基本的に、彼らは、母国ではエリート層に属する人たち。
そんな彼らから、日本や日本人に関して、時折、不思議がられ、
あるいは、苦言を呈されることがある。
日本独特の“平和主義”もそのひとつだ。
海外の知人たちから見れば、平和主義どころか、その「逆」にしか見えないという。
先日も、中国の南シナ海での行動に対して、ハーグの仲裁裁判所が明確に「ノー」を
つきつけ、それに対して、中国がそれを無視することを表明した「事件」があった。
1930年代の満州事変後の日本を彷彿とさせる、
軍事力を背景として、国際法を蹂躙する中国の対外姿勢に対して、
日本は、諸外国と協力して、「法の支配」を訴え、包囲網を形成しようとしているわけだが、
そうした日本政府に対して、特に現首相に対して、「好戦的」「戦争好き」というレッテルを貼り激しい批判を浴びせる一方、
侵略的姿勢を強硬に貫こうとする中国に対しては、いっさい何の批判も加えない、すなわち、事実上、黙認している“平和主義者”が、日本にはきわめて多い。
いくら何でも、それはおかしいのではないかと、彼ら外国人は疑問を呈しているのだ。
というよりは、呆れかえっていると言った方がよいだろう。
そう言われてしまうと、さすがに、私としても、反論の余地はない。
日本の言論とは、そういうものなのです・・・と答えようかと思ったが、やめた。。。。
こんなことで本当に日本は大丈夫なのだろうか・・・とそのことにこそ不安を感じる
きょうこの頃ではある。
海外の友人・知人たちには、どんな風に説明したらよいのやら・・・ふう(^o^;)















