皆さん、こんにちは。今日も私のブログを読みに来てくれて、ありがとうございます🙏


今から20年程前に父の会社が倒産し保証人だった私は、当時、住んでいた家も僅かばかりの預貯金も失いました😭


何より堪えたのは当時、小学生だった息子と娘と離ればなれになってしまったことでした。

ある時、私は、ある事をきっかけに自分の今までの生きてきた道のりを、ブログに書いてみようと思ったのです。


今回も前回のつづきになります。


前回は大学で入部した競技ダンス部の夏合宿の三日目の朝、同級生の一人がいなくなっていたまでを書きました。


それでは続きをどうぞ


その日、起床して洗面所に向かうと隣の部屋がざわついていた。その部屋にいるはずの川田の姿がいなくなっていたのだ。その部屋の一年生は昆野と松野と川田だった。


松野に聞いてみると「朝、気が付くと荷物ごと川田がいなくなっていた」と答えた。四年生二人が民宿の軽自動車を借りて最寄り駅へ向かったとの事だった。


民宿から最寄り駅までは車でも三十分は掛かる距離だった。その時、なぜこんな山あいの交通の便の悪い所で合宿をするのか合点がいった。今回の様な脱走する気を萎えさせる為だった。


朝練習が終わり昼食を摂る前に四年生から話があった。「駅で電車を待つ川田を見つけ説得したが、戻らないとの気持ちが強かったので説得は諦めた」との説明だった。一年生全員に少なからぬ動揺が走った。


残った我々に向かって「秋の新人戦に向かって引き続き練習に取り組んでほしい」と続いた。私も正直、ここから抜け出したい気持ちと負けたくない気持ちが交錯していた。そんな揺れる気持ちを抑えて午後練習、夜練習に向かった。

 合宿は四日目になり、その日の午前練習からハードさが増した。ライズ&ロワー(曲に合わせて屈伸を半分程曲げた所から戻しながら今度はかかとを浮かす)を人をおぶってする様になった。筋肉痛もピークだった。時間が永遠に続くかと思われた。しかし不思議なことに練習の苦しさにも少しずつ慣れていっている自分を感じ始めてもいた。


翌、五日目の午前練習ではライズ&ロワーだけでなくボックス(曲に合わせ四角にナチュラルターンを繰り返す)でも人をおぶってさせられた。皆、必死だったが耐えていた。女性陣も時間は男性陣よりは少なかったが人をおぶってさせられていた。女性陣が頑張っているのに弱音を吐くことは憚られた。


午後練習の最後に毎日させられるジャンピングも日に日に時間が長くなったが何とか全員が五日目も乗り切った。終わりが見えてきたのもあった。練習は明日の午後練習が最後で夜には打ち上げコンパが予定されていた。最終日は朝食を済ませて東京に戻る予定になっていた。


 最後の練習日も、いつものランニングから始まった。長距離走の苦手な私も何とか皆に付いていける様になっていた。朝練習も終わり昼食をはさんでの最後の午後練習になった。この頃には何度もまめで破れた足の皮も固くなっていた。皆、終わりが見えてきて一体感も強まっていた。


午後練習の最後はいつものジャンピングだった。日に日に長くなっていったその時間は、女性陣は四十分、男性陣は一時間と告げられた。前日は、我々男性陣は四十分、女性陣は二十分だったのでプラス二十分を耐えられれば今合宿の全メニューを完走となる。


クイックステップの音楽が鳴り始めた。皆が体育館一杯になる程の大きな輪を描いて早い既定ステップで反時計回りに廻り始めた。三十分を超すと苦しさが増してくる。


女性陣に「ラスト十分」の声が掛けられた。男性陣はまだ半分が終わっただけだった。女性陣が四十分を乗り切り、それぞれが輪の外でへたりこんだ。我々、男性陣には「ラスト二十分」・・・「ラスト十五分」・・・「ラスト十分」と声が掛かった。そして「ラスト五分」の声。・・・ついに「終了」の大声。音楽が止まった。私達はその場に倒れこんだ。とんでもなく息が上がっていた。


数分間は何も考えられず、立ち上がる事すらできなかった。そして時間の経過と共に何人かが起き上がり始めた。体はまだ苦しかったが私は今までに経験したことのない達成感に包まれていた。


皆が立ち上がると三年生の合宿チーフから「集合」の声が掛かりいつもの様に私達は整列した。三年生の合宿チーフから「これで今夏合宿の練習の全日程を終了する」と最後の挨拶があった。


解放感が一気に広がった。各々、各部屋に戻り少し休憩を取ってから、打ち上げコンパ前に先に風呂に入ることになっていた。その日は初めて私達一年生から順々に入る事を告げられた。私達の次に二年生が入り四年生、三年生の順で入浴を済ませた。


打ち上げコンパは無礼講で、厳しく指導した三年生は一年生のお酌は断ってはいけない事が慣例になっていた。コンパが始まる前に三年生の部屋の前を通ると、三年生の男性四人がチーズを牛乳で流し込んでいた。


つづく


このブログを書くようになったのは、私の住まいの小さなベランダで育てているレモンの木にある日の朝、トンボがとまっているの見つけたのがきっかけでした。

その時、私はある事で悩んでいました。何故かそのトンボの訪問が私の悩んでいる事に関係がある様に感じ、氣になったので調べてみると、下記の様な面白い記述を見つけたのです。

そして、その事をブログに書いたのがきっかけとなり自分の事を少し書いてみようと思ったのです。

宜しければ次回も読んでみて下さいね🙇

     【トンボの訪問】
実際は休憩場所や餌となる虫を探して私の住まいの小さなベランダで育ているレモンの木にとまったのでしょうが調べてみると以下の様なおもしろい事が分かりました😁

1.トンボは前にしか飛ばない事から「成功、前進、勝利の象徴」とされ戦国時代の武士の間では「勝ち虫」と呼ばれ戦の縁起物とされていた

2.トンボは秋の季語でもあり「実り、豊かさ、成長」のシンボルとも言われている

3.特にレモンの木の様に実をつける植物にとまったというのは「実りや幸運が近づいている」「これまでの努力が実を結ぶ」という前向きな意味に結びつけて解釈される事もある

などの前向きに捉えることができる事が書かれていました👍️

そうなる事を祈ります😁

皆んにも幸運が訪れます様に!



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     トンボの訪問