その日の朝、大気の感触がいつもと違っていた。町の真ん中の某製紙工場から聞こえるはずの、明治の創業時から瞬時も休んだことがないボイラーの音が静まり返っていた。ふと見ると、町のどこからでも見える工場の高い煙突の煙がたなびいてなかった。労働者の生活と信念をかけた数ヶ月にわたる労働争議の幕開けだった。その年は私が小学校に入学した年で、子どもたちにとっても、初めて経験する苛酷な夏の始まりだった。
今の時代、富裕層とか非正規とか、格差を強調する言い回しばかりで、マスコミさえ労働者という言葉を使わなくなってしまった。なので昔のこんな風景に出くわすことはもうあきらめるしかない。労働者みずから(闘うことを忘れ)、与野党かまわず政治家に賃上げをお願いするとは。