そして母は、日本に来た。
外国で式を終え、相談した結果日本に行くことになったのです。
ずーっと暮らしてきた地元とのお別れ。。。
母はとても悲しかったと思います。
話は変わりますが
母のお父さん、つまり僕の祖父。は、すでに僕が生まれる前に亡くなっています。
亡くなった理由は、今で言う「ガン」。
祖父は、お酒が大好きでタバコもたくさん吸いました。
きっとそのせいだと思います。
祖父の仕事は、床屋さんでした。
けど、普通の床屋さんじゃありませんでした。
なんと、当時の大統領の行きつけの床屋さんだったんです。
大統領が田舎まで来て切って欲しいくらい僕の祖父の腕はすごかったんだとわかります。
母のことは家族の中で1人だけ女の子とゆうこともあり
とても愛情をそそがれて育てられたと言っています。
母は、そんな祖父が大好きで、毎日学校が終わったあと祖父の床屋さんに足を運んだことを聞いたいます。
そんな祖父が、母が20代頃に亡くなるのは
本当に悲しい事だと思います。
僕も本当にあって見たかったです。
とゆうより、あっちも孫の顔を見ておきたかったと思います。
だが、1つ不思議なことがあるんです。
毎年春になると家に必ずどこから入ってきたのか分からないカマキリが出現するのです。
それは、外国の方の家でも起こります。
祖母で電話で聞いて見ると本当に来るそうなんです。
僕の外国では、日本で見られるようなカマキリは珍しく、あまり見ないそうです。
しかも、驚くべきことに日本で見られた後に追い出してもないのに消え
次に外国にほとんど形も大きさも似ているカマキリが出現するのです。
この現象は、祖父が亡くなってから起こるようになりました。
とゆうことは、違うかもしれないけど・・・
ただのカマキリじゃなくてあっち系のカマキリなんだと僕の家族みんながそう思っています。
きっと祖父は、ずっと毎年見に来てるんだと思います。
話は戻りますが
母は、飛行機で約3時間の日本に到着しました。
きっと母は、寒かったと思います。
南国育ちだったので。
母は、日本に来て初めてだった事がいっぱいあります。
故郷では、着なかったジャンバー、聞いた事のない言葉、食べ物、お金、などのことがあってとても不安だったことを聞いています。
母は、日本に住んでから最初に頑張ったことは、言葉です。
テレビをいっぱいみて覚えたと聞いています。
どうやって覚えたのかは、知りませんが
とても頑張ったんだと思います。
そのおかげで今は、大体の日本語は話せるようになりました。
そのあと母は書くことも自分で勉強し、ひらがな、カタカナも習得することができました。
そして母は少しずつほんの少しずつ日本になれていったのです。
エピソード3:日本