いい意味で諦めることの大切さ | 桃:英語大好きさんのブログ

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読んで下さりありがとうございます。
元々大好きな英語について書いていたブログですが、
今は持病である子宮内膜症について日々の闘病生活を中心に色々書いています。
よろしくお願いいたします。



先程は長々と書きましたが、
結局、言い方は病気であることに対してまるでふてくされているような表現っぽいですが、

ときには「諦める」ことも大切だということ。

だって、冷静に考えれば

無理があるんだもん。子宮内膜症という病気は
「治る」とか「完治」という言葉を使うことが。

もちろんこの現実に、
20歳だった私は到底、耐えられることはありませんでした。

今だってもちろん、そういう瞬間がメンタル的にあるからこそ
落ちるし、自分を卑下しちゃうし、マイナス方向に気持ちが行ってしまったり、嘆いてみたり…。

この病気だって人それぞれですが、

私の場合体調不良がいつ襲って来るか分かりません。
それによってどっか行かない?とか、この日空いてる?という問いに対してどう答えたらいいかいまだに分からないのが正直。(この日大丈夫で〜す!とかいう、普通に当たり前に使うであろう表現、使ってみたかったけど)

この現実一つで色々な経験ができなかったし、失った人間関係もいくつかあります。

そして、やむを得ず予定を入れることになったときの不安感と言ったらハンパじゃないです。笑

楽しみ!よりも先に
ダメになったらどうしよう…という気持ちが先行するあの感じ…相手方にもはや失礼とさえ思い、自分をせめるし。もうこんなの何年やってるだろうか…とか。

でも、私のその目標というのは、

そう思うのも仕方ないし、当然の反応だからいいとしても、

簡単に言えばこの、

「持病だから不安なことがたくさんある」ということを含めて自分なんだ!という考えを徐々に徐々に浸透させていくということです。

もしかしたら数年かもしれない、数十年かもしれない…とにかく本気でそう思えるまでどれくらいかかるか分かりませんが、

とにかく自分を責めない。この病気であることは誰かに悪いことをしているわけではないのだから。

おこがましいですが、同じ病気の人で似たような感覚の方には全員に言えることなのかもしれません。(あまり深く捉えないでくださいね!)

あとは、私は良くも悪くも根がマジメです。

だから、理想…というか思い描いている社会人の自分というものと、現実の現在の自分という状況の高低差に悩まされているんだということに気が付きました。

世間の目とか、近所の目や声ではなく、(そしてそもそもそんなものは元々ない)

結局悩んでいるのは自分の自分による評価だったんだなって。

もっと柔軟に、いい意味で少しルーズな自分を作っていかないといけないな〜と。思います。


仕方ないよ!この状況だよ?半日勤務でもいいじゃん!見つかれば万々歳だと思わなくちゃ。くらいに。

「こうでなければならなかったのに!」という足枷をそろそろ外してあげる時期に来たのでは?とも思います。

新卒の年齢じゃないんだから、どのみち同い年の女性は健康でもそうでなくても

キャリアウーマンがいたり、結婚して専業主婦になっていたり、結婚して子供がいる中、会社員から時短で働く方向に変えたり、辞めてアルバイトになったり…

様々な事情や状況を持つ同級生が出てきてもおかしくないという意味では
比べたり、気にしたりする時期はもう終わったかな?とも思います。

それを考えたら新卒の時期よりはずっとマシなのかもしれない。(逆にそれくらいの年齢で悩まれている方もあと少しかもしれません💦)

あとは、その私の健康のために協力してくれている方が少し喝的なことを仰ったのも

一生懸命頑張ってアプローチの仕方を考えてるのに、その相手である私の体調がなかなかよくならないことへの苛立ちもあったかもしれないし、

単純に私がお母さん的な感覚で説明しすぎて、イラっとしたかもしれませんし、(他にも仕事あるわけなので)

でなければ母目線で子供に言うように言ったのかもしれないな〜とか。

どのみちあんまり詳しく言い過ぎないようにしなければいけないと反省しながらも、

言われたことは
とことん図星なので
まずはそこから!ですよね。(詳しく2つ前のブログで)

でも、間違いなく心配してくれているので
その方の心の負担にならない程度にどうしていくのがベストか、一緒に考えさせていただきたいなと思いました。

というわけで寝ます!