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 奇跡とかあるんだったら見てみたいと思っていた。

見ることができないのなら、感じてみたい。そう思っていた。





ポケットに入れた携帯がさっきから何度もブルブルと震えている。きっとお母さんかユリカだろう。私は確かめもせず、携帯の電源を落とした。

私は今日始めて学校をサボった。

昨日の夜、悲しいことがあったので今日の朝、母に学校を休みたいと言ったら「何言ってるの。」と一蹴された。私がどんなに悲しんでいたか知っているくせに。

母のその一言で私の中の何かが外れた気がした。私は反抗もせず、ただ制服を着ていつもと同じ時間に家を出た。

母はいつも私の話を最後まで聞かない。どんなことを考えながら私が言葉を発しているのか考えようともしない。自分の意思が一番の最優先事項なのだ。

幾度と無く衝突してきた。もういい加減うんざりだ。あと1年と数ヶ月で私は高校を卒業する。卒業と同時に家を出る。

母は家から通える国立の大学を受験しろといっているが、とんでもない。もっとレベルの高い私立の県外の大学を受けると私は決めていた。

誰にも文句を言わせない。ずっとそう生きてきた。

成績は常に上位を維持してきた。そのための努力は惜しまなかった。がり勉と言われようが真面目でつまんない奴と思われようがどうでもよかった。むしろつまんないルールや思い込みだけで形成されている女子のグループというものほどバカらしいものはないと思っている。べたべたした人間関係は嫌いだ。

それでも周りの環境から浮くことのないよう気をつけてきた。「みんな」と同じではない者は集団からはじき出されるという摂理は理解している。いじめや迫害の対象になることは絶対に避けねばならなかった。真面目に授業を受け、先生に歯向かう事も無く、かといって教師の犬に成り下がることはしない。クラスメイトの反感を買わないように気をつけた。

先生からの信頼を得、クラスメイトの勉強をみたり行事などで率先して委員をやる。そうしているうちにむしろ「頼りになるしっかりもの」のキャラが定着していた。

クラスメイトとの協調性はそれなりに大事にした。結果的に女子には一目おかれる存在にはなった。

そんな人間関係を続けているせいか、友達と呼べるほどに親しい人は居なかった。別にそれでもいいと思っていた。ユリカに出会うまでは。

高校に入学した当初に、私の適度な距離を保つ対人関係を早々に見抜いたユリカは、あろうことか私のことを「面白い奴。」と言った。そして何故か私によく話しかけてきた。

始めはちょっとうっとおしかったけど、たくさんの事を話すうちに私は彼女に好意をもっている自分に気付いた。

ユリカはさっぱりとした性格に見えがちだけど人情味に溢れた子で女子も男子も友達が多く人気者だ。背がすらっと高くて肌の色が白い。整った顔立ちをしているから一見美人に見えるけど、豪快に笑ったときの笑顔がそれを良い意味で覆す。裏表のない性格。本音が見えやすく私は彼女と話していると気を使わなくていいので安心できた。

私は彼女の存在を受け入れ、私達は自然と二人で居るようになった。

―無断欠席したこと心配しているだろうか、、、

 でも今は学校には行きたくないし家にだって帰りたくない。誰にも会いたくない。昨日の出来事を話すのも嫌だし、そのせいで同情されるのも嫌だった。

 午後になり気温が上がって過ごしやすくなってきた。私は当ても無く歩いていた河川敷に川が見えるようにして座り込んだ。膝をかかえたままぼーっとしてみる。

 ちょっと泣きそうになったけど、昨日の睡眠不足とポカポカした陽気でうとうとしてしまう。

 そして私は睡魔に身を任せ目を閉じた。



 

 「だれか一人の命を助けることが出来たら、願いを叶えてあげるよ。」

 そう耳元でささやく声がした。男の子のようでもあり、女の子のようでもある不思議な声。とてもとても優しい声。

 「誰?」



 そう声に出した瞬間に私は目を覚ましたようだった。短いほんの束の間の眠り。

 ぐるりと見回してみいるけどもちろん側には誰も居ない。やっぱり夢なんだ。声だけの不思議な夢。誰の声だったのかな。

 耳にはさっきの声が残っている。「だれか一人の命を助けることが出来たら、願いを叶えてあげるよ。」

 命を助ける?願いを叶える?なんの事なんだろう。不思議だったけど考えたって詮方ないことだ。だって夢なんだから。

 気分を変えようと思い切り伸びをしながら深呼吸する。そして自分が空腹なのに気付いた。悲しいときでもおなかは減る。何か食べに行こう。私は河川敷を離れた。

 お気に入りのカフェがある。美味しいベーグルのお店だ。一回がベーグルを売るところで、二階がカフェスペースになっている。コーヒーも美味しいし、何より長時間の読書にも文句を言わない。私とユリカのお気に入りの場所だ。そのカフェは町からはちょっと外れた坂の下にある。今の時間に来店したら変に思われるだろうか。でも構わない。

 私はいつものようにヒイラギモクセイの生垣のある道を歩いた。秋になるとヒイラギモクセイの香りがこの辺一帯にたちこめる。私は好きだけど、ユリカはきつい匂いが駄目なようでいつも鼻をつまみながらこの道を歩いていた。

 去年の秋を思いながら歩いていると先の方の生垣に違和感を感じた。花が咲いているのが見えたからだ。こんな時期に花は咲かないし、何よりヒイラギモクセイの花は小さくてオレンジ色をしている。

近づいていくと、花だと思ったものは生垣に引っかかった布切れのような物だった。赤というかエンジ色に近い色をしたそれは風が吹いたら飛んでいってしまいそうにゆらゆら揺れていた。

 私はなんとなく気まぐれでそれを生垣からとってみた。ハンカチだった。女物でも男物でもどっちでも使えそうな色。ちょっと和物っぽい染物のような色合いをしている

 高そうだなと思った。風でとんできてしまったのか、こんなとこにわざとハンカチを引っ掛けておく人もいないだろう。無くして困っている人がいるかもしれない。私はそのハンカチを丁寧に畳みなおし、鞄にしまった。

 ベーグル屋さんにはお昼前という微妙な時間帯のせいか、客は二組しかいなく、いつもユリカと来る時間帯とは違って静かで穏やかな空気が流れていた。

 店内が見渡せる席につき、野菜とパストラミがサンドされているベーグルとサラダ、スープとミルクティーのランチセットを注文し、ゆっくりと食べながら頭の中を空っぽにしようと試みる。でもすぐに母の言葉や悲しいできごとがモヤモヤと思考を覆ってきた。

 もういっそ泣いてしまおうか。そう思った時だった。お店に新しい客が入ってきた。私は入り口に向かって座っていたので店員よりも早くその人に気付いた。男の子だ。中学生くらいだろうか?小柄でメガネをかけている。ドラえもんに出てくるのびたくんみたいだと思った。

店員がにっこりと笑顔でと席へ案内する。その様子を見ていた私は、きっとこの店の中の誰もが気付いていないであろうことに気付いてしまった。

 彼の足元は靴を履いていなくて、靴下だけだった。









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たまたまだった。

 本当に偶然としか言いようがない。





 僕はいつもと違う経路で学校からの帰路についていた。なぜいつもと違う道をつかったのかというと、「今日は学校の行事の都合で午前授業早く帰れてラッキー」と浮かれて道を間違ったわけではない。「工事中」の黄色の看板がでかでかと道の真ん中に建っていたからで、僕自身の意思で経路を変えたわけではない。あの道を選ばざるを得なかったのだ。

 いつもと違う道とはいえ、ここは生まれ育った街。毎日通っている通学路の付近だし出身の中学校も小学校もこの辺なので、どの道を曲がればどこに行き着くかくらいは解っていた。もちろんその道も何度も通ったことはある。

 「工事中」の看板を見た後、僕はすぐ手前の道を左に曲がった。ここを曲がればちょっと上り坂の道。5分くらい歩くと突き当たりには大きな木があって、その下には小さなお地蔵様がある。そこを右に曲がってまた5分くらい行くと元の僕の通学路に戻れる。

 はずだった。

 僕は軽い勾配の道をゆっくり登っていると、おかしなことに気づいた。なんか長い。こんなにこの道は長かったかな?久しぶりに歩く道だからそう感じるだけかもしれない。だけど、そう思いながら何分歩いてる?

僕は一回立ち止まりぐるっと自分の周りを見回してみた。特に異常はない。距離もおかしいようには感じられない。

一度首をかしげ同じ道を同じ方向に向かって歩き出した。すぐ目の前には大きな木。ようやく突き当たりだ。この木は何の木なのかは知らない。僕が小さいころから「大きな木」だった。そしてその下には小さなお地蔵さま。いつも誰が供えるのかちゃんとお菓子やお花がいけてある。

なんとなくその風景をぼうっと見ていた。

さぁ帰ろうかと目を右の道に転じたときだった。僕の視界の端っこのほうに何か黒いものが移りこんだ。

もう一度お地蔵様に目をやると後ろから黒猫がにゅっと顔を出していた。

僕はおどろいた。黒猫は不吉だなんていう人がいるけれど、僕は黒猫が好きだ。猫全般好きだけど、とりわけ黒猫が好きだ。そして僕はアニメ映画の『魔女の宅急便』が大好きなのだ。小さいころは親に黒猫を買ってと何度もせがんだ。飼うことができたら「ジジ」と名づけようと心に決めていた。

 僕は誕生日やクリスマスにもしかしたら家に黒猫がやってくるかもしれないと何度も妄想した。けれどそんな幼い願いは叶わないまま、もう「猫がほしい」とかわいらしく親にせがむ年ではなくなっていた。

ふと目の前に現れたかわいい黒猫に僕は目が釘付けになった。猫は相変わらずお地蔵様の陰から顔だけ出して、僕の出方を伺っているようにじっと見ていた。

僕達は束の間目をあわせたままでいた。緑色にも見えるし、黄色にも見える。不思議な色。目を離すことができない。吸い込まれそうなキレイな目。僕はその目の奥に小学校5年生のときのある一日の記憶を垣間見た。






小学校の5年にもなると、大概の子ども達が避けては通れない第二次成長のしがらみで、精神的にも身体的にも成長の著しい女子に比べまだまだガキンチョの男子の間には大きな隔たりができるものだ。

僕のクラスにもその傾向は顕著に現れていた。男子VS女子。僕は別に女子のことは嫌いではなかった。むしろ大人だなとそう素直に思ってた。だけど、そんなことは表には出せない。女子と親しく口をきいたり味方しようものならすぐに「オカマ」というレッテルをはられ、からかいや酷いときはいじめの対象になるからだ。

女子のほうもそれは同じだったようで、逆のレッテルはというと男好きの良い格好しいの「ぶりっ子」。ようはやっかみの対象になる。

その日は席替えの日だった。僕のクラスは一列ごとに男子、女子と別れていてその列が交互になるような配置の席になっている。つまり男女が隣同士になるようになっているのだ。

僕は窓際の一番後ろの席をゲットした。ここは最高の席だ。暇なときは窓からの風景を眺めることができるし、後ろからの視線を気にしなくてもいい。僕はうきうきと机を移動させた。

教室中がガタガタと騒音で一杯になる。僕はいち早く席に着き横の席に誰がくるのか観察していた。横に机を運んできたのは4年の時に転校してきたサカエと呼ばれる背の低い女子だった。同じクラスになってから一回も話したことがない。

様子を伺っているとこちらを向いたので慌てて目をそらした。そんな挙動不審な僕にサカエは「よろしく」と挨拶をしてきた。聞き間違えかと思った。顔は窓側を向いていたので表情はわからなかったけどその声のトーンからは親しみをこめた「よろしく」なのだと読み取ることができた。僕は驚いた。

このクラスの女子と男子の複雑なで且つ単純な構図を知らないのだろうか。僕はサカエに視線を戻した。彼女はもう正面を向いていた。

顔も体も小ぶりだった。背筋はピンとのび横顔は凛としていた。

その日一日、僕はこっそりサカエのことを気にかけていた。そしてすぐに気づいた。サカエには親しい友達がいない。授業の間の休み時間や昼休みには席から離れず、一人で本を読んでいた。僕が読むような漫画本ではなく、ちゃんとした本だ。かといって仲間はずれにされているわけではない。掃除のときなどちゃんと女子の輪の中に居る。いわゆる一匹狼だった。

普通群れない女子は迫害の対象になりがちだ。そのくらい僕だって知っていた。けどサカエは成績が良くて先生からの信頼を得ているがそれを鼻にかける様子も無く、女子に頼られると喜んで質問や作業に手を貸すことに応じていた。

一日観察しただけで、このサカエという女子は他の女子とは違う存在なんだと気づくことができた。

そして何より、この日が僕の記憶に鮮明に残った出来事が起きたのは帰りのHRの後のことだ。

僕達は机の中を整理し鞄に今日の授業の道具をつめていく。カツンと何かが床に落ちる音がしたので僕はとっさに無意識に拾い上げた。手のひらにおさまるほどのそれは黒くてつるつるしていた。安全ピンのような留め具がついている。カンバッチのようだった。ひっくり返してみるとそれは僕の大好きな『魔女の宅急便』のあの黒猫のジジだった。

「ジジ!」僕はちょっといつもより高めの声を発してしまった。はっと我に返るとサカエがじっとこちらを見ていた。僕は驚きと恥ずかしさできっと顔が真っ赤だったに違いない。今思うときっと汗もダラダラだったろう。

「魔女宅好きなの?」

サカエはキラキラした笑顔を僕に向けていた。僕は問われるままうなづき、ジジを握り締めたまま何を思ったか、幼いころから『魔女の宅急便』が好きで、特にジジが好きで黒猫が好きで猫が飼えたらジジという名にするのだと一気に早口で彼女に話していた。

緊張と恥ずかしさで何がなんだかわからなくなっていた。サカエは大きく目を見開いたまま僕の話を聞いていた。

そして僕が話し終えたのを確認するように軽く頷き

「じゃあシノダ君はキキになりたいのね。」

とにっこりと微笑みながら言った。僕は、そうなのかな?僕はキキになりたいのかな?サカエがそう言うならそうなのかもしれないなぁ。

なんて混乱したまま「それあげるよ。バイバイ!」と言いながら去っていく彼女を見つめていた。

そして僕の手のひらの中には手汗でびしょびしょになったジジのカンバッチが残されていた。

その後、僕はサカエのことをなんとなく気にしながら毎日を過ごした。相変わらず女子VS男子のクラスで、サカエは一匹狼で、特に会話らしい会話をすることも無かった。

サカエに対する気持ちが初恋なんじゃないかと気づいたのは、彼女が6年生に上がると同時に転校していったということを聞いたとき、そういえばジジのカンバッチのお礼を言ってないと気づいたときのことだった。そのことを僕はしばらく引きずっていて、サカエの小さい体に似合わないくらい大きな瞳を思い出すたびに切ない気持ちになった。





風が吹いた。木がサワサワと音をたてて木の葉を揺らした。

目の前の黒猫はすっと体を翻し大きな木を音も無く登って行った。僕は何故か猫を追いかけて自分も木に登った。軽々と登っていく猫。追いかける僕。僕はなにをやってるのだろう。

おかしいとは思うけど手と足は勝手に枝を掴み、体を押し上げていく。木の真ん中くらいまで来たところの枝に黒猫はちょこんと座っていた。登ってきた僕と目の高さが合う。目が合ったと思った瞬間、黒猫は、かわいい黒猫は、シャーっと猫特有の威嚇の声を発しながら大きく口を開け僕のほうに素早く一歩踏み出した。

顔のわりには大きな牙が見えた時、驚いた僕は大きくバランスを崩してしまった。ぐっと力を腕に入れてバランスを保とうとした。と同時にもの凄い突風が吹いて、大きな木から剥がれ落ちた僕は空中に身を投げ出してしまっていた。