泉ヶ丘で1件目の区分マンションを売却し、2件目を賃貸に出した私は、
「このエリアなら、まだ勝負できる。」
そう確信し、再び泉ヶ丘で物件探しを始めました。
すると間もなく、条件に合う一室が売りに出ます。
購入の決め手は、売却した1件目とほぼ同じ広さで、一階上の住戸だったことでした。
商品力はさらに高められる。
そう判断しました。
もちろん、今回も考え方は変わりません。
「指値が通らなければ購入しない。」
その覚悟で価格交渉をお願いし、条件がまとまったため購入を決断しました。
今回は、キッチンの状態が非常に良く、交換するにはもったいないと感じました。
そこで社長にお願いしたのが、
「このキッチンを廃棄せず、移設して活用できませんか。」
ということでした。
私自身、できるだけ廃棄物を減らしたいと考えていたからです。
正直、このお願いは利益だけを考えれば、あまり歓迎される内容ではありません。
それでも社長は、
「いいですね。やりましょう。」
と、私の考えに賛同し、快く引き受けてくださいました。
こうしてキッチンは新たな配置で生まれ変わり、無駄なく活用することができ、改装コストも約50万円節約することができました。
【今回は物件価格430万円、改装費を310万円かけ、総事業費740万円になりました】
この時、私は改めて思いました。
「利益よりも、お客様の要望を最優先してくださる社長なんだ。」
だからこそ、その後も安心して工事をお願いできたのです。
リフォームを終え、募集を開始すると、ほどなく入居者様が決まりました。
その後、入居されたのは、近畿大学医学部へ入学された学生さんでした。
当時は、近畿大学病院と近畿大学医学部の移転を控え、泉ヶ丘周辺では賃貸物件が品薄状態になっていました。
大型医療機関の移転により、医師や看護師、医療従事者、そして医学部の学生など、新たな居住需要が一気に高まっていたのです。
私が見込んでいた需要は、まさに現実となりました。
この入居は偶然ではなく、市場の変化を見据えて投資した結果だったのだと思っています。
【改装後の移設されたキッチン】




そして、この泉ヶ丘での経験は、その後の忠岡のマンション再生にも大きく生かされることになります。
当時、忠岡のマンションの家賃設定については、
「少し高すぎるのではありませんか。」
そう話す賃貸仲介会社の営業担当者も少なくありませんでした。
しかし私は、泉ヶ丘での募集と成約を通じて、市場が評価する家賃水準を肌で感じていました。
泉ヶ丘駅は、乗降客数約35,000人、なんばまで約28分(最速22分)、すべての列車が停車するターミナル駅。物件までは徒歩約12分の【約50㎡の2LDK】です。
一方、忠岡駅は、乗降客数約8,000人、なんばまで約23分、普通列車のみ停車。物件までは徒歩約7分【55.9㎡の2LDK】です。
さらに忠岡のマンションには、各戸1台分の駐車場があります。
駅までの距離だけではなく、幹線道路へのアクセスの良さ、そして駐車場という付加価値。
これらを総合的に判断すれば、忠岡でも十分に勝負できる。
私はそう確信し、自信を持って家賃を設定しました。
そして結果的に、その家賃でも満室経営を実現することができました。
泉ヶ丘で積み重ねた経験値は、忠岡のマンション再生を成功へ導く、大きな礎となりました。
次回予告
【実録】
忠岡マンション再生物語 第(53)話
「初めての競売物件。裁判所で学んだこと。」
ある日、私は競売という世界に足を踏み入れます。
裁判所へ通い、買受申出保証金を納め、開札の日を迎える。
そして、思いもよらない展開から強制執行にも立ち会うことになりました。
競売は、通常の不動産売買とはまったく違う世界です。
私が実際に経験した、初めての競売物件取得の一部始終をお伝えします。