視床痛熟女の行ったり来たり -40ページ目

視床痛熟女の行ったり来たり

視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


こないだの“呑み会”は楽しかったなぁ…


来てくれた二人とも、最初はいわゆるママ友から始まった友達なんや。

でもこの二人とは、子供が大きくなた後も、

子供抜きでも付き合える、すごくいい関係なんや。

もう20年近いなぁ~


そのうちの一人でワンコを連れてきた『ダチ』。

彼女は、なんと私がスカウトした仕事仲間でもあるのです。


彼女は、ほーーーんとに信頼できる仲間になってくれた。

これでもう心配ないな…

ほらほら、ここでも私の反省点が見えてきました。





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職場はとても雰囲気がよく、みんな楽しく仕事をしていた。

でも、私は店内の仕事は少なくバックルームの仕事が多かったのだ。

ちょっと彼女達が羨ましかったな…


倒れる少し前から、私は手の痺れ感じていた。

でも、忙しい…

朝は、震える手をブンブン振りながらあわててメイクをし、

店では、同じく痺れや震えを気にしながらも、11時までは秒単位の仕事をこなしていた。


その後は、店内に出てやる仕事をするのだが、

よくみんなは心配しながらも、私の震える手を見ては真似をして笑っていた。


そして私も一緒に笑い、その笑いでごまかしていたのだ。


でも実は、あの時の異変は、はっきり言っておかしいと感じていたのだ。

だから、もし頭に問題があって変だと思ったら自分の車に行くかして、

なんとか救急車を呼ばせないように考えていた。


その時は死ぬ時だと…




前触れもなく、その時は突然訪れた。


バットで思いっきり殴られたような激しい痛みが左の頭に一発!

頭を押さえて

『発注がまだ終わってない!』


馬鹿である。


発注は済ませないと、次の日の店が回らないのだ。 

お昼の休憩にバイトの子がバックルームに入ってくる。

私は何食わぬ顔で発注を進める。

その子がデザートか何かを取りに行っている最中。

2回目のバット打撃!

うずくまる。

『もうダメだ…バレる!』

すぐに送信をして何とか終わらせた。

『よし後は車に行くだけだ!』


店内に出て、

『具合が悪いから車で休んでくるね』と言い店を出た。

この頃は、高血圧症でよくあることだった。

体はふらふらぎみだが、なんとか気づかれないようにできたと思っていた。


が、違っていた…


彼女は見逃さなかったのだ…

たぶん彼女だったと想う。

たぶん…



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なんて馬鹿なことをしたのでしょう。

自分の体より店のことを優先するとは…


でも、前の記事で書いたように、

“キリ”に間に合わなかったら死ぬつもりだったのですから、

あのときの私なら自然なことだったのでしょう…



その“遅れ”こそが、この視床痛を招いた根源です。

それこそ自分が蒔いた種です。



これを読んだ人は、『なんて馬鹿な奴だ』と思ったことでしょう。

私も思います。

私は本当の愚か人です。



でも、

過ぎ去ったことはしょうがない。

もう二度と間違いは起こさない!


誓う!





その後のことは、また次に…





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今日は水曜日。

待ちに待った鍼灸の日だ。

良くなっているよう願うのみ。

(>_<)


結果は、、、




思っていたよりもいい感じ!!

でした!(^O^)

経絡が二つ現れて、一つは本流、も一つは支流というのだそうだ。

狙いが定まりやすく、とっても良いことだとO先生は言っていた!


トレーニングも来週考えるとのこと!

今までは、『トレーニングわぁ…??』って聞いても、

『まだダメだねぇ…』としかめっ面で言っていたO先生が、

今日は『来週考えよう!』と一言!


なんと、なんと嬉しいことか!!!


長かったな…

2月から、じっとするよう指示れて、やっと今日そう言われたのだ。


鍼灸は長く根気よくやらないと効果って出ないものだな。


この鍼灸を初めてもう7か月ちょっと。

良くなったり悪くなったりと、七転び八起きで頑張ってきた。


総体的にはっきりと言えること。

それは、激痛が断然に減ったことである!

なくなったと言っていいくらいだ。


私の場合の激痛とは、、、


いきなりわき腹をナイフでグサッと刺される痛み、

いきなりわき腹をジョーズに噛まれる痛み、

いきなり腕を付け根からねじ切られる痛み。である。


もちろんナイフで刺されたことも、ジョーズに噛まれたことも、腕をねじ切られたこともないが、

とにかく、そんなことをイメージさせられるような激しい痛みなのだ。

涙は止まらない、声が出ない、息もできない、などこのうえない苦しみである。


この、この激痛がなくなったのだ!

これは、かなりの進歩だと言える!

O先生はすごい!

私にとってO先生は、むしろ神だ。

こんな激痛から私を助けてくれたのだから。

ありがとうO先生!!

心の底から言える。



あとはこの、しつこい痺れの痛みである。


ただビリビリしているだけなら、まだ我慢できる。

なんと説明すればいいのか…なんともいえない痛み。


こう説明すればいいのだろうか、

足が痺れたときビリビリしすぎて『さわらないでー!』って時のあの痛みに近い。

そして、ロープでグルグル巻きにされてギューっときつく縛り上げられているような感じ…


それが右側全てだから目も当てられない…

困ったもんだ…


これからは、O先生と一緒に、このしつこい痺れと闘っていくのだ。


絶対負けない!

負けたくない!!



痛み方は、人それぞれ違うと思うけど、

私みたいな痛みに苦しんでいる人達沢山いると思う。

どうか、悲観的にならず、なんでもやってみて欲しい。

何か自分に合う治療法は見つかるはず!


と思います!



偉そうなことを言って申し訳ありませんでした。







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今日は、娘の写真整理をしたよ。


今日やった時代は、上の娘が幼稚園に入ったところで、

下の娘がどんどん面白くなってきたところだったよ。

何とも言えない愛おしい娘たち。


なのに…

あたしはとんでもなく可哀そうなことをした…






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脳出血で倒れるずっと前の話…


私の弟のお嫁さん、義妹とは親友のような間柄。

子供も同じ年に産んで、上も下も学年が同じ。

育てる時も何でも一緒にやっていて、

上の子が赤ちゃん時代のときなど、

お昼寝中に一緒に内職に励んでいたものだ。


という感じで、私の娘らにとっては第二の母という存在で今も繋がっている。


酷い生活になる少し前だが、色々あって嫌な予感がし、私は考えた。


酷い生活になってからはますます考えた。


私はいつ倒れて死ぬかわからない。


そんなときの為に、姉妹二人で協力しあって生きていけるように、

自分でなるべく色々なことができるように、

そして私がいなくても義妹を母として頼るようにと。


具体的には色々あるが、

母親である私には、胸をかきむしられるような苦しさがあった。


手を出したくても出せない歯がゆさ、

めいっぱい甘えさせたくてもそれができない現実…


娘たちも寂しくて辛かっただろうと思う。


そして私は、あの頃正しい判断ができない、最低な母親になっていた。


娘たちが思うように育ってくれている。

私がいなくても大丈夫だ。

義妹もいる。

助けてくれる。

と…


そして、倒れるのを承知で、私が決めた“キリ”まで無我夢中で働いた。

そして、もし“キリ”に間に合わず倒れてしまったら、

迷惑かけて生きるよりも“死”を選んでしまっていた。


なんて、浅はかなばかげた考えなのだろうか…


あきれてものも言えない…


あの子らの母親は私一人なんだよ!

いくら自分たちで色々できても、母親がいないってどうゆうことか…


なんでそのことに気が付かなかったのだろう…




そして、間に合わず倒れた。




この愚かな私を殴ってくれ!



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写真見ながら、涙が出ました…



次の記録も反省の記録になることでしょう…






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