2019年6月17日(月)
17日の20時頃、南東の空低くに満月が昇っています。6月の満月には
「Strawberry Moon(苺月)」という可愛い名前が付けられています。
この呼び名はアメリカ圏の6月の満月の呼び方です。
6月はイチゴの収穫時期。夏至の頃は月が低く昇るため大気の影響を受けやすく赤みがかることが多いので、赤い苺と結び付けたのでしょうね。
ストロベリームーンには「好きな人と一緒に見るとその人と結ばれる」というロマンチックな言い伝えがあります。
別名『恋を叶えてくれる月』。気になる人がいるなら一緒に月を見上げてみるのはいかがでしょうか?
私はこのお月さまをさくを抱っこして眺めました^^
好きな人と一緒に見ると結ばれるww
今日の夕方散歩![]()
我が家の若様![]()
(実は昨日一日中、嘔吐して大変でした><)
朝の通勤途中にカルガモの親子に出逢った( ˶´⚰︎`˵ )
「ここは毎年居るんだよねぇ」とオバちゃんw
そいでもって私にアメを一つ下さった^^
全部で3親子のカルガモが用水路をスイスイと泳いでいたよ^^
無事に大きくなあれ〜![]()
さくと両親の墓参りをしてきた。
臨済宗龍角山広徳寺は、応安6年(1373)開基の正應了受居士によって創立され、
鎌倉建長寺70世心源希徹禅師を請じて開山したと伝えられています。
その後、天文年間(1532~55)に北条氏康によって堂舎が再建され、江戸時代には 幕府から40石の朱印地が与えられ、約1万2千坪(39,600※平方メートル)の境内地を有しました。
境内は五日市盆地西縁の秋川西岸の山麓に立地しています。
境内は地形状の制約から、東向きに総門。山門・本堂が東西の中心軸上に配置され、山門と本堂の間の参道を挟んで北側に鐘楼、南側に経蔵が対置する禅宗伽藍で構成されています。
現在は、18~19世紀代再興の伽藍と、総門の全面と北側の土塁や貯水池などの遺構が残っています。
東京都教育委員会
伊達政宗 白萩文書
仙台藩主伊達政宗が大悲願寺に宛てた書簡である。
当山一三世海誉(かいよ)上人の時代で、たまたま政宗の末弟秀雄(しゅうゆう)が上人の弟子として在山したという。
また政宗は川狩りを好んだともいわれる。内容は先日訪問した折、庭の白萩が見事であったが、その白萩を所望したいという主旨である。年次は「政宗公実記」より元和九年(一六二三)と推定される。
追て曽掛(そかけ)(粗末な衣)に候(そうら)へ共、折節に任(まか)せ、小袖壱重進(ひとかさねすす)め候(そうろう)。以上。
態(わざわざ)飛脚を以て申し入れ候。
先度(せんど)は参り、会面(かいめん)を遂げ
本望に候。仍(よって)無心の
申す事候へども、御庭の
白萩一段見事に候(そうらい)き、
所望致し候。先日は申し
兼ね候(そうらい)て罷(まかり)過ぎ候。預(あずけ)(使いの者に)
候(そうら)はば、恭(かたじけな)かるべく候。
猶(なお)後音(いん)を期(こ(き))し候。
恐惶謹言(きょうこうきんげん)
松平陸奥守(むつのかみ)
八月廿一日 花押(政宗の書き判)
彼岸寺御同宿中
なお、本文書は市指定文化財でありましたが、平成八年三月十八日、これを含む一万三百三十五点の資料が「大悲願寺文書」として東京都有形文化財に指定されました。
あきる野市教育委員会
銘酒「多満自慢」は、「多摩の心をうたいつつ、多摩の自慢となるよう、多くの人達の心を満たすことができたら」という願いをこめて命名されました。
石川酒造の歴史は文久3年(1863)9月1日 (旧暦)に始まります。
創業時は「八重桜」、大正8 (1919)より「八重梅」の銘柄で醸造していましたが、昭和に入り、 精白技術も向上し、より良い酒質の新銘柄として登場したのが
「多満自慢」(昭和8~) です。
それぞれ違う4つのコースをご用意しています。
コースによっては、お1人様よりご参加可能!
日本酒コース、ビールコース、ランチ付きのコースなどご用意しており、
プランに合わせてお選びいただけます。
通勤途中の「大國魂神社の御神田」
昔はくらやみ祭神輿渡御があった翌日の5月6日、大國魂神社の御神田で
「御田植祭」という神事が行われていました。
武蔵の各地から農民が集まり、田植をする行事です。
田植の終わった田で裸の子供達が相撲をとる習わしでしたが、翌日になると
不思議にも苗が起き上がるという大國魂神社の七不思議のひとつに数えられています。
現在も、「御田植祭」は伝承されており、お清め、お祓いをした御神田で早乙女達が田植を行います。























































