【始めに】
元々は20年以上も前に書いた文章を思い出しながらA4用紙1枚ほどにまとめたあらすじでした。それをAIで小説化に生成したモノになります。
あらすじからズレる事がなかったのは流石でしたが、章が変わると辻褄があわない部分もあり、手直しが大変でした。AI生成って俺には向いてないな。笑
ではお送りします。
-「VOID OVER DRIVE」-
第一章:鏡像の追跡
深夜一時を過ぎた頃、鳴神烈(なるかみ・れつ)はハンドルを握っていた。フロントガラス越しに見える都心の道は、金属のように冷たく静まり返っている。休日の余韻もすでに消え、街は眠っていた。
カーステレオから流れていたのは、80年代のジャパメタ。懐かしさは感じなかった。むしろ、うるさい。彼は眉をひそめてスイッチを切った。
――なぜ、あの曲が流れた?
さっき、事務所でテレビをぼんやり眺めていたとき、奇妙なCMが流れた。記憶の奥底に沈めたはずの旋律。自分がかつて作った曲だった。もう20年以上も前のこと。バンドは解散し、メンバーも散り散りになった。自分は音楽の世界を去り、今では広告代理店の社長。過去とは完全に決別したはずだった。
だが、あの曲が流れた瞬間、喉の奥から鉄の味がせり上がってきた。
「……ったく、こんな時間に何やってんだか」
気を紛らわすために車を出したのはいいが、意味もなく環状線を何周もしている自分が情けない。
ミラーに目をやる。その瞬間、心臓が跳ねた。
――後ろに、何かいる。
1台の車が、異様な距離でピタリと張りついている。ヘッドライトの光が、まるで双眼のようにこちらを睨みつけていた。
「……なんだ、煽ってんのか?」
烈はアクセルを強く踏み込んだ。エンジンが唸り、車体が前へと突き進む。
だが、周囲の風景が……おかしい。
走っているはずなのに、電柱も看板も、道路標識さえも、まったく動かない。まるで、世界が止まっているようだった。車だけが音を立てて進んでいるのに、周りの景色は動かない。
背筋を、冷たいものが這い上がってくる。
ミラーの中の車は、相変わらずついてくる。まるで鏡の中に閉じ込められたような既視感。ヘッドライトの奥、運転席に目を凝らすと、目を疑うような光景があった。
――あれは……俺の車だ。
正確には、かつて乗っていた車。若い頃、ギターを積んで全国を走り回っていた赤いCR-X。
烈の喉が、ごくりと鳴った。
しかも、そのハンドルを握っているのは――若い頃の、自分だった。
髪を立て、鋲付きの革ジャンを着た青年。まだ何者でもなく、何者かになれると信じていた頃の、あの目。
過去の自分が、こちらをじっと見つめている。
「……は……?」
そのとき、赤いCR-Xがふっと姿勢を変えた。
右ウインカー。スピードを上げ、スッとこちらの車の横へ並ぶ。ミラー越しに見るでもなく、真正面から――かつての“自分”が、無表情のままこちらを見る。
そして、追い越していった。
その瞬間、烈の視界が歪む。赤い尾灯が、夜の闇に溶けていく。気づくと、景色が少しずつ、動き出した。
さっきまでの異様な静寂が、徐々に解けていく。車の音、道路の振動、遠くの街灯のチカチカした光。すべてが現実に引き戻されたかのようだった。
「……幻覚か?」
烈はそう呟いたが、自分の手が小刻みに震えているのに気づいた。
運転をやめ、近くのコンビニに車を停める。タバコに火をつけようとするが、ライターの火が安定しない。車のフロントガラスには、赤いCR-Xが去っていった道が、今も脳裏に焼きついていた。
あれは夢か、過去か、それとも――“何か”が始まったのか。
それを知るのは、まだ先のことだった。
第二章:碧い瞳の女
翌日、鳴神烈は仕事を早めに切り上げて、いつもの飲み屋ビルに足を運んでいた。渋谷駅から徒歩五分。喧騒の波が少し引いたあたりにある雑居ビル。その三階には、学生時代からの馴染みのバー「rua da amargura」がある。看板も出しておらず、紹介制に近い隠れ家的な店だ。
しかし、その夜はなぜか三階ではなく無意識のうちに、足が地下へと降りていった。
ビルの地下には小さなテナントがいくつかあった。だが、このビルに十年以上通っていても、地下の店舗など目に入ったことはなかった。電灯は薄暗く、湿ったコンクリートの壁が無言で圧をかけてくる。
その最奥に――奇妙なドアがあった。
黒い木製のドア。その中央には、銀色の真円が描かれている。看はない。
烈は躊躇しながらも、ドアノブに手をかけた。
「……入れるわけ、ないだろ」
小声でつぶやいた瞬間、ドアがすっと内側へ開いた。まるで烈の意志とは無関係に、“向こう”から招かれたかのようだった。
店内は思ったよりも広く、天井の低い空間に、低音のジャズが微かに流れていた。青い照明。ガラスの棚に整然と並ぶ酒瓶。どこか、時間の流れが歪んでいるような空間。
カウンターの奥にいたのは、一人の女だった。
30代後半に見える。白いシャツに深紅のスカーフ。黒髪を後ろでまとめ、首筋がすっと白く伸びている。その目は――氷のような、しかし吸い込まれるような碧い目。
彼女がふと烈を見上げた。
「いらっしゃい。……ようやく来たのね」
その一言に、烈は一瞬足を止めた。
「……俺、初めてのはずだけど」
「いいえ。あなたは前にもここに来たことがある。まだ覚えていなかっただけ」
微笑みながら、グラスを磨き続ける女。その指先が、どこか現実離れしているように見えた。
烈はカウンターに腰を下ろし、言いようのない不安をまぎらわせるように言った。
「さっき、車を運転してて妙な体験をした。……昔の自分に、追い越されたんだ」
女はうなずき、棚の奥から小さな琥珀色のボトルを取り出した。
「記憶は、時に未来から流れてくることもあるのよ」
「……は?」
「それに、あなたは“あちら側”の目に映ったのよ。あなた自身の……過去ではなく、“鏡の向こう”の存在に」
「何言ってるんだ」
理解できない。だが、何かが心の奥底でざわめく。まるで、その言葉を聞くためにここへ来たような、そんな感覚。
女が、ふっと真顔になった。
「あなたは“選ばれた”七人のうちのひとり。……あなたと同じよ」
「同じ……?」
「ええ。碧の目を持つ者は、扉の向こうを見た者。あなたにはそれが見え始めている」
碧い目が、烈の心を射抜く。
その瞳に、自分が映っていた。ただの酔った中年男ではない。ギターを握りしめ、闇の中で叫んでいた、若き日の自分。……いや、それ以上の“何か”が、あの瞳に宿っていた。
「……あんた、何者なんだ?」
烈の問いに、女は答えなかった。ただ、グラスを差し出す。
「飲みなさい。記憶が、戻り始めるわ」
琥珀色の液体が揺れている。烈は一瞬ためらったが、喉に火が灯るような感触と共に、それを飲み干した。
そして――目の前が、反転した。
世界が、裏返る。
自分の記憶の中に、知らない風景が流れ込んでくる。ライブのステージ。群衆の中の、碧い目の女。鏡合わせのように反転する街並み。オリオン座が夜空に輝いている。
すべてが繋がりかけていた。
「――お前は、いったい……」
だがそのとき、烈の意識は唐突に途切れ、椅子の上で身体がぐらりと傾いた。
店の照明が、一瞬、星のように瞬いた。
第三章:映像に棲む者
目が覚めたとき、鳴神烈は見慣れた自分のオフィスのソファにいた。
記憶が、曖昧だった。
――あのバー。碧い目の女。琥珀色の酒。そして……星のように瞬く光。
だがスマートフォンを見ると、そこには昨夜の通話履歴やメッセージは何もなく、時間は容赦なく通常通り進んでいた。現実は現実のまま。夢にしては、あまりにも質感が濃すぎた。
ぼんやりした頭のまま、デスクの前に座ったときだった。
インターホンが鳴った。
モニターを見ると、見知らぬ若者が二人、入り口に立っていた。ひとりは小柄でメガネをかけた男、もうひとりは背の高い長髪の青年。どこか学生の雰囲気がある。
烈がドアを開けると、メガネの男が頭を下げた。
「突然すみません。僕たち、都内の大学のオカルト研究サークルに所属してまして……鳴神さんのバンド時代の映像について、お聞きしたくて来ました」
「オカルト研究?」
「はい。今、全国に点在する“記録映像の異常”を調べているんです。……その中に、1993年のあなたのライブ映像が含まれていまして」
烈は眉をひそめた。記録されたライブ映像――それは、もう自分自身でも忘れかけていた過去だ。
「妙な“女”が、映ってるんです。観客の中に、決して存在しないはずの……碧い目の女が」
その言葉に、背中を汗が伝う。
「……見せてみろ」
映像を再生するノートパソコンが開かれ、そこに映し出されたのは1993年、東京・中野のライブハウスでの烈のバンド「VOID OVER DRIVE」のライブ映像だった。
観客たちが熱狂し、烈はシャウトしながらギターを掻き鳴らしている。汗と熱気にまみれたステージ。
だが、その中で――確かにいた。
ひとりだけ、微動だにせず立ち尽くす女。
他の観客が拳を振り上げ、揺れている中で、その女だけはまるで映像に“貼り付けられた”ように静止していた。全身黒ずくめ。髪は長く、顔ははっきり映らない。
しかし――その目だけが、碧く輝いていた。
「これ、何度も見たんですが……何かおかしいんです。解析しても顔認識が働かない。映像の中に“存在しない”扱いになってるんです」
「合成じゃないのか?」
「いえ、当時のVHSですよ? 合成する理由も技術もなかったはずです」
烈は自分の手が微かに震えているのに気づいた。
あの女。昨夜会ったあの女と、目が同じだ。
「……この女、他の場所にも映ってるか?」
長髪の青年がうなずく。
「それが、全国に点在するライブ映像や古いニュース映像、果ては戦後の白黒フィルムにまで……同じ構図、同じ距離、同じ無表情で現れるんです」
「……まるで、誰かを見てるように?」
「そうです。まるで、“記録”の中に潜り込んで、誰かを監視していたように」
沈黙が落ちた。
そして、メガネの男が静かに封筒を取り出した。
「どうしても気になって……女が映ってる部分だけを丸で囲んで、何十枚も紙に印刷してみたんです。そしたら……これを見てください」
封筒の中から、数枚の紙を重ねて取り出す。そして、窓際の光にかざす。
次の瞬間、烈は思わず言葉を失った。
星座だった。――オリオン座。
点と点を結んだとき、それは間違いなく、あの星座の形になっていた。女の出現位置が、完璧に天文座標に一致している。
「これは……偶然じゃない」
烈は呟いた。
そして確信した。
この女は、“記録”の中に棲んでいる。過去の映像、思い出、写真……記憶とデジタルの狭間に生きる存在。
そのとき、長髪の青年が言った。
「実は、ひとつだけ共通点があるんです」
「共通点?」
「この女が映っている全ての映像に――“あなた”が関係してる」
その言葉に、頭の中で何かが音を立てて崩れた。
すべては、自分に繋がっていた。
自分はただの傍観者ではない。事件の中心に、すでに立っていた。
映像に潜む碧い目の女、星座をなぞる出現パターン、そして……忘れかけていた幼なじみの失踪。
やがて、断片は一つの意味を持ち始める。
“見えない戦い”の記録が、今、再生を始めようとしていた。
第四章:失われた幼なじみ
幼なじみがいなくなったのは、1999年の夏だった。
七月の終わり、空はやけに青く、セミが喉を潰すように鳴いていた。近所の公園のジャングルジムに二人で登り、彼女は空を見てこう言った。
「オリオン座って、夏にも見えるんだよ。本当は……夜じゃなくてもね」
意味がわからず、烈はただ笑った。それが、最後の会話になった。
彼女――**志倉沙耶(しくら・さや)**は、その翌朝、忽然と姿を消した。
荷物はそのまま、部屋には荒らされた形跡もない。捜索願は出されたが、手がかりは一切なかった。地元では「家出」「誘拐」様々な噂が流れたが、烈はどれも信じていなかった。
彼女は――“どこか別の場所”へ行ったのだ。
ずっとそう感じていた。なぜなら、彼女は幼い頃から「この世界には裏側がある」と言っていたからだ。
あれは何年前だったのだろうか。
忘れようとした。何度も、時間に葬らせようとした。だが、あの碧い目の女を見てから、記憶の底にしまっていた扉がまた軋みを上げ始めていた。
そしてその日、ついに再び扉が開いた。
夕方、都内の地下鉄ホーム。広告撮影のロケハンの帰り、構内の向こう側に、彼女が立っていた。
――志倉沙耶。
少し大人びた顔。長い黒髪。驚くほど変わっていない。だが、それは確かに彼女だった。
人波に流されるようにして、彼女はホームの柱の影に消えた。
烈は息を呑み、走った。記憶と現実の間を突き抜けるように。
「沙耶っ!」
ホームの端にある非常階段の下、古い扉の前で彼女は振り返った。
その瞳――碧色。
「ようやく、気づいたのね」
彼女は微笑んだ。懐かしさと、切なさと、何か言葉にできない痛みを孕んだ笑みだった。
烈は息を切らしながら、彼女の前に立った。
「本当に……お前なのか?」
沙耶はうなずいた。
「私は、“あっち側”で生きていたの。あなたが気づくのを、ずっと待ってた」
「あっち側……って?」
彼女は扉に手をかけた。そこには何の表示もない。だが、烈にはそれが“合わせ鏡”の入り口であることを、なぜか理解していた。
「記憶の中にしか存在しない街。存在しなかったはずの選択肢。誰も気づかない記録の誤差。そこに、私たちはいた」
「“私たち”……?」
沙耶は、静かに言った。
「オリオンに導かれた七人。あなたもその一人。そして、もうひとりは私」
すべてが、過去と現在を貫いて繋がり始めていた。
沙耶は烈の手を取り、扉を押した。
扉の向こうは、鏡のような闇だった。
闇に光が浮かぶ。星のような配置。それはオリオン座。闇に刺さるように点在する七つの光。
「私たちは、戦っていたの。誰にも知られず。誰にも見られず。この世界が滅びるのを、1999年に止めた」
烈の胸に、言葉にならない叫びが込み上げてきた。
「……俺は何も知らない!」
「そう。でも、あなたは“戦った”。記憶を失ったのは、そうしなければならなかったから」
沙耶は烈の額にそっと指を当てた。
次の瞬間――烈の視界が、白く弾けた。
炎。崩れる都市。空を裂いて降りてくる“何か”。
実体のない、声だけの存在。闇の中から生まれた恐怖の象徴。
大魔王。
空の彼方から、世界に干渉しようとした“存在”。
それを止めるため、七人の“記憶に存在しない戦士たち”が戦った。
合わせ鏡を通じて、鏡の世界で。
この世界の“背中”にある、裏の東京で。
そして、1999年12月31日、世界は静かに救われた。
誰にも知られず、誰の記録にも残らずに。
沙耶が言った。
「でも、“あれ”は終わっていなかった。再び動き始めた。――この世界を飲み込むために」
烈の頭に、再び走馬灯のように過去の自分の姿が蘇る。ギターを抱え、闇の中で何かと叫び合う自分。仲間たち。知らなかった名前。死んだはずの存在。そして――碧い目の“彼女”が、その戦いの中心にいたことを。
「思い出して、烈。あなたが、誰だったのかを」
その瞬間、扉の向こうに六つの影が立っていた。
それは、かつて共に戦った“七人”の仲間たちの影。まだ思い出せない名を持つ者たち。
そして、世界の裏側で、第二の戦いが始まろうとしていた――。
第五章:合わせ鏡の街
――鏡の裏側に、もう一つの東京がある。
沙耶の手に導かれ、烈は非常階段の奥の扉を越えた。
そこは地下鉄でもビルの通路でもない。だが見慣れた都市の輪郭をかろうじて残していた。
空が静かだった。色のない雲が流れ、ビル群はどこか無音のグラフィックのように立ち並んでいる。
人の気配はない。だが視界の端で、何かが“こちらを見ている”ような感覚がある。
「ここが……合わせ鏡の東京、“ミラートーキョー”」
沙耶が言った。
「あなたがかつて戦った場所。七人のうち、五人が倒れ、残された者だけが記憶を消された」
烈は言葉を飲み込む。
――これは現実なのか? それとも、夢の延長なのか?
だが、空気の重み、建物の影、足元のアスファルトの感触……すべてが現実よりも“リアル”だった。
かつて烈が通っていたライブハウスが、崩れかけた姿でそのまま残っていた。看板は剥がれ、入り口には「封印済」のマーク。まるで災害後のゴーストタウン。
だが、その奥のステージに、何かが残っていた。
ギター。
それは烈が最後に使っていた、黒のレスポールカスタムだった。
近づいた瞬間、烈の記憶が――フラッシュバックした。
──ギターを構える自分。
──仲間たちと背中を合わせ、暗黒の空間に現れた“声だけの存在”と対峙する。
──音が武器だった。
──共鳴する周波数、音と音の干渉が“それ”を破る唯一の手段だった。
「あなたは、“音”で戦っていた」
沙耶が言った。
「あなたの“音”だけが、奴らに触れることができた。だから、大魔王はあなたを最も恐れた。だからこそ、記憶は封じられたの」
烈はギターを手に取った。コードを爪弾くと、空気が低く振動し、都市全体が共鳴したように感じた。
「それが、世界の“縁”と繋がっている」
次の瞬間――
空に光が走った。幾何学的な閃光が、空間に裂け目を生み出す。
そこから、6つの影が現れた。
一人は、銃のようなデバイスを構えた女。
一人は、無数の記号が刻まれた古い書物を抱えた少年。
一人は、拳を鳴らしながら、音の波を纏う格闘家風の青年。
一人は、完全に無音の領域に包まれた“透明な女”。
一人は、車椅子に乗りながら脳に直接接続された電子機器を操作する男。
そして最後に、碧い目の沙耶。
「7人の使徒は、今ここに再び揃った」
沙耶が告げる。
「この都市の“反射率”が上がっている。再び“奴ら”が侵入を試みている。オリオン座の接近が起点になる……それが、次の1999年」
「……次の?」
「暦が再び反転するの。“裏の時代”の1999年が来る。そこが、奴らの侵入口」
烈はその言葉の意味を直感で理解した。
合わせ鏡の世界には、もう一つの“時間”が流れている。現実と反転した“裏の1999年”。そこが再び開こうとしている。
「お前は、俺を再び戦わせようとしてるのか」
烈の声は静かだった。
沙耶はうなずく。
「あなたしかいない。覚えていないことを恨んでいい。でも……あなたは、まだ終わってない」
烈は空を見上げた。どこかに、星の気配を感じる。
それは確かにオリオンだった。冬の星座なのに、夏の夜空に微かに光っていた。
それは、呼びかけだった。
――準備はできているか?
烈はギターの弦を押さえ、ピックを構えた。
その音が、都市に響いた瞬間――
合わせ鏡の東京が、動き出した。
ビルのガラスが振動し、地面に映る影がひとつ、ふたつと**“這い出してくる”**。
影は人ではない。輪郭を持たず、ただ音を嫌う。
それが、“あれ”の天使たち。
沙耶が言う。
「それは“音のない命”――無響の天使」
烈はギターを構え直す。七人の仲間たちは、それぞれの“武器”を構えた。
今ここで、再び戦いが始まる。
1999年に忘れ去られた戦いの、続きが――。
第六章:音のない命
合わせ鏡の東京――ミラートーキョーは、薄暗い無音の世界に覆われていた。
その異様な静寂は、まるで音そのものを吸い込む渦のように、周囲の空気からさえざえとした響きを奪い去っていた。
烈はギターのネックを強く握りしめる。彼の視線の先には、無数の影がゆらめき、輪郭を持たずに形を変えながらも、不気味な意思を帯びて迫ってくる。
「これが……無響の天使」
沙耶の声はほとんど囁きのようだった。
「音を嫌い、音の波動でしか倒せない。奴らは“静寂の生物”。存在そのものが、音の欠如で形作られている」
烈は息を吸い込み、ピックを指に挟んだ。
「なら、俺の音で全部消してやる」
その言葉と同時に、彼の指先から力強く弦がはじかれた。
ゴォォォ――。
轟音が暗闇を切り裂いた。
震える空気の中、ビルのガラスが共鳴し、音波が周囲にひろがっていく。
無響の天使たちは初めて音の波動を浴び、かすかに揺れた。だが、決して倒れはしなかった。むしろ、音に反応して形を崩しつつ分裂し、影の数がどんどん増えていく。
「増えてる……!」
電子機器を手にした男が焦った声を上げる。
「このままでは耐えられません!援護を!」
格闘家風の青年が拳を握り締めた。彼の周囲に渦巻く音波が濃密な壁となり、敵の動きを一瞬だけ止めた。
「ここを守る!」
一方で、古びた書物を抱える少年が空中に魔法陣を描き始める。
符号が光を放ち、影たちの動きを封じる。だが、その効果は短く、数が多すぎて追いつかない。
「数が多すぎる……皆、連携して攻めるぞ!」
烈は仲間の声を背に受けて、さらに弦を強くはじいた。
音の波が交差し、空間が激しく震動する。
だが、そのとき。
地の底から低く唸るような音が響いた。いや、音ではない。闇の中に潜む存在の“咆哮”だった。
無響の天使たちの影が一斉に固まり、人型の怪物が姿を現した。
片翼の黒い羽根を持ち、目からは邪悪な光が漏れる。
それは――大魔王の一部だった。
「お前たち……まだ愚かな抵抗を続けるのか」
その言葉に、烈の胸に怒りが燃え上がる。
「終わらせる時だ! もう逃げ場はない!」
碧い目の沙耶が凛と立ち、冷ややかな声を放った。
「あなたの復活は許さない」
怪物は嘲笑いながら手を伸ばし、天使の影を操って烈たちを襲わせる。
烈はギターを構え直し、強烈な音の波動を放った。
戦いは一瞬にして激化し、空間は轟音と影の狂乱で満たされた。
七人の戦士たちはそれぞれの能力を駆使し、連携して戦う。
格闘家は音の波動を拳に込めて敵を叩きつけ、少年は符号で影を束縛する。
無音の女は影の動きを感知しながら敵の間を縫うように移動し、銃を撃ち抜く。
電子機器を操る男は空間を解析し、敵の弱点を指示する。
烈はギターを爪弾きながら音波を送り続ける。
その音は敵を焼き尽くす炎のように、そして盾のように仲間を守った。
だが、怪物は強力だった。七人の力をもってしても一瞬たりとも油断できない。
「烈、後ろ!」
沙耶の声が響き、烈は身を翻した。怪物の羽根が裂風となって襲いかかる。
咄嗟にギターを盾にして受け止めたが、強烈な風圧に吹き飛ばされそうになる。
「こんなところで倒れるわけにはいかない……!」
烈は必死に立ち上がり、再び弦をはじいた。
音の波動が彼の体を包み込み、傷を癒すようにじわじわと回復させた。
仲間たちも必死に戦いながら烈の回復を待つ。
怪物は一度うなり声を上げて飛び去った。
「まだ終わらせない……奴は引いたが、次がある」
沙耶は顔を曇らせた。
「奴は大魔王の欠片。全てが揃った時、完全体となりこの世界を滅ぼす」
「俺たちが倒さなければならない相手だ」
烈は強くうなずいた。
「もう逃げるつもりはない。俺は、俺たちは……終わらせる」
合わせ鏡の街は静寂に戻ったが、七人の戦士たちの心に新たな決意が刻まれた。
裏の1999年は、まだ終わっていなかった。
第七章:碧色の真実
烈は眠れなかった。
合わせ鏡の戦いから戻った現実の東京の夜。窓の外に広がる夜景は、どこか薄膜に包まれたような光を放っていた。音はある。車の走る音、遠くの工事の騒音、テレビから流れる誰かの笑い声──だが、どこか「嘘の音」のように聞こえた。
ふと、テレビが勝手に点いた。
ザザザ、とノイズ。そして──あの曲が流れ出す。
「VOID OVER DRIVE」。
世に出すことなく封印したはずの楽曲。激しいギターリフと、空間を切り裂くような金属質なサウンドが、部屋の空気を変えていく。
画面に、かつての自分たちのライブ映像が映る。白黒に近いモノクロームの画面。観客の顔はどれも暗く潰れている──その中に。
烈は、一瞬、目を奪われた。
碧い目。
画面の奥、照明の届かぬ一角に、ひときわ浮かび上がるその目の色だけが、時を超えてこちらを見ていた。
烈はテレビの電源を切り、息を呑んだ。
「やっぱり……存在してる」
大学のオカルト研究サークル「アナムネシス・クラブ」の部室では、その“目”の解析が進められていた。
「この映像、数フレームだけ存在してるんです。でも──」
「AI解析では“存在していない”ことになってます。つまり、物理的にその場に“居た”痕跡がない」
「じゃあ何だっていうんだよ」
烈が問い詰めるように声を荒げた。
「情報ではなく……記憶の残渣じゃないかと僕は思います」
別のメンバーがそう呟いた。「あなたが“彼女を見た”という記憶が、過去の映像に干渉して映し出された。つまり、“記録”ではなく、“再構成”された何かだと」
「じゃあ……俺は、ずっと見られていた?」
「あの曲を作った時から。もしかすると、それよりずっと前から。彼女は背後”にいた。1990年──その年の冬。ライブの後に誰かに話しかけられた記憶」
烈は確かに思い出した。
1990年12月。ライブの終了後、楽屋口から出た路地裏。細い階段の影で、誰かに呼び止められた。音もなく、ただ存在だけがそこにあった感覚。
「あなたの音は、“響いている”。あちら側にまで」
そう囁いた碧い目の女。
「そのときは夢かと思った。でも、今ならわかる。あれは“始まり”だったんだ」
列は一冊の古い書物を思い出した。
骨董市で見つけた古い書物。表紙には『観測者は記録を持たない』──そう書かれていた」
そこには、古代ペルシアから続く秘密結社“void”の記述があり、“碧眼の観測者”と呼ばれる存在の記録が散見された。
時を超えて現れ、言葉少なに未来を導く存在。
けれど彼らの“正体”を知った者はいない。
そしてそのすべての記録は、誰かの“記憶”にしか残されていなかった。
「つまり彼女は、“記録に残らない存在”……?」
「そして、“音にだけ反応する存在”。もしかしたら、“音”が彼女の居場所をつくる鍵なのかもしれない」
烈の心に、かつての仲間の顔が浮かんだ。もうひとり行方不明になった幼なじみ、結人(ゆうと)
──彼が残したメモに、ひとつだけ気になる言葉があったのを思い出した。
「合わせ鏡の京都」
「彼は、“裏京都”に行ったのかもしれない」
「そして、彼女に会った。あるいは──“連れて行かれた”」
オリオン座は、七つの点を通じて何かを描こうとしている。1999年12月、全ての線が繋がるそのとき、世界の“音”が最終的に交差する場所。
「京都に行こう」
烈は立ち上がった。
「過去と未来が交わる場所。彼女と、結人と、俺たちの戦いの意味を……知りに行く」
こうして、1999年12月27日。
“見えない戦い”を続ける七人は、日本最古の合わせ鏡の地──京都へと向かう。
彼らの背後で、深碧の視線がそっと微笑んだように、烈には思えた。
第八章:裏京都、幽き鼓動
冬の京都は静かだった。観光客の喧騒から逃れるように、彼ら七人は深夜の京都駅に降り立った。1999年12月28日。新幹線の車窓から見えた街並みには、どこか異様な緊張感が漂っていた。
この地に、何かが“棲んで”いる。
「結人が言ってたの、“鏡の奥にもうひとつの京都がある”って」
沙耶が呟くように言った。彼女の手には、結人が残した最後の手紙が握られていた。
──『合わせ鏡の真ん中に、あの女は立っていた』。
──『本当の京都は、もう一枚奥にある』。
表通りを離れ、一行は祇園の奥、観光地図にも載っていない路地を進んでいった。古い茶屋や料亭の並ぶ小道は、夜の帳が降りると幻想と現実の境目が曖昧になる。白い息を吐きながら、彼らは“結人の記憶”を辿るように歩いた。
やがて、ひとつの建物の前で足が止まる。
「ここだ……」
沙耶が呟いた。
古びた二階建ての屋敷。外壁には風雨に晒された木の板、そして玄関脇には、ひっそりと吊るされた古鏡の札がぶら下がっていた。表札には、墨で書かれた「幽巷庵(ゆうこうあん)」の文字。
ドアを開けると、埃の匂いとともに、冷気が顔を撫でた。
「なんだこれ……まるで、時間が止まってるみたいだ」
烈が呟く。奥へ進むと、そこには円形の鏡が二枚、互いに向かい合うように配置されていた。
合わせ鏡。
ふと、その中心に立ったとき、烈の視界がぐにゃりと歪んだ。
──音が、消えた。
目の前の鏡の中に、**自分ではない“何か”**が映っている。
かつてのバンド時代の自分。ノイズまみれのギターをかき鳴らし、無防備で、がむしゃらだった若き日。だが、鏡の奥のその人物の背後に、碧い目がじっと浮かんでいた。
「彼女は、“鼓動の向こう側”にいる」
沙耶の声が、どこか遠くから聞こえた。
「この合わせ鏡はただの物理じゃない。“音の記憶”を映す、結人が言ってた……“魂の記録装置”なんだ」
烈は目を閉じる。
「VOID OVER DRIVE」のリフを、心の中で鳴らす。頭の中で、ギターの音が少しずつ増幅されていく。その瞬間──合わせ鏡の奥に、扉が開いた。
――次の瞬間、彼らは“裏京都”に立っていた。
そこは、実際の京都の建物を反転したような街だった。だが、空は夜なのに薄明るく、時計の針はまるで動いていない。
空中に浮かぶようにして灯る灯籠。静止した鳥。風が止まったままの紅葉。時間と因果が解けた場所。
そして、そこに──結人がいた。
「……遅かったな」
懐かしい声が、重く響いた。
だが、烈はすぐに違和感を覚えた。結人の目が、どこか空ろだ。まるで、彼の中の“何か”がもう別の存在になっているかのようだった。
「結人……おまえ、生きてたのか?」
「いや……正確には、“記憶”として存在してるだけだ。碧の目の女に選ばれて、この世界に“録音”されたんだ」
彼は静かに笑う。
「オリオンの七座。最後の座標はここにある。おまえが来るまで、ずっと待ってた。烈、おまえにしかできない“終わらせ方”があるって、彼女が言ってた」
烈の頭の中で、あの曲がまた流れる。
「VOID OVER DRIVE」
この曲は、単なるメタルナンバーではなかった。作曲当時の烈の記憶、怒り、愛、後悔、そして未来の残響が重なり合っていた。それが、碧の目の女の“受信機”となり、この戦いを動かす起点になっていたのだ。
「烈。もうすぐ年が明ける。1999年が終わる。すべての音が断ち切られる前に、彼女に会え。合わせ鏡の最奥、“虚空堂”に向かえ」
その言葉を最後に、結人の身体は光の粒となって空へ消えた。
涙が出なかった。ただ、心の中で何かが静かに崩れた。
「わかったよ、結人」
烈は鏡の奥へと歩き出した。
背後に広がる裏京都の空は、微かに碧く染まり始めていた。
第九章:沈黙の中の叫び
裏京都を包む空が、限りなく静寂に近づいていた。
星はなく、ただ遠い碧い光が、天空のどこかから脈動していた。まるで宇宙そのものが、何かを警告するように鼓動している。時間は止まってはいないが、進みもしない。
烈たちは裏祇園を越え、かつて神隠しに遭った者たちが最後に目撃されたという、“合わせ鏡の中心点”と呼ばれる地に辿り着いた。
そこに、虚空堂はあった。
建物というより、“記憶の形”だった。
歪な建築。左右非対称の屋根。窓はすべて鏡で覆われている。壁のひとつひとつに過去の誰かの記憶の断片が投影され、微かに揺らいでいた。
「ここが……」
烈は無意識に呟く。
虚空堂の門をくぐった瞬間、烈の視界がぐにゃりと歪んだ。
足元が鏡になっている。天井も、壁も。自分の姿が何重にも映っている――しかし、映っているのは“今”の自分ではなかった。
ギターを手にした若き日。
怒りに燃えていた十代の自分。
事務所で孤独に仕事に追われる三十代の自分。
すべての“自分”が、烈を見つめ返している。
「これは……過去の反射」
沙耶が呟いた。「虚空堂は、“音を宿した記憶”しか存在できない場所。あなたが作った曲、あなたが感じた怒り、悲しみ、愛……そのすべてが、今ここに顕現している」
突如、音が止まった。
完全な、絶対的な沈黙。
鏡の一枚が、音もなく割れる。
そして、現れた。
碧い目の女。
空気が変わった。
彼女の姿は、はっきりとは見えない。長い髪と、白い衣。輪郭は時々揺らぎ、まるで“視る者の記憶”によって形を変えているかのようだった。
「やっと来たのね、音の人」
その声は、遠い井戸の底から聞こえてくるようだった。
烈は、息を呑んだ。
「……おまえは誰だ?」
「名はない。姿もない。でも、あなたが“あの夜”に響かせた音が、私をここに呼び戻した」
“あの夜”。
1990年、VOID OVER DRIVEを完成させた夜のこと。
自分の内面から絞り出した、怒り、焦燥、反抗、そして――誰にも届かなかった祈りのような叫び。
「あなたの音は、世界のひずみに反応した。1999年の終わりに、“扉”が開くことを知っていたのね」
女の目が、ぐっと烈に向けられる。
「そして、あなたたち七人。“オリオンの座標”を持つ者だけが、この歪みの中で抗える。私たち“観測者”の代わりに、この世界の終末を封じることができるの」
「“終末”? “大魔王”のことか……?」
女は静かにうなずいた。
「1999年7の月、空から恐怖の大魔王が降りてくる――」
「その予言は“外れた”と思われているけれど、実際には“あなたたちが阻止した”。ただし、それは“世界の表側”には何も残らなかった。すべては、“見えない鏡の裏”で行われたの」
烈の記憶が、断片的に蘇る。
追い越していった過去の自分。
碧い目と出会ったライブの夜。
映像に浮かび上がったオリオン座。
「じゃあ俺たちは……ずっと、“誰にも気づかれない戦い”をしていたっていうのか」
女は、うっすらと微笑んだ。
「誰にも知られず、記録にも残らず。それでも、世界を守る者たちがいたこと。それがあなたたち七人。観測されない英雄たち」
「じゃあ、何のために……? 俺たちは、何の意味があってこんなことを――!」
怒りが、混乱が、烈の胸を突き動かす。
女は歩み寄ると、手をかざした。
その瞬間、烈の視界が“1999年12月31日”の東京へと切り替わる。
大晦日の街、雑踏、笑い声。
その中を、ボロボロになった烈自身が歩いている。
誰にも見られず、誰にも気づかれず。まるで存在しない幽霊のように。
「これは……未来の俺……?」
女の声が、響く。
「最後の選択をして。あなたは“この世界に戻る”か、“こちら側に残る”かを決めなければならない。“誰にも気づかれずに守る”ということが、どういう意味か――それを、あなたが選ぶの」
烈は震えていた。
「だったら……俺は、“見えないまま”でも、最後までやってやる。音楽なんて何の役にも立たなかったと思ってた。でも、俺の音が……誰かを導けたって言うなら、それで十分だ」
その瞬間。
烈の身体が光に包まれた。
虚空堂の全ての鏡が砕け、七つの星の光が上空に浮かび上がった――それは、オリオン座だった。
「これで……終わりじゃない。始まりよ」
女の囁きと共に、虚空堂が静かに崩れ落ちていく。
そして、1999年12月31日。
東京、渋谷の交差点。
誰にも気づかれず、一人の男が夜の街を歩いていた。
彼の手には、もうギターはない。
だが、その背にある“沈黙”が、確かに何かを語っていた。
世界は、何も知らずに、2000年を迎えようとしていた。
第十章:音のない祝祭
2000年1月1日 午前0時00分。
東京・渋谷のスクランブル交差点は、凍てつく空気の中で熱狂の渦に包まれていた。
ビルの壁に設置された大型ビジョンがカウントダウンを映し出し、人々は一斉に「ゼロ」の瞬間を迎えようとしていた。
「5!」「4!」「3!」「2!」「1!」
――「HAPPY NEW MILLENNIUM!!」
割れんばかりの歓声。
紙吹雪、スマートではない当時の携帯電話のライト、飛び交う祝福の言葉。
この日を迎えるために人々はあらゆる“終末の不安”を笑い飛ばし、眠らない街のど真ん中で、新世紀の夜明けを祝っていた。
だが、その中心に立つひとりの男には、まるで別の時間が流れていた。
男の名は、鳴神 烈(なるかみ・れつ)。
元ヘビメタバンド「VOID OVER DRIVE」のフロントマン。
現在は広告代理店を経営する社長――の“はず”だった。
けれど今、彼はそのどちらでもなかった。
歓声も、音楽も、まるで水の中にいるかのように遠ざかっていた。世界がモノクロに沈む中、烈だけが別の層に取り残されたように感じていた。
まるで、“この世界にはいない存在”のように。
「……あぁ、やっぱり、そういうことか」
彼は呟いたが、それに応じる者は誰もいない。
人々の間をすり抜けるように歩く。誰の肩にもぶつからない。ぶつかっても気づかれない。
まるで幽霊のようだった。
時を少し巻き戻そう。
1999年12月31日深夜。
虚空堂での“戦い”を終えた烈たち7人は、それぞれの“記憶”を代償に、世界を一つ救った。
碧い目の女が最後に残した言葉。
――「あなたたちが“記録されなかった”ことこそが、この世界に平穏をもたらしたのよ。」
それは、歴史に刻まれることのない英雄の証明だった。
彼らの戦いは、誰の教科書にも載らない。
けれど、あの夜、世界の裏側で何かが確かに“終わった”のだ。
烈はスクランブル交差点のど真ん中で立ち止まった。
ふと、ビルの巨大モニターが切り替わる。
流れてきたのは、まさかの楽曲だった。
――「VOID OVER DRIVE」
20世紀のカルト的ヘビーメタルバンド。その名もすでに知る者は少ない。だが烈にとって、それはかつての“魂の叫び”だった。
ギターのリフ。
不安定で粗削りなリズム。
シャウトというには歪んだ声。
そして、それでもなお、祈りにも似た音の洪水。
彼は目を閉じた。
「俺は……ちゃんと、守れたのか」
問いかける声は、虚空に消えた。
烈は、ポケットからカセットテープを取り出した。銀色に擦り切れたボディ。ラベルには手書きの文字。
「VOID OVER DRIVE」
烈は、スクランブル交差点の中央にしゃがみ込み、そっとそれを地面に置いた。
もちろん、誰もそれに気づかない。
だが、世界のどこかで、いつか誰かがその“音”を再生するかもしれない。
それでいい。
そう思えた。
烈は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
誰にも気づかれないまま、雑踏の中へ消えていく。
彼の視線は徐々に虚ろになり、やがてその場に膝をついた。世界は何も変わっていない。だが、烈の心は完全に壊れていた。
──誰も知らない、誰にも見えない。そんな場所で、彼は何度も戦い続けていくしかなかった。
光なき暗闇の中、彼の声だけがかすかに響いた。
「まだ終わっていない……まだ、終わらせない……」
しかしその言葉も、誰にも届くことはなかった。
上空――冬の夜の空に、うっすらと星が浮かぶ。
オリオン座。
静かに、穏やかに、その7つの星が光っていた。
まるで、今もこの世界を“見守っている”かのように。
世界は、終わらなかった。
でも、それは“たまたま”ではなかった。
誰にも知られず、
誰にも認められず、
誰にも賞賛されることもなく――
それでも、“誰かの祈り”が、世界を救った。
音は消えた。
だが、それは終わりではない。
それは、いつか再び鳴り響く“序章”なのだ。
終章:観測されなかった英雄
彼らは記録されていない。
だが、確かに存在した。
オリオンに導かれし7人。
合わせ鏡の世界で、虚無と対峙し、碧い目と向き合った者たち。
その名を誰も知らずとも――
世界は、今も彼らの上にある。
そして、どこかの未来で。
ひとりの少年/少女が、古いカセットを拾い上げる。
そして、再生する。
その音が、次の誰かを目覚めさせるかもしれない。
終わりはない。
音がある限り――