−−見えない自由がほしくて−−


「What kind of job?」

その問いに、答えようとして一瞬怯んだ。
通訳が俺を通さずに「Any kind」と返すと、瞬時に複数の銃口が俺に向いた。
今思えば、あれが終わりの合図だったんだろう。

バブルが終わり、日本ではハイエナどもがライオンが残した骨をかじるような時代。
台湾の空港から、護送車のようなバンに乗せられ連れて行かれたのは高級レストラン。
円卓にはマフィア、政財界の黒幕、スーツの男たち。
金は湯水のように流れ、奪い奪われる日々だった。
札束を腹巻きに詰めて渡航し、一晩で数倍にする。そんな時代だった。

「取引きはするが、お前は危険すぎる」

それが彼らの答えだった。

数日後、「警察と殺し屋に狙われている」という情報が入り、マフィアの護衛付きで空港へ向かった。
帰国便の窓に映った自分の顔は、もはや俺の顔ではなかった。
鏡の中には、狼のような顔をした誰かがいた。

「誰だお前?」

日本へ戻り数日が過ぎた。
プツっと糸が切れて夜行バスに飛び乗り、東京へ向かった。
ひとり残した母親が気掛かりだったが、とにかく逃げたかった。

「アメリカ行きならどこでもいい。今から一番早く乗れるチケットをください」
成田で、精一杯の虚勢を張った。
本当はロスに行きたかったが早い便がなかったのであきらめた。

行き先はニューヨーク。

職員の女性がまるで映画スターを見るような目で対応してくれた。
ジーパン、Tシャツ、黒の革ジャン。持ち物はそれだけ。

出発を待つロビーには女優みたいな女性やスーパーエリートみたいな人でキラキラしていた。俺は当然エコノミークラス。ほとんどの人がファーストクラスやビジネスクラスなんだろう。エコノミークラスはガラガラで横になって寝れるほどだった。ただ酒なんでとにかく飲んだ。CAの方が通る度にエプロンのポケットからピーナッツをくれたのが嬉しかった。

「俺、何しようとしているんだろう?」

機内のイヤホンから流れるトレイントレインを聞きながら固形物のような海を眺めていた。

JFK空港の入国審査で、滞在先不明、荷物なしという理由で入国拒否。
東南アジアの出入国スタンプ満載のせいで、入国審査は否応無しに厳しかった。

「友達が外で迎えに来ている」
大嘘かましたが当然そんな人は居るわけもなく怪しい雲行き。

「ここで終わりか」

と諦めかけた時、どこかのご婦人がこの住所を書きなさいと紙を渡してきた。「キタノホテル」の住所を借りて、なんとか入国できた。

しかし問題はここからだった。

所持金は円で2千円。それも小銭。
空港の売店で日本人のサラリーマンに声をかけ、なんとか数ドルを手に入れた。
次にどのバスに乗るべきかも分からない。
結局またどこかの女性がマンハッタンに帰るところだったので一緒にバスに乗り込んだ。何となくいろんな話をして進むバス。

「あなたが自由だと思える場所に行くといい」

そんな言葉が印象的だった。

親切に地図までいただいて世界のド真ん中、ニューヨークマンハッタンの地に3人の日本人の助けを借りて踏み出した。

といっても滞在先もなく、現金は数ドルしかもう残っていなかった。とにかく歩いた。本当なら成功して夢と現実を背負ってこの地に立ちたかった。

でも今、背負っているものは何も無かった。

ただただ歩いた。
まずは美容室に行き、金髪に染めた。
眉だけが黒くて、滑稽な顔になった。

韓国街をうろつき、レストランに入って腹一杯食った。
もちろん金なんてない。
だが、不思議なことに、そのまま帰された。
今でもなぜなのかわからない。

幸運にも、タイムズスクエア近くのホテルに居続けることができた。
毎晩ストリートパフォーマンスを見た。
全身金色のパントマイム、黒人の子供たちのダンス

ウォークマンには「天国への階段」。

生きるために来たのか?
死ぬために来たのか?

観光に来ていた日本人は、パンフレット片手にレストランを訪れ、典型的な日本人の顔をしていた。
俺は一人、夢の国の外側に立っていた。

就労ビザがないので働けない。
金がない。
一人でいる日本人観光客に声をかけ、ガイドのふりをして飯をたかる。

僅かな金を得てどうにか買ったカップヌードル。お湯はホテルのコーヒーメーカー。問題は、箸がない。道路に落ちていたフォークを拾って食べた。

「美味い」

そんな毎日の中、カード会社の女性が架空名義でのキャッシングの仕方を教えてくれた。
よほど哀れに見えたのだろう。

セントラルパークに居ついた。
この街の人は、皆走っている。
サングラスにヘッドホン、リュックにスケボー、自由そのものだった。
俺は赤髪になり、英語も少しずつ話せるようになった。

ハーレムの入り口で、日本人の女の子が黒人たちの輪に囲まれているのを見た。
本能的に思った。

「あそこに入ってしまえば、戻れない」

ある夜、寿司屋に入り、若い板前と意気投合した。

「玉子を全部くれ」
「海苔だけくれ」
余程、可笑しかったのだろう。

彼は耳元で「自分、不法滞在なんです」と囁いた。
この街で生きるには、パワーが要る。

「どこか飲みに行ける店はないか」
と聞いたら彼が俺の席の後ろの壁を押した。

そこは隠し扉になっていて2階へ続く階段が現れた。
ドアを開けると、そこは日本のスナックだった。オッサンたちが愚痴をこぼし、演歌を歌い、女の子を口説く。

その後は教会に居ついた。
何をするでもなく、ただ静かに煙草を吸う。
一箱800円のマイルドセブンライト。
階段の片隅で、タバコを分けてくれた女の子は絵を学びに来ていた。
自分が日本人にも見られていないことに、奇妙な満足感を覚えた。

俺の髪は青になった。
相変わらず俺にタバコ売ってくれないホテル近くのデュアンリードの店員は俺の事をフランス人の女の子だと思っていたらしい。
その頃になると普通の英会話には困らなくなっていた。

ある晩、ホテルのテレビで『ダイ・ハード』を見ていたら、窓の外が異様に静かだった。
通りが封鎖されていた。
誰かがビルから飛び降りたのだという。

「フライング」

ホテルのフロントがそう答えた。

自分と重なった。

「俺だったのか?」

その夜、例の飲み屋で俺は静かに全ての敗北と不義理を噛みしめた。

助けてくれたのは、いつも日本人だった。
アングラスターを気取っていたが、それは幻想だった。
子供の遊びだった。

「またこの街に帰ってきます」
そう、飲み屋の姉さんに誓った。

自由の女神は、まだ遠くに見えた。
ウオール街にも、マジソンスクエアガーデンにも行かなかった。
俺が好きだったのは、昔の検疫所が残る島が見える川辺だった。

成功者のシンボルとしてこの地を踏む者もいたが、多くは希望を持ってこの地に来たのだ。

アメリカは自由の国だ。
日本も自由の国だが、その自由は「与えられた権利」としての自由。
アメリカの自由は「自ら手にする力」としての自由だ。

多種多様な人間が生きるマンハッタン。
自由を持つ人間の顔は、どれも美しかった。

JFK空港へ向かうリムジンの窓を小雨が叩く。
今の願いはただ一つ

「日本に無事入国できますように」

日本へ向かう飛行機の中、イヤホンから再び「トレイン・トレイン」が流れ出した。

眼下に見える自由の女神は、日本へ向かう俺を、やさしく見ていた。

 飛行機のドアが開いた瞬間、日本の空気が肺に入り込んできた。

入国審査は、思ったよりもあっさり通った。
少しだけ泣きそうになった。

誰も俺が、自由を求めて逃げていたことなど知らない。  

東京行きの電車に乗る。

街は変わっていなかった。
俺も変わっていなかった。
赤い髪の自分も、青い髪の自分も、もういない。

知り合いのいない街で、身を隠すように暮らした。 風呂なしアパート。
仕事を始め、毎日をただ「こなす」ことに慣れていった。

 テレビでアメリカのニュースが流れていた。2001年9月11日 。
俺がいた街だ。
でも、それはもう「俺がいた街」ではなかった。 

ふとカバンのポケットから出てきたのは、セントラルパークの地図だった。

「あなたが自由だと思える場所に行くといい」

その言葉を思い出した。

自由とは、見えるものではなかった。
どこか遠くにあるものでもなかった。
俺の中に、うずくまっていた。

見えない自由がほしくて

それを追いかけて、走って、傷ついて、戻ってきた。
何も手にしていないようで、何かを失ったようで、でも確かに、何かが残っていた。

今も時々、「あの街」の夢を見る。
マンハッタンの喧騒、セントラルパークの風、教会の階段のタバコの煙。

「またこの街に帰ってきます」

その約束は、もう果たすことはできない。

スマホの画面で見る自由の女神は、やさしく俺を見ている。