不動産投資を続けていくと、避けて通れないのが金融機関との付き合いです。


 これまで私は、さまざまな金融機関と取引してきました。 


今回は、それぞれの金融機関について、私自身が実際に取引して感じたことをお話ししたいと思います。 


もちろん、これはあくまで私が取引した当時の経験です。 


金融機関の融資姿勢は、時代や景気、支店、担当者、そして借り手の属性によっても変わります。


 その点は、あらかじめご了承ください。


 日本政策金融公庫


 まずは、日本政策金融公庫です。 


私が不動産投資を始めた頃、日本政策金融公庫は、民間金融機関の業務を圧迫しない、いわゆる**「民業圧迫はしない」**というスタンスだったように感じています。 


そのため、これから購入する物件への融資はしてくれますが、すでに保有している不動産を担保にして、新たな融資を受けるということには、あまり積極的ではありませんでした。


 私自身、既存物件を担保にした融資をお願いして、断られたこともあります。 


一方で、私が不動産投資を始めた頃には、個人事業主であっても、事業を行い利益を出して税金を納めている人に対しては、比較的前向きに融資をしてくれていたように感じています。 


オリックス銀行
旧オリックス信託銀行
 


次は、オリックス銀行です。


 私が取引した当時は、オリックス信託銀行でした。


こちらは、日本政策金融公庫とは少し違い、サラリーマンなどの**「属性」**を重視する融資姿勢だったように思います。 


いわば住宅ローンの延長線上に近い考え方で、
「最悪の場合、給与収入でローンを返済できるのか。」
というところまで見ていたように感じます。

 

私自身も、自分から電話をして融資を申し込みました。 


そして、私の属性を評価してもらい、自己資金約10%、残り約90%を融資してもらいました。 


いわゆるアパートローンです。 


徳島大正銀行 


その後、取引する金融機関が増えていきます。


 その一つが、徳島大正銀行です。


 徳島大正銀行には、アパートローンとプロパーローンがあります。


私の場合は、ある不動産仲介営業マンとの出会いがきっかけでした。 


その営業マンから物件を紹介してもらい、同時に徳島大正銀行の営業マンも紹介してもらいました。 


そして、ここでも面白い偶然がありました。
なんと、その営業マンも私と同じ大学の出身だったのです。😂 


話は一気に盛り上がり、融資の話もトントン拍子に進んでいきました。 


徳島大正銀行と付き合っていて感じたのは、
一度取引が始まると、担当者との関係が長く続く銀行
ということです。


 物件を売却して取引がなくなった後も、確定申告書などのやり取りがあり、担当者との関係が続いていきました。 


紀陽銀行


 紀陽銀行との付き合いは、さらに昔に遡ります。 


私が29歳の時に購入した将来の住居物件に関連して、口座を開設したのが始まりでした。 


そして50歳前後になった頃、
「一度、紀陽銀行にも不動産融資を相談してみよう。」
と思いました。 


正直、ダメ元でした。


 そこで近所の支店へ行き、受付の女性に、
「不動産融資について相談したいのですが。」
と伝えました。 


すると、すぐに支店長につないでいただき、不動産融資を扱っている別の支店を紹介してもらいました。 


そして、またしても――。
担当してくださった営業マンが、私と同じ大学の出身でした。😂 


徳島大正銀行に続いて、紀陽銀行でも同じ大学。


 これには私自身も、
「こんなこともあるんだな。」
と思いました。
話は盛り上がり、こちらもトントン拍子に融資の話が進みました。


 私は紀陽銀行では、プロパーローンで融資を受けました。 


以前は支店ごとに不動産融資の担当者がいる印象でしたが、近年は不動産融資を扱うセンターも設けられています。 


私自身は、紀陽銀行については「あまり融通が利かない」という印象を持っていましたが、近年は新築の木造1棟マンションなどへの融資にも積極的なようです。 


そして、大阪信用金庫との出会い 


そして、ここからが少し面白い話です。


 私が大阪信用金庫と取引するようになったきっかけは、日本政策金融公庫でした。


 ある時、私は日本政策金融公庫へ、
「現在所有している不動産を担保にして、新たな融資を受けられないか。」
という相談に行きました。 


私の属性や資産状況、これまでの不動産投資について説明し、
「これくらいの金額を融資していただきたい。」
と具体的にプレゼンしました。


 普通なら、
「ちょっと難しいですね。」
と言われて終わるところです。 


実際、過去にも断られたことがあります。 


ところが、この時は違いました。
担当者から、
「私のところには、よく地元の信用金庫が挨拶に来るんですよ。」
「良いお客様がいれば、紹介してくださいと言われています。」
という話が出ました。 


ここで大切なのが、信用金庫には営業エリアがあるということです。


 私の居住地を見た担当者は、
「この信用金庫なら営業エリアが合う。」
そして、ちょうどその信用金庫の営業担当者が、日本政策金融公庫へ挨拶に来ていた。


 そこで、
「この人なら紹介できる。」
と判断して、動いてくださったのだと思います。


 担当者から、
「一度、私から信用金庫に連絡しておきます。」
「支店と担当者については、後ほどお知らせします。」
と言われました。


 しばらくして日本政策金融公庫から連絡があり、支店と担当者を教えてもらいました。


 私は、すぐにその担当者へ電話をして、アポイントを取りました。


 ところが、いきなりダメ出し 


アポイント当日。
私は、 


所有不動産一覧表

職務経歴書 

履歴書
などを持参しました。 


「今日はしっかり自分のことを説明しよう。」
そう思っていました。 


ところが――。 


担当者とお会いして、いきなり言われた言葉が、
「日本政策金融公庫から紹介される人に、ろくな人がいないんですよ。」
でした。 


「えっ……。」 


正直、
「これはダメだな。」
と思いました。 


せっかく来たのだから、話だけでもして帰ろう。
そう思い、持参した資料を使って、自己紹介を兼ねて、自分の経歴やこれまでの不動産投資について説明しました。


 すると――。


 私の話を聞いているうちに、担当者の様子が変わってきました。


 先ほどまでとは明らかに違います。 


私の話に興味を持ってくれている。 


そんなことが、はっきりと伝わってきました。


 追加資料の提出も求められ、さらに話は進んでいきました。 


そして最終的には、
融資につながることになったのです。 


まるでジェットコースター


 この時の私の気持ちを振り返ると、本当にジェットコースターでした。😂 


日本政策金融公庫で、
「信用金庫を紹介しましょう。」
と言われ、
「これは、ひょっとすると……。」
と、その気にさせられる。


 そして紹介された信用金庫へ行ってみたら、
いきなりダメ出し。


 「これはダメだな。」
と思ったところから、今度は自分のプレゼンによって担当者の態度が一変。 


そして、前向きな融資の話になっていく。 


まさに、
上げられて、突き落とされたと思ったら、また上がった。
そんな感覚でした。


 でも、この経験から私は、一つのことを強く感じました。
「なんでも頭を突っ込んでみると、道が拓ける。」
最初から、
「どうせ無理だろう。」
と決めつけていたら、この融資にはつながっていません。 


日本政策金融公庫に相談した。 

紹介された信用金庫に行ってみた。 

そして、そこで自分のことをきちんと説明した。 


それだけです。


 でも、その一歩一歩が、次の金融機関との取引につながっていきました。 


次回予告 

【実録】

忠岡マンション再生物語 第60話
「金融機関を、自分のチームの一員にする。」
日本政策金融公庫、オリックス銀行、徳島大正銀行、紀陽銀行、そして大阪信用金庫。
私の不動産投資は、金融機関との取引を少しずつ広げながら、拡大していきました。


 しかし、金融機関との付き合いは、融資を受けたら終わりではありません。 

担当者との関係。

返済実績。

確定申告書の毎年の提出。 

所有している不動産。 

そして、これまで積み重ねてきた実績。


 こうしたものが、次の融資につながっていきます。 


さらにその後、
大阪協栄信用組合、大阪厚生信用金庫、L&Fアセットファイナンス
との取引やパイプが出来て行きます。


 私がどのように金融機関との信頼関係を築き、さらに不動産を増やしていったのかを更にお伝えします。