なんて久しぶりのブログになってしまった。
この半年、冬になってからコロナウイルス感染のことで大変なことになってしまったと感じる。
年明けから中国武漢は不穏でそんな様子を夫と話したりしていたがどこか他人ごとだったかもしれない。
保育園も心配だなとおもいつつ3月から短縮保育など何とかやりくりして5月になり。
勤務変更のはずだったがのびのびなあなあのまま現状維持でゆるくやらせてもらっている。6月は反動のように忙しく今にいたる。
子どもの成長はめざましい。喋っている。コミュニケーションがとれる。重くて抱えられない。走る、真似する。
趣味の時間も昼寝の時間もブログやSNSも減ったけど、毎日充実している(ありがたい)
閑話休題。
小学生のころから近視でずっとメガネ、やがてスポーツはじめたりしてコンタクトつかってた。ハードは痛みや異物感がどうしても無理でソフト。
それで問題なくきたけど、産後くらいからかなアレルギー性結膜炎とドライアイがすすんでソフトレンズいれて数時間すると痒みや乾きが辛くて。
メガネ中心にしたのだけど、頭痛してくるし子どもに壊されたり落とされたり、そこへこのマスク習慣で曇るし、仕事はデスクワークだからメガネもいいのだけど、でもやっぱり不便で。
近視矯正術を受けようと決意。
近くの眼科でみてもらったり情報を調べはじめた。
自由診療だから値段もレーシックの2-30万から、6-80万の眼内レンズ挿入(わりと最近のもの。取り出すことができる点で、角膜を削るレーシックより可逆性で安全、強い近視や角膜薄い人でもやれるそう)までほんとに色々で。
「メガネがつらいんだ、絶対裸眼にしたい!そしたらもっとメイクやおしゃれも楽しめるし頭痛もへるかもだし、もう絶対いまの状態はいや」
という思考にだんだんなっていた。
これって、美容整形や過度なダイエット痩せ願望にちょっと似ているなと。
•今の自分の状態、をちゃんと把握できなくなっている。
今のままでも幸せだったり満たされている部分にフォーカスできず、出来ていないとか不愉快である点にばかり目がいってる。
痩せてないからダメ、目がこうだから鼻がこうだから嫌とか許せない、とか。
•こうなれば(今の私の場合は裸眼の生活。細くなったら/目が二重なら/鼻が高ければetc)
絶対に楽しいし幸せだし、その状態になったらアレもコレも楽しめるのに。
という感じ。
整形こそしていないけど、痩せ願望には覚えがあるな。
いずれにしても、認知が歪むのは本当にきけん。
大掛かりな整形はリスクや、加齢による将来の変化という面でも推奨できないけど、
まあ目を二重くらいいんじゃないって個人的には思う。
けど、上記のような追い詰められ思考になってる時は注意だとおもう。
歯止めがきかなくなる。
自分の心身の状態や金銭面にも配慮がいかなくなって、人生を良くするためにというはずだったものの、結局支配されて(外見のパーツや体型や食べ物、そのためのお金や時間や思考)消耗していく。
だから
•「今」のままでも満たされているし幸せである点があるし
•コンプレックスや嫌な点があっても、メイクやおしゃれや趣味や何でも自分の好きなことはやって、試して見て、みつけて、トライして楽しめるし
•自分をつくりかえるというか、性質を否定して、「望むとおりの」物事や結果を得られる、というのは傲慢にすぎる、と自覚ももつこと。
この、最後のは「努力すれば何でも手に入る」風潮とは逆のようかもだけど。
怠慢の言い訳ではなく、自分自身という体や心や生活環境、それらは千差万別で他人と比較できるものでは本来ないということ、
頭の回転が速いひと脚が速いひと八等身のひと、メンタルが落ち着いてるひと、社交的なひと、顔が整ってるひと、視力が良いひと虫歯にならないひとetc そんなのほんとに色々で、
「自分という素材」を知りながら認めながら存分に伸ばそうとするのはすごくいいなとおもうしそれは努力、とゆってもいいとおもうのだけど。
その塩梅が難しいけども、ある程度遺伝子で決められたものがあるなかで、
そんな自分を尊重するしかない部分もあるわけで(諦め、ともいえるある種の。というか受け入れ)
他人を比較したり羨んでも全くの他人にはなれないわけで。
それを何でも自分の望み通りに沿わせるなんて、傲慢にすぎるなと思う、子ども一人だって思うとおりになどできないのだから、自分自身を蔑ろにしすぎないでほしいなとおもう。
自戒もこめて。
そんなわけで少し冷静になって、近視矯正術についてもう少し検討しようとおもいます。
裸眼だったら便利だし、やっぱりいいよなーとおもうけれど。
そうじゃなきゃ不幸とか何もかも辛いっていうのは違うよねと。
話がとびましたが、こうやってある程度「自分の性質や体」を受け入れられてきたとき、
私の摂食障害症状も落ち着いてきたなと実感します。
ずっと、自分の好きなこととかよくわからないできましたから。
こうすべき、周りはこんな頑張ってる、勉強してる働いてる、そうできない自分はダメだ、ダイエット向きの食べ方ができない自分はだめだ、そんな感じ。
いまは、キャパ狭く仕事もフルタイムは厳しそうで、一人時間昼寝が必要で、人と会うのにいちいち緊張してしまう、面白いわけでも明るいわけでも、すごく美人でもスタイル細くもない自分、そうゆうのを否定しなくなりました。
楽しめることや好きなことを探したり続けたり、大事だなとおもいます。