カラスの糞が頭を直撃って・・・! | 文筆家hideの徒然ブログ

文筆家hideの徒然ブログ

文筆家、そして経営学の大学教員として活動するhideが、日々の雑感を徒然なるままに綴る。
日々の取材のこと、出会った人々、世相・ライフスタイル、音楽、美術、読書、歴史、旅、そしてグルメなど。

大食いタレントのギャル曽根さんのブログを読んでいたら、彼女、頭に、カラスの糞の直撃を受けたと書いてありましたうんちダウン


私が注目したのは、直撃されたという事実そのものではなくて、それを伝えるギャル曽根さんのスタンスです。


飄々としていて、別にプラスにもマイナスにも考えないんですよね。。。。ニコニコ


正直、凄いなあ・・・と思いましたヾ(@^▽^@)ノ。


私は、以前、吉祥寺の街中に住んでいた時、しょっちょうカラスに狙われ(?)、ひんぱんに頭に糞の直撃を受けたものですガーン


そのとき思ったことは、「オレも、とうとうカラスにまだバカにされるようになったか!」ってこと(笑)

バカですよねー、カラスの生息率の高いエリアに住んでいたことによる偶然でしょうに・・・・!


その後、調布に引っ越してからは、全然、そんな目に遭わなくなりました。

そこで思ったのは、「あ~あ、オレは、とうとうカラスにさえ相手にされなくなったか!」ってこと。

わあ、いよいよ丸バカですねー(笑)


結局、人というのは、自分の身にふりかかる出来事について、たとえ良いことでも悪いことでも、イチイチ、それに意味づけをしないと気が済まない部分があるのだと思います。


でも、それって、はっきり言って、その時々の自分自身の心理状態を確認したり、強化したりするために、そうした「出来事」を利用しているに過ぎないケースが多いんですよね・・・実は!


「なんか最近、人から軽んじられている」と思う気持ちがあるから、カラスに糞をかけられたくらいで、「カラスにまでバカにされた」って思う訳ですし、「最近、誰からも相手にされない」って思うからこそ、カラスの糞が頭を直撃しないことを、「カラスにさえ相手にされない」って思うだけのことなんですよね叫び


逆もまた真で、ハッピーな感情と、ハッピーな出来事をことさらに結びつけるのも結局、同様です。


要するに、何らかの感情とか状態に対する「執着」がそうさせているのだと感じます。


執着は視野を狭め、可能性の扉を閉ざしてゆくことになります。


私が今年の目標にしている「プラマイゼロの心の状態」とは、まさに執着しない姿勢ですが、それを実現するためには、上記のような「意味づけ」をしないことが大切かな・・・と思います。


自分の身に起きた出来事に対する意味づけ、人が自分に発した言葉に対する意味づけ・・・・・そういうことをしない姿勢です。


話戻って、ギャル曽根さんのブログでは、その辺が、実に飄々として、流石、芸能界で、独自の地位を占める人は違うなあ・・・と妙に納得してしまった次第です(笑)


私などは、いい歳をして、まだまだ余りに未熟ですショック!しょぼんあせる