる「千歳のフジ」は都の天然記念物です^^
 
藤を愛でてから八王子の某所へ移動。
新緑と野鳥のさえずりが心地よい緑地を散歩🐾
 
 
 
 

 

 

 

 
帰り道にイオンに寄り道。
さくのトリミング中に「新選組謎解きラリー」をやってきたw
謎・・・説けたよ^^
 
 

夜、韓流ドラマを見過ぎて寝付けないままww

早朝に自宅を出発DASH!
 
自宅を出ると吐く息が真冬のように真っ白で、あまりに寒いので
さくを毛布でグルグル巻きに包んで出発ビックリマーク
 
八王子市内を抜けて陣馬山へ向かいを走っていると
「新選組隊士 中島登 出生之地」が建っている。
(以前にも来たことがあるが、久しぶりなので写真をアップしておく)
 

中島登(1838~1887)

寺方村(現西寺方町)の千人同心の子として生まれ、自身も千人同心となるが、

同心仲間とのトラブルから千人同心をやめ離村、親戚筋にあたる多摩郡中野村の井上益五郎宅へ身を寄せた。この井上益五郎が近藤勇の近藤家と知り合いであったことから、登は新選組に入隊した。
土方歳三と各地を転戦するが、箱館五稜郭の戦いで捕えられ、その後は遠州白須賀(現静岡県湖西市)へ開拓農民として入植、後に浜松にて鉄砲火薬店を開いた。
中島が新選組隊士を描いた「戦友姿絵」は、箱館五稜郭分館に収められている。
(八王子市教育委員会案内板より)

 
 
登さんが生まれた場所から少し走っただけで、こんな自然豊かな場所に出る^^
 
 
さぁ~ボチボチ峠道に入っていくぞw
頑張れ!私の大事なズーマー君あせる
 
センターラインすら無い車一台やっと通れる位の峠の道w
箱根の峠を思い出しながら、朝もやの清い空気を吸いながらひた走るグッド!
 
運転する私は山の景色を見ながら一人ニヤニヤw
今にもエンジンが止まってしまいそうなw我愛車ズーマーが頑張って登って来てくれ、
「陣馬山和田峠」へ到着チョキ
 
 
 
ここまで来ると、まだ冬なのかと思うくらいの寒さ><
でも山を登り始めると体はポカポカ暖まって来る^^

 

 

もう少しで頂上だ! さく頑張ろう汗
 
じゃじゃぁ~んドキドキ
ホントこの時期だとこんな綺麗な富士山は拝めないね!
朝から冷え込んでいたから空気も澄んでいて眺めも最高だ爆  笑
(茶屋のおじちゃんが言うには、ここで又富士山も雪化粧したらしいよ!)
 
桜の花びらと一緒に霜がキョロキョロ
 
山頂に7時頃に到着w
陣馬山のシンボルの白馬の前でカメラ
 
陣馬山の頂上は360℃を見渡すことが出来る^^
富士山、丹沢山地、奥多摩、奥秩父、日光方面、南アルプスの山々、江の島、スカイツリー、都心部のビル群、相模湾、横浜ラウンドマークタワー、横浜ベイブリッジなどなど・・・・
絶好の天気と最高のパノラマを目の前に下山したくなw
 
 
桜がまだ綺麗に咲いておりました富士山
 
 

 

 

 

 

 

朝早すぎて、山頂にある茶屋もまだまだ準備が始まったばかりだったのに、
富士見茶屋のおじちゃんに「お腹が空いたぁ~汗」と言ったら、特別にアツアツのうどんを
作って下さいました照れ
 
三軒ある茶屋の中で、頂上の一番高い所に建つ「富士見茶屋」。
今のご主人が三代目なのだそうです。
数年前の大雪の時には、途中で動けなくなり遭難したそうでガーン
大変な騒ぎになったと笑いながら話してくれました。
 
二代目が一番大変だったそうで、「その当時流行っていた「登山時に調理をする際使用する道具(聞いたのに忘れた><)」を使用しての山火事が何度があったらしい」と先代の苦労話も話して下さった。
 
「この時期にこんな綺麗な富士山を見れるなんて ホントについてるよ!」と言うご主人。
たしかに冬の様な澄んだ空気の中、360度景色を見渡せるなんてラッキーだグッド!
 
勿論富士山もきれいだけど、その手前の丹沢の山々がホントに綺麗だったなぁ~ラブラブ
 
登山客と話す富士見茶屋のご主人。
山頂で撮った動画にもご主人の声が入ってますwww
 
私が頂上に登った時には3人しか居なかったけど、
うどんを食べ終わった頃には、アチコチの登山道からワイワイと登山を楽しむ方々が集まって来た!
 
山頂には3軒の茶屋が建っています。
「富士見茶屋」「清水茶屋」「信玄茶屋」
                                                        下矢印トイレ
 
 
ひゃっほ〜わんわん
 
 
 
結局、7時から9時頃まで山頂に居たって言うww

 

 

下山途中もこんな眺め^^(原付にまたがったまま撮影w)
 
八王子市上恩方の郵便局は木像の可愛らしい造りドキドキ
昭和13年の開局当時の建物らしいです。素敵ですね^^
 
美しい里山をしばし眺め・・・
 
水のきれいな川を流れる音に癒され・・・
 

 

帰宅後は爆睡しましたww

先日の散歩🐾

藤がキレイな季節ですねぇ~^^
藤の香りも好きラブラブ
 
 
 
 
 
花に埋もれるさくw
 
ドデカ「シロツメクサ」あせる
 
古民家からの~
 
くにたちし郷土文化館
 
 
 
 
んで、いつもの緑地クローバー
 
 
 
買い物に行った100均の通路にあった
 
昭和〜な古写真ラブラブ
谷保駅が手書きで可愛らしいw
 
 
びっくり! びっくり こんな所にロッジがあった
 
フリーメイソンのシンボルマークを見ると あの小説を読みたくなる。
 

週末はさくと原付で八王子へDASH!

南浅川が流れる長房町の土手沿いをのんびりと原付で走って来た^^
 
「長房町ふれあい端午まつり」会場となる場所に到着グッド!
南浅川の青空を千匹の鯉のぼりたちが泳ぎます。
 
JR西八王子と高尾の中間にあるこの場所は、のんびりとした時間が流れている。
 
この付近は川の水も枯れており、下に降りることができる。
 
時間を忘れて、風にはためく鯉のぼりを眺めながら、さくとのんびりと過ごす^^
 
高尾山にも近いため自然も多く、色んな香りがしたのでしょう。
自然の香りを楽しんでいる様子でしたクローバー
 
 
 
 
桜もまだ咲いてました!
 
 
 
 

 

 

 

 

夏日のような暑さでしたが強い風を受けて優雅に力強く泳ぐ鯉のぼり。
また来年も一緒に見に行けるといいなぁ
 
優雅に泳ぐ鯉のぼりを見て、そのまま川沿いを走っていくと・・・・
「南浅川橋」の下に出ます。
 
「南浅川橋」

昭和11年(1936年)に設置されたコンクリートアーチ式の橋です。

南浅川に架り、多摩御陵(武蔵陵墓地)への参道となっています。

御陵参道の橋であるため、威厳のある形式と周辺の自然との調和を考慮した

デザインが施されているのが特徴です。

 
橋の上に出て渡ると、「武蔵陵墓地参道」となっています。
※多摩御陵も鯉のぼり会場と同じ「八王子市長房町」
 
橋の上からの眺め。
逆光なので移りがイマイチですがw
 
懐かしいテレビ番組で言えば、「ゆうひが丘の総理大臣」や「あさひが丘の大統領」のロケでも
使われた橋www
 
 

「多摩御陵(武蔵陵墓地)のケヤキ並木」

多摩御陵・武蔵陵墓地への外参道沿いには、高さが20メートルほどのケヤキが約160本植えられていてます。
南浅川橋から見通すことができるこのケヤキ並木は、四季折々に美しいアーチを描きます。

 
この辺りは沿道の植え込みも整備されており、この新緑の時期はこれまた気持ちがいい風が
吹き抜けます。
久しぶりにケヤキ並木を走ってみようと「多摩御陵」へ向かう。
 
 
「多摩御陵」に到着。
 
そういえば今日(4/23)、

天皇、皇后両陛下が、昭和天皇の多摩御陵(武蔵野陵)を参拝し、

退位の報告をされましたね。在位中の天皇陵参拝は今回が最後となりますね。

 
以前友達と参拝した時のブログ書いたのに、ピグ乗っ取られちゃったからなぁ><あせる
 
ここから先はさくが居るので入れません。
 
 
 
とても静かで緑が気持ちよい多摩御陵でした。