現在の視床痛生活になるまでの記録1 | 視床痛熟女の行ったり来たり

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視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


ダメやぁ…

ベッドで痛いなぁて思てた。

起きてきたら天気悪いしー。

いややぁあー。

痛いー。


一生こうなんやろなぁ…

毎回思てしまう。

後悔の嵐やぁ~


後悔しても始まらんのはわかっとる。


反省の意味もこめて、なんでこんな体になったんか、話そうかな…


振り返るのもプラスになるかも。

反省反省や。


これからの残り少ないであろう人生の為にも!


記憶にあることを少しずつですが、書いていこうと思います。






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私が30代後半から40代前半の頃、

子供にかかること、食費・雑費や、その他もろもろ…

わけあって私の収入だけでやっていた。


大変だった…


昼夜働いて、睡眠時間はよくて3時間。

昼はコンビニ、夜は呑み屋。


コンビニは、気が付いたら店長代理になってしまっていた。

店を回すので必死。


そして夜は呑む…


もうボロボロ…


コンビニでは、

夜勤や早朝がいなかったら出て、

トレーニングが必要だったらいつでも出て…

そんな感じで、忙しく働いていた。

でも、お金が必要だった私には、ありがたいことである。



その時の私は、遺伝的な高血圧で病院にかかっていたのだ。

でも、お金や時間がなかったため、継続的には行けなかった。


薬も飲んだり飲まなかったり…


MRIは、予約は入れてもその時に検査のお金を作れなくて…キャンセルだ。


子供に、「いついつまでにいくらいくらいるけど大丈夫?」なんて言われたときなど、

「大丈夫だよ」と安心させるのが親だと思う。

そうゆう、こまごましたお金を作るので精いっぱいだったのだ…


でも今考えたら、これが大きな間違いだったのだ。

お金は親に泣きついて頼ればよかった。

時間も無理やり作ればよかった。



でも私は、私なりの“キリ”はきちんとつけていたのである。

ずっと決めていたことだ。


上の子の高校入学、下の子の中学入学と。

ダブルでお金が大変だったので、それが済んだらきちんと病院へ行こうと…

そう思っていた。



もうちょっとだったのに…



私が43歳の時、上の子が、中学高の卒業式を終えた。


後は下の子の小学高の卒業式と、二人の進学校入学式だ!

と…式服を部屋にぶら下げたまま…

上の子の卒業式の次の日、倒れてしまった…



本当に悔しい!



でも、私が自分でまいた事。

娘達には本当に可哀そうなことをした…



反省しきれない…



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倒れた時も、前から思っていたことにも、反省することはたくさんあります。

今度書こうと思います。



うん…

今やから言えるな…


ここに書くことで、冷静に省みて反省することができます。

言葉にして口から出すと悔しい怒りがムクムク出てきます~


どうか記録に残させて下さい。


つまらんブログでごめんなさい。

(・_・;)





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