最近ふと思ったんです。

「汝自身を知れ」って、

言葉としては有名だけど、

これって…実は、ものすごく現実的で、

やさしい言葉なんじゃないかって。

大きく人生を変えるとか、何者かになるとか、そういう話じゃなくて。


ただ、自分を取り戻すための合図みたいなもの。

私、今週の自分の課題として

「ハートを取り戻す」

これを静かにテーマにしてみました。

で、

そのためにやってみたことがいくつかあります。

①「自分は何が好き?」を思い出してみる

自分のことって、分かっているようで

意外と、後回しにしていたりします。

好きなもの、好きな時間、好きな空気。

それって、誰かに説明できるものじゃなくてもよくて。

ただ、「あ、これ好き」って自分が感じるだけでいい。

それだけで、心がふっと戻ってくる瞬間があるんですよね。


②「誇りに思うことリスト25個」を書いてみる


これ、めっちゃ地味なんですけど…効きます。笑

最初は「そんなに出てこないよ?」って思うんですよ。

でも書き始めると、

「あれ?私、意外と色々やってきてる」

って気づく。

大きな成功じゃなくてもいい。

誰かに見せる必要もない。

ただ、自分が「それ、よくやった」って思えることなら何でもOK。

これをやってみて思ったのは、

自分って、意外といいやつだったってこと。笑

そして、

誇らしいことも、ちゃんとあった。

ちゃんと生きてきた証拠が、普通にあった。

「汝自身を知れ」って、

自分を責めるための言葉じゃなくて、自分を取り戻すための言葉なんだと思います。

人生が忙しいと、

いつの間にか“自分の気持ち”より

“正しさ”とか“常識”とか“期待”が先に来る。その状態が続くと、自分のハートの声が

小さくなっていく気がします。

でも、本当はハートって

ずっとそこにあるんですよね。

ただ、聞きに行く時間がなかっただけで。

だから私は、今週の課題として

「ハートを取り戻す」を選んでみました。



ただ、“今の自分を知る”そこから始める。

それが、

いちばん自分に優しい気がしています。

🌿 Today’s Good-Feeling Question

 誇りに思うことリスト25個かけそうですか?


おうちで楽しむ陶器市 うちる




体が芯からほどけた日のこと

大寒波と言われる、ぐっと冷え込んだ日。

私は、よもぎ蒸しに行ってきました。

実はここ、私が所属している会社の別ブランドとして新しくオープンしたお店。

開店祝いも兼ねて、久しぶりに会う同僚たちの顔を思い浮かべながら、お祝いのお菓子を手に足を運びました。


扉を開けた瞬間、ふわっと広がる香り。

言葉にするなら、「あ、ここは癒しの空間だ」と、体が先に感じる場所。

空気そのものがやわらかくて、自然と呼吸が深くなっていくのがわかりました。


まずは、東洋医学の視点を取り入れたカウンセリング。

お腹にやさしく触れながら、「ここはどう感じますか?」「違和感はありますか?」

そんな問いかけに答えていくうちに、五行のタイプを見立ててもらい、今の私に合った呼吸とストレッチを教えてもらいました。

呼吸に合わせて体をゆるめていく時間は、

“整える”というより、“思い出す”感覚に近いもの。

自分の内側に、ちゃんと戻っていく感じがありました。

そのあと用意してもらったのが、私のタイプに合わせたよもぎ蒸しのブレンド。

ベッドから、穴のあいた椅子のあるよもぎ蒸しルームへ移動し、専用のケープに身を包みます。

さらにその上からテントのように覆ってもらい、じんわりと温かさに包まれていきました。


途中で

「温度はいかがですか?」「体調はいかがですか?」と、何度も声をかけてもらえる安心感。

美味しいお水を飲みながら、30分間、ただ蒸される時間。(考え事などで出来たらさっきの呼吸をしてみて下さいとスタッフさんから言われたり)

これまでに受けたよもぎ蒸しでは、汗を感じにくいこともありましたが、

今回は違いました。

大寒波の時期にも関わらず、今までで一番、自然に汗が流れました。


終わってケープを外した瞬間、

「こんなに汗をかいたのに、さらっとしている」そんな不思議な感覚。

肌はつるっとして、体は軽く、頭まで澄んだ感じがありました。

(すごいデトックスされてますね!とよもぎ蒸し後のお鍋を見せてもらって)

「今日はそのまま休むくらいがちょうどいいですよ」そう言われて、なるほどと思いました。

温めることは、体を動かすこと以上に、巡りを呼び戻してくれるのだと。

女性専用の空間で、安心感があり、

1時間5,500円。

サブスクにすると、1回3,300円ほどになるそうで、

この内容でこの価格は、とても良心的だと感じました。


私は週に一度、通うことにしました。

体がすっきりすると、気分も自然と軽やかになります。

頭の中まで風通しがよくなるような感覚。

昨年末に脳腫瘍の手術を経験した私にとって、体を温めること、巡りを意識することは、これからの暮らしを支える大切なケアのひとつ。

帰り道、駅を出ると雪が舞っていました。

けれど体はぽかぽかのまま。

寒さの中でも、芯に温もりを残したまま家に帰ることができました。

寒い季節こそ、

心と体をやさしく温める時間を持つこと。

それは、自分を大切に扱うという、静かな選択なのかもしれません。



「生きているだけで丸儲け」

「目覚めに感謝しよう」

「今日も生きられたことにありがとう」

こうした言葉を、私はどこかで聞くたび、

胸の奥が少しだけ静かに閉じていく感覚があります。


平穏な毎日を送れている人にとっては、

朝が来ることを怖いと感じる感覚そのものが、

想像しにくいのかもしれません。

けれど世の中には、

目が覚めた瞬間に

「また一日が始まってしまった」と

体の奥が重くなる人が、確かにいます。


耐えがたい悲しみや孤独、

言葉にできない喪失、

理由の見えない虚無の中で、

それでも一日をやり過ごそうとしている人たち。


「なぜ生きるのか」

「何のために今日を迎えたのか」

そんな問いが、

頭ではなく体の深いところから

何度も浮かび上がってくる朝。

上谷美恵子さんの著書

『生きがいについて』の冒頭には、

そうした人の存在が、静かに描かれています。

私はその文章を初めて読んだとき、

「ここに、私の感覚が書いてある」と思いました。

実は私は、小学校三年生の頃から、

朝が来ることが好きではありませんでした。

家庭の事情もあり、

「今日が始まる」ことそのものが、

体に重くのしかかる感覚があったのです。


それでも大人になり、

世の中では「前向きであること」が

美徳のように語られるようになりました。


明日を楽しみにしよう。

感謝を数えよう。生きていること自体を喜ぼう。

そう言われるたび、

私はどこかで思っていました。

――それは、本当に

すべての人の感覚なのだろうか、と。

大きな喪失を経験した人。

病を抱えている人。

人生の拠り所を失った人。


そうした人たちが迎える朝は、

「喜び」よりも

「静かな耐久」に近いこともあります。

私自身、病を経験し、

また朝の重さを感じる日があります。


だからこそ今は、

誰かを元気づける言葉よりも、

「無理に言葉を足さないこと」を

大切にしたいと思うようになりました。


生きることを喜べない朝があってもいい。

感謝できない瞬間があってもいい。


それでも、その人が

今日をやり過ごしているという事実は、

誰にも否定できないものです。


私は、

人の痛みを想像しないまま投げられる言葉より、

言葉を控える優しさのほうを

信じていたいと思っています。


朝を迎えることが重い日も、

それは「弱さ」ではなく、

ちゃんと生きてきた証なのかもしれません。


今日もここまで読んでくださり、

ありがとうございます。

🌿 Today’s Good-Feeling Question

今朝の自分の体や心は、

どんな状態で目覚めていたでしょうか。

それを、評価せずに

ただ観察するとしたら、

何に気づけそうでしょうか。