菜の花とすみれと、、、 | すだれの部屋

すだれの部屋

ゆっくりと。。のんきに。。あせらずに。。。。。。

楽しく。。前向きに。。

歩いていきたい。。

 

 

☆「君がくれた未来」


馬場さんは 昨年ライブでも話してくれた時代の事を
この日も静かに語り始める。

「父の時代は主に昭和を生きた時代だった。
 僕も昭和の人間だと思っていたけど
 考えれば20代30代40代をこの平成という時代で生きてきた。
 どちらも 時代を作ったとか大きな事はしていない。
 ただ 目の前の事を必死でやってきただけなのだろう。
 新しい元号になり 新しい時代がやってきても
 きっと同じように毎日目の前の事をただ必死でやっていくのだろう」


あの日 会場にいたお父様は
どんな思いで馬場さんのこの話を聞いていたんだろう。

面と向かっては ちょっと恥ずかしくて言えない事でも
歌を通してだとか その時のMCなどでは伝えられるのかなと思うと
音楽のチカラってすごいなと思った。




私は、、
 

思わず 家に残してきたミー君の事が目に浮かんだ。
それだけで 涙がこぼれてくる。

馬場さんのこの曲を聴いて あの子に出逢った。
赤ちゃんのミー君は 本当に可愛かった。

あっという間の10年だった。

長いなんて ぜんぜん思わない。


ミー君との想い出は 馬場さんとも 共に溢れている。
ミー君も馬場さんと一緒に歩いてきた。

未来の目は 私の目。


♪~これからの事を思うと 負けそうになる~♪


♪~心配な事があって しゃがみそうになる~♪




「スタートライン」と同じ思い。。


怖くて かわいそうで


だけど 


♪~あと少しだけ もう少し 強くならなくちゃ~♪



でも、、、


「弱い虫」


♪~弱虫でも かまわない

♪~泣き虫でも べつにかまわない




馬場さんの歌声を聴きながら


今は 

未来と一緒に泣いてもいいよって
弱虫でもいいんだよって

そう言ってくれてるように こころに響いてきて涙が溢れた。



。。。。。

 



あの日のセットリストは
なにもかもが 優しくて あったかくて


そして これからの未来を担っていく子供達にも
希望を持って歩いていくんだよと言ってくれているような。。。



心を打つ歌ばかりだった。



☆「オセロ・ゲーム」

人生は 真っ黒だと思うような日々もあるかもしれないけど
オセロゲームのように ひとつ替われば 
パタパタパタパタと 真っ白に変わることもある。

そんな人生の生き方の教えのように、、、。




☆「最後まで」

勉強も、運動も、楽器も

どんなに辛くても苦しくても
最後まであきらちゃダメだよって。。。


それは 私たちも含め すべての人にも、、、。



♪~最後の最後まで 歩き続けよう ~♪


♪~君が行く限り 道は明日へ続く~♪







・・・・


アンコールでの☆「ボーイズ・オン・ザ・ラン」では
皆さんに「今日は座ったままで・・・」と促す馬場さん。

そして、、

「いきなりみんなが立っちゃたりしてびっくりした人もいたよね」

 
「曲の途中で peace! peace! peace!っていうとことがあるんだけど
 そこは こうして ピースしてくれたら嬉しいです!」


もう最後の最後まで 会場のさまざまな立場の皆さんの事を気遣う優しい馬場さん。


馬場さんの生まれ故郷である寄居の町で
この日も たくさんのピースと ボーイズのタオルが会場いっぱいに波打った。


そういえば 忘れられない想い出がある。
はじめて 埼玉のライブに参加したとき
真ん中あたりに座っていたお父様が 後ろを振り向き全体を見渡していらっしゃった。
そのお姿は 馬場さんと一緒にファンの皆さんが同じポーズを繰り返している事に
「え?みんな揃って 同じようにやっているのか・・・」っていうような。
すいません 勝手な想像ですが、、、
なにか感動しているんじゃないだろうか、、というようなご様子だった。

そんな嬉しそうなご両親のお姿も 今でも忘れられない。






。。。。。

 

 

ふと思う・・・・

 

 

世の中には
為になる講演とか きっとたくさんあるだろう。

学校でのいろんな講義も素晴らしいものはたくさんあるだろう。


だけど、、
たとえば音楽のチカラ。。
たとえば馬場さんの楽曲たち。


それが 自分の心を奮い立たせてくれる時もきっとある。




それも その伝え方は
ギターをカッコよく弾いて
素敵な歌声で
すべてが心地良く

馬場さんに憧れた後輩たちは きっとたくさんいただろう。



もちろん
生徒さん達だけではなく

私たちファンの心は 言うまでなく
馬場さんの楽曲たちと その歌声とパフォーマンスすべてに
心満たされ 魅了され 大満足だった。



馬場さんのあの日の歌声は 本当に素晴らしかった。
声が透き通っているというか、、、
優しいのに 迫力があって、奥深いところからの声のようで。

その声量も最近はすごいなと思うけど 優しいのになにか、、、深い声。

言葉にしたら なんて表現したらいいんだろう。

馬場さんの声は 元々大好きだったけど
その声が ますます素敵になってきてるような気がする。


無理がないっていうか、、、
技で歌うのではなく
たくさんの経験のなかから生まれた
心で歌っているような感じなのかな?


心で歌うとか 魂からの声で歌うというのは 以前からも何度も感じていたけど。。
そういう感じがもっともっと増しているような感覚だった。

ああ なんかうまく言えないけど、、。


プロでも音楽評論家でもないのに
随分 わかったような事を言ってすみません。

だけど、、


そんな気がしたのです。



・・・・



音楽は 音を楽しむとある。

音楽を聴いて確かに楽しいし。

そして ライブは特に そこだけにしかない尊い場でもある。
いろんな立場の人達が集い そしていろんな思いを抱えて参加している。

そこに馬場さんのたくさんの想いも重なり  
本当に本当に別世界へと連れていってくれた。



。。。。。


忘れてはいけないのは
もうひとつ。


世代を超えて 
いくつになっても 自分の生き甲斐をみつけ
日々元気はつらつに活動を続けていらっしゃるシルバーコーラス隊の皆さまの歌声、姿。


そんな姿に 私たちは勇気をもらい
人生の先輩たちに 脱帽の思いと尊敬の思いで
これからの日々にも 生きる道標のような気合のようなものを教わった。


。。。。。。。


そして 最後には
この町の花輪町長さんのご挨拶。

なんと馬場さんの「I HAVE A DREAM」の歌詞の一部を引用して
心温まる言葉を述べてくださった。


ただ笑!! 

馬場さんは 思いもかけず歌詞の引用にびっくりした様子だったけれど、、
引用したそのフレーズの一部分が少し違っていたのを
なんと! 暴露してしまったのだ。


馬場さん! 一個言っていいですか!
そこは 見逃してあげてください。  もう真面目なんだから・・・笑

そこが馬場さんの正直なところでもあり 馬場さんらしさなんだと笑った。



。。。。



少し余談になるけど

公演が終わりロビーに出たとき 
ファンの皆さんや 参加した方々のさまざまな感動の声が響き渡っている。

そのなかで ふと耳に飛び込んできた話。

「キーボード弾きながら泣いてた。」




ん?


キーボードといえば 清野さん?
中学生の吹奏楽部にキーボード弾いてる子いたかな?
それともまったく違う人の話?


そんな話をしていた方は 知らない方だったので
声をかける勇気はなく 通り過ぎてしまったけど、、、。

演奏者が ステージ上で
アーティストの歌う曲が
その時の自分の思いとリンクして涙するという話はよく耳にする。


清野さんのTwitterでは 

コンサートが終わったあとの感動や感謝の言葉をつぶやかれていた。


実際のところはわからないけど、、、そうだったのかなぁ、、、、????

 

 

・・・・



馬場さんと清野さんは
行きは馬場さんの車で3時間もかけて 東京から一緒に来られたそうだ。

その3時間もの間 いろんなお話ができて
馬場さんはいい時間だったと言われていた。

清野さんは鉄道マニアらしく 
「君がくれた未来」の時にも清野さんのそんな話にも少し触れていた。


そしてお料理も得意だったのですね。
そういえばスパイスにもこだわってと言われていたような。。。


馬場さんは先日、
そこで教わった清野さんのチキンカレーを レシピ通りに挑戦したらしい。

なんとお水を使わないレシピだったらしいけど
馬場さんは お水を入れてしまったと。笑

でも美味しかったと言われていた。

そんな時間が馬場さんにもあってよかったなぁと思った。


・・・・・・・

その夜 私もチキンカレーに挑戦したのだった~!

 

♪~こんな日は あの人の真似をして~♪

 

って もういいってか!? 笑

 


レシピがわからなかったから自己流だけど
同じように玉ねぎは飴色にまで炒めて(玉ねぎは淡路産とこだわった)
チキンは別フライパンでニンニクと一緒に焦げ目がつくまで。
あとは トマトピューレとココナッツミルクとカレー粉で味付け。
これがすごく美味しかったのだ~!
わたくし!!! お水はいれませんでしたけど。。。笑

味にうるさい次男くんも 「今日のカレーは美味いな・・・」と。


なんかヘルシーだったし ココナッツミルクがやさしいまろやかな味を出してくれた。

また作りたい。


おっと脱線してしまった。



。。。。。。



ちなみに BABIさんは?、、、というと
 
BABIさんは電車で来られたそうだけど、、、。

 

 



馬場さん曰く。。

「僕が 公民館の前で 素敵な看板を作ってくれていたので
 その写真を撮っていたら
 なんと駅から BSBIさんが歩いてきたんですよ。

 その風貌たるや 寄居町の風景にはぜんぜんマッチしてなくて浮いてたんですよ。
 あ、不良が歩いて来た!!、、みたいな、、、笑」



不良って、、、!!


馬場さん、一個言っていいですか!
確かに、、、ほんとだぁ~!!


って 違うわっ!




と言いつつ 馬場さんに一票!



寄居には 不釣り合いのBABIさんの風貌だったかもしれないけど
その日の演奏は いつものように馬場さんをサポートしてくださり
コーラスもつけてくださり BABIさんならではの安心感のなかで聴く事ができた。


清野さんも はじめましての方だったけど
とっても素敵なキーボード演奏をしてくださったように思う。



。。。。。。。。。。。。。。






本当になにをとっても素晴らしいふるさとコンサートだった。


馬場さんも言われていたけど
この企画のために関わってくださったたくさんの方々のご協力のもとに
大成功を収めることができたんだと思う。

馬場さんにももちろんだけど、ファンとしても感謝の思いだ。


って 身内か!

と思うけど きっと馬場さんのファンの方々は
同じような思いで 無事に開催できたこと 大成功を収めたことは
身内にように感謝してるんじゃないかと勝手に思っている。笑



そして ご両親も ステージ上の馬場さんの姿を見て
きっときっと安堵の思いと共に嬉しかったんだろうなと想像できた。

どんな時も どんな時代も
なにも言わず見守って 信じ続けてきたご両親にとって
こんな喜びはないような気がする。


もちろん この日だけではなく
ここ10年くらいの馬場さんの活動を通して
心配もあるだろうけど
安堵の思いや喜びのなかで過ごされてきたんじゃないかと思う。


このふるさとコンサートに参加するたびに
いつも思う事だけど、、、

ご両親だけではなく ご親戚の方々やご近所の方など
地元のいろんなお知り合いの方々も 
ステージの馬場さんの有しき姿を微笑ましく見守っていらっしゃったのかなと思う。


私自身も 馬場さんの生まれ育った町。
こんな愛おしい町まで来たのだから
この涙は無駄にしちゃいけないと思った。

 


馬場さんの優しさは あの日の大空のように広くて大きくて深い。
そして あの街並みの風景のように
刺激的じゃなくても
やさしく素朴に そっと静かに そこにいてくれるような広い田んぼのよう。

そんな空間に包まれたような一日だった。
  



こころからありがとう!

 

 

 






。。。。究極に関係ない余談


もうひとつ

これは まったく本当にまったく関係ない余談なんだけど。


私が中学の時は何をしてただろう。。と ふと思い出していた。



私は、私の事を「すだれ」とあだ名付けた子と一緒に
中学時代は二人で「放送部」だった。

お昼休みは 放送室に行ってお弁当を食べていた。
休憩時間は その日の連絡事項を放送したあとはクラッシック音楽を流していた。

でも 放送室には ラジオ番組も聴けて、、、
その日は歌謡曲特集をやっていた。


いたずら盛りの私たち。


「ねえ、これ流しちゃおうか?」

「怒られるんじゃない?」

「懐メロもやってるやん!」

「先生も聴きたいとかあるんじゃない?」

「あ、ヒデキとか 流れないかなぁ・・・」

「ヒデキは ダメやろ!」

「校長室と職員室のスイッチ切っとけばいいんやない?」

「そやね!」



私たちは 先生たちに聴こえないように
ラジオのスイッチに切り替えた。

もちろん 校長室と職員室のスピーカーはOFFにして。


そして 流れてきた曲は、、、、、


「朝のくちづけ」


なぜか 遠くから きゃ~という声が聴こえてきた。


「あ、みんな喜んでるんじゃない?」

「そやね! たまにはいいやんね?」



その一曲が終わるか終わらないかのとき

放送室までの廊下を けたたましい足音がバタバタと近づいて来る。


「あ、誰か来る!」

「先生やない?」

「スイッチ切ってるのに 聴こえたんかな?」




『ドンドンドン!!』


さらに けたたましい音!



私たちは ドアの鍵を恐る恐る開けた。


そこには 顔を真っ赤にした担任が立っていた。


「お前ら 何やっとるんや!!!」


私たち、、、


「・・・・・・・・・・」



「なにが 朝のくちづけや! そんなもん かけたらいけんやろ!」


「すいません・・・・」


休憩時間に 歌謡曲すらかけたらダメだなんて、、、ウソみたい。


でも 私たちは 特にギャルでもなかったし
一応勉強も真面目にやっていたし
普通の女子だったので その後のおとがめはなかった。

ふ~!!

今では考えられない光景でした~!




でも その事に懲りずに
放課後に その子と かくれんぼしながら放送してた。

 

 

お互いに隠れそうな場所に見当つけて

その場所のスイッチだけをONにして放送した。


「お前 そこにいるのはわかってるんだ!」

「隠れてないで 出てくるんだ!」

「はっはっはっは~」



入れ替わり立ち替わりに放送室に入って



「もう見つけたぞ!」

「隠れても 無駄だ!」



な~んて 男子か!

その時は みつからなかった~笑

なんで先生たちにみつからなかったのか
それが今でも不思議・・・( ^ω^)・・・

 

うまいこと 先生のいない場所に スイッチONにしていたんだろうな。




こんな事も、、、

トランプを持っていってもダメだったので
ノートを細かく切って 
そこに色鉛筆でハートとかスペードとかのマークを書いて数字を書いて 
自作トランプで 10分休みも遊んでた。

それには 先生は何も言ってきませんでした~

とにかく 楽しい中学時代だった。

そしてめっちゃ子供でした。




それに比べたら あの子たちはとってもしっかりしてたなぁ。。。



ちなみに そんな親友の彼女は
昨年秋に 国家試験を受けたとラインで報告してきた。

わお! すごいなぁと思った。


彼女は なんと10ヵ月間! 
仕事をしながら 家事をしながら
時には ご実家のお母さんのお手伝いもしながらの受験勉強だったそうだ。
休みの日には図書館に入り浸りで
とにかく遊びの時間はすべてシャットアウトして余暇の時間を全てその勉強にあてたそうだ。

彼女曰く死ぬほど勉強したと。
最初の4ヵ月くらいまでは 朝起きるたびに「もうダメだ」と思ったそう。
何度も諦めそうになりながらも 何度も思い直して頑張ったと言っていた。

「今辞めたら これまでの4ヶ月が無駄になる」

彼女は やり遂げた自分のモチベーションは
やっぱり「負けたくないという意地だった」と言っていた。

本当に頼もしい友を持ったと感動だった。

12月に発表だった結果は見事合格!

なんとその合格率は15%という難関な狭き門だった。
彼女の場合 その仕事に従事していないので
少し不利になり実際の合格率は14%。

国家試験というのは やっぱり仕事に関わる事なのでいろんな面で厳しい。
合格した後も一か月の通信講座 そして2日間の実践を交えたスクーリング。

自分の仕事とはまったく関係ない畑違いの分野で
なにもかもが初めて聞くような難しい言葉ばかりが並び
そんな中で 本当によくやりきったなぁと思った。

私は、受験したと連絡があった時も
「結果はどうあれ 10ヵ月もの間 やりきった事が素晴らしい。
 その間の頑張りは〇〇ちゃんの人生においては決して無駄じゃなかったと思うよ云々。。」


と彼女のその健闘を称えた。

そして見事合格した時も

「よく頑張ったね。。すごい事!
 大人になったら いろんな事やり抜いてもなかなか褒めてもらえないよね。
 でも 私は言うよ! 本当によく頑張った! えらかったね」

自分の事のように嬉しくて 労い喜びを伝えた。


彼女は「すだれは先生みたい。
     先生になってたらきっといい先生だったのに。」

    「そう言ってくれただけで報われる。嬉しい。」と返してくれた。


ふと 彼女に言われ 自分が言った言葉を読み返したら、
私が彼女に伝えたたくさんの言葉は 
いつも馬場さんが言われている言葉や考え方がほとんどだったかもしれない。

こんなふうに
馬場さんの言葉や馬場さんが示してくれる行動や人生の指針のようなものは
いつのまにか私のこころにも 根付いていたのかもしれない。


それにしても
彼女は 受験するまでの苦しい時期には
くじけそうになりながらも 自分で立ち上がって頑張りぬいたこと。
そして やっと受験が終わってから報告してきたこと。
結果を待ちながら「これから遊ぶぞ~」宣言してきたこと。

そういう彼女が 私はやっぱり好きだなと思った。

苦しいとき つらい時 もうやめたいと思ったとき。
誰かに慰めて欲しいものかもしれない。

それでも 愚痴をこぼさず弱音も吐かなかった彼女は眩しいほど尊い。
やっぱり立ち上がるのは自分自身なんだなと思った。

彼女のこの一件は 私自身にも大いに勇気をもらい
これからの人生にも励みをもらった。

そして 彼女も言ってくれたけど
幼稚園からの同級生、、、友達っていいものだなと思った。

 

 

つづく。。。