音楽の授業でおなじみの、アコーディオンや鍵盤ハーモニカ。

これが弾ければピアノも弾けるでしょうか?

どちらも原則として、右手で鍵盤を弾く楽器ですから、同じようにピアノに向かって右手でメロディなどを奏でることはできます。

しかし、左手の役割がピアノとは異なっています。

アコーディオンを弾くときの左手は、和音と低音の鳴るボタン鍵盤を押し、さらに、送風器である蛇腹を開いたり閉じたりします。

また、立って演奏するタイプの鍵盤ハーモニカでは、左手が楽器を支えます。

そして、足でペダルを操作することは、二つの楽器にはありません。

つまり、ピアノでも、どちらかの手だけで演奏することはできますが、両手とペダルを使ってピアノを弾くことはかなり難しいということですね。

音楽作品や演奏の出来を競う音楽コンクールの原型といえるものは、古くギリシャ神話に現れており、古代ギリシャの詩にも伝えられているそうです。

そして中世には、歌合戦が行われていました。

これを題材にリャルト・ワーグナー(1813~83)は、楽劇<ニュルンベルクのマイスタージンガー>を書き、歌劇<タンホイザー>では、ワルトブルクの歌合戦を取り入れています。

現代の音楽コンクールのうち、演奏部門は、主に過去の大作曲家の作品の演奏を競い合うものですが、このスタイルによる最初のコンクールは、1890年にアントン・ルビンシテイン(1829~94)の提唱で開始された「ルビンシテイン国際コンクール」でした。

ルビンシテインは、ロシアのピアニスト兼作曲家で、当時のロシア音楽界のリーダー的存在であり、リストと並ぶ大ピアニストとして、ロシアとヨーロッパ各地で演奏活動を展開した人物です。

このコンクールには、ピアノと作曲の両部門があったそうで、五年ごとに開催され、1910年まで続きました。

出場者は20歳から26歳までの男性に限られ、開催都市は、パリのほか、毎回変わったということです。

1905年のこのコンクールで、当時21歳のヴィルヘルム・バックハウス(1884~1969)が、第一位を獲得しています。

ピアニストには長寿な人が多いといわれています。

20世紀の名ピアニストで特に長寿だった人達と、亡くなった年齢を挙げますと、アルトゥール・ルービンシュタイン(1887~1982 95歳)、ヴィルヘルム・ケンプ(1895~1991 95歳)、クラゥディオ・アラゥ(1903~91 88歳)、ルドルフ・ゼルキン(1903~91 88歳)がいます。

しかも彼らは、晩年まで演奏活動を続けました。

さらに最近の記録では、100歳まで生き、99歳まで演奏したミエチスラフ・ホルショフスキ(1892~1993)がいます。

ポーランド出身で、ウィーンに学んだ彼は、ヨーロッパ各地で活躍しましたが、第二次大戦中にアメリカに移住し、ソロのほか、名チェロ奏者のパブロ・カザルス(1876~1973)との共演など室内楽の分野でも名を知られました。

95歳のときに来日してリサイタルを開き、日本でも話題となりましたが、99歳のときにフィラデルフィアで開いたリサイタルが、最後のステージだったということです。

晩年の演奏を収めたライヴ盤も出ています。

70代以上でも演奏家として活躍する欧米人が珍しくない一方、日本では、音楽界の事情によるためか、ある程度の年齢に達するとピアニストの多くがソロ・リサイタルからは遠のき、教育活動の方に専念しているようです。

そうした現状の中で孤軍奮闘していたのが、園田高弘(1928~2004)でした。

彼は76歳で世を去るまで、世界に通用する第一線の現役ピアニストとして、活発な演奏活動を続けました。