【あらすじ】
ネオンが照らす夜の街。平凡なコンカフェ嬢「るあ」こと如月彩音の人生は、謎めいた常連客「おじさん」との出会いで一変する。
殺し屋の遺産。
隠された血の秘密。
彼女は「K-17」――選ばれた運命の被験体だった。  
真の敵は自分自身なのか… 
夜だけが、彼女に光を与える。  
彼女は夜空を見上げ、笑顔でドアを閉めた。

★AIの妄想が激しくて、手直しが大変じゃ!
それではお送りします★

            −−「rua da amargura」−−


第一章「何もない白い世界」
 
 卒業アルバムの中の"私"は、少しだけ自信のある顔をしていた。 

「可愛いね」と言われることにも慣れてしまった日常。 恋人ができても、どこかで“これじゃない”と思ってしまう。
自分でもわからない理想と現実。
何もない白い世界。

 大学を卒業しても、特にやりたいことなんて見つからなかった。

今は、コンカフェ「夜なのにおはよう」でアルバイトをしている。
"るあ"という名前で呼ばれ、いろんな衣装を着て、違う誰かを演じる。 

それが、なんだか少しだけ楽だった。 

 昼間の仕事も始めてみたけど、自分が何をしたいのか、どこに行きたいのか、まるで霧の中だった。 
 占いにも行った。だけど、言われたのは「もうすぐ出会いがある」って。
そんなの、いくらでもある言葉でしょ。
 
 祖父母の家で暮らしている。けれど、祖父母は仲が悪くて、家はいつも空気が重い。 

 今日はクリスマス。
予定もないから、普通にコンカフェでバイト。 

 帰りのタクシー。
 白い世界が窓に反射して眩しかった。

「どうして、こんなに苦しいの?」
「アタシは、誰かに必要とされてるの?」 
 
 ある日、オーナーの知人に連れられて、一人のおじさんが店にやって来た。
全身蛇柄。蛇よりも蛇ってくらい、インパクトのある見た目。
そして、アタシと同じ真っ白い肌。


自己紹介をして、手書きの名刺を渡したけど、何度も名前を聞かれた。 

 そんな出来事もすっかり忘れていた頃、おじさんは一人でふらりと店に現れた。
よく喋る人だった。ほんとによく喋る。
だけど、それがなんだか楽しそうで、私もつい笑ってしまう。 

 それから、おじさんはちょくちょく来るようになった。
いつも少し酔っていて、いつも楽しそうだった。会話も増えた。ファッションのこと、仕事のこと、自分でもどうしたいのかわからないって話も。 

「なんの仕事してるんだろう?」 
「この人、アタシのこと好きなのかな?」

 ——いや、まさかね。

 私の「何も起きない毎日」が少しだけ揺れた。 

今日もおじさんが来た。 
なんだかちょっとだけ嬉しかった。 

「あなたと話すと、気持ちが軽くなるよ」 

そう言ってくれるのが嬉しかった。
 おじさんはいつもサングラスをかけていた。
帰るときは、さっと立って、振り返らずに去っていく。

「帰るときの美学」なんだって。

 ある日、エレベーターでお見送りをしていたら、非常階段の下から怒鳴り声が聞こえた。
アタシは慌てて覗き込む。

 おじさんが、黒いスーツの男たちに囲まれていた。

おじさんは一瞬私を見上げ、人差し指を夜空に突き上げた。

「три」


ロシア語?


 その瞬間、低い轟音とともに白いポルシェがビルの前に止まる。
 スマホで誰かと話しながら、運転手が降りてくる。 

 「два 」

 黒いスーツの男たちは動けない。
無数のレーザーポインターが男たちの額に当たっていた 。

 おじさんは、笑って私を見上げた。
「ゴメンね」と口が動いている。
そして、その場を去った。

「один」

風が吹いた。
知らない洋楽のバラードが聴こえる。
日常の空気に戻る。

 あれは、何だったんだろう。 

おじさんは、ただの常連じゃなかった。
おじさんは、あきらかに「裏の人」だった。

 「夜なのにおはよう」は変わらず賑わっていた。

 おじさんは、アタシにたくさんの話をしてくれた。

ブラジルのマラニョン州サン・ルイス近郊の町、アルカンタラの「rua da amargura」って通りの近くに住んでいた頃の話を懐かしそうに話していた。


おじさんは、「若い頃にできなかった恋を、あなたを通して体験してるんだ」なんて言ってた。 

 心臓が悪いらしくて、長くは生きられないって笑ってた。

 でも——おじさんは、急に来なくなった。

 風の噂で「死んだ」と聞いた。

 ポストに封筒が入っていた。
中身は、どこかの鍵。白蛇の紋章が入った車の鍵。通帳。
"私"名義の通帳には、見たこともない金額があった。

 おじさんのマンションは何度か行ったけど、通されるのはいつも決まった部屋だけ。受け取った鍵は"いつもじゃない"部屋の鍵。
中に入ると、そこには大量の武器があった。

おじさんは殺し屋だった。

彼は日本人だけど、ロシア人でもあった。
親に捨てられ、ロシアで育ち、殺し屋として英才教育を受けてきた。

 殺したのは誰? 
なぜ殺されたの? 

 そして——私にこの「鍵」を託した意味は?
 
 "復讐"という感情が生まれ、身体の中で何かのスイッチが入ったように感じた。


第二章「蛇の抜け殻」 

 あの日、アタシは鍵を握ったまま、部屋の中でしばらく立ち尽くしていた。 ポルシェはマンションの地下駐車場で静かに"私"を待っている。  "いつもじゃない"部屋は、異様なほど整頓されていた。

 無数の銃、ナイフ、通信機、変装用のウィッグ。机の引き出しには、複数の偽造パスポートと、各国の紙幣が無造作に詰まっている。
 壁には、手書きの地図と、無数の名前が水色の線で繋がれていた。

 その中のひとつに——"私"の名前もあった。
 
「……なにこれ……」

 脳が現実を処理しきれないまま、私は震える手で手紙を開いた。 

『生きろ。目を逸らすな。お前は誰より強い。それを俺だけが知ってる。』 
 それだけだった。 

 風の噂は、すぐに現実になった。

知らない番号からの着信。
無言の通話。
マンションのポストに挟まる、一枚の写真。
写真の中には、死体と見覚えのある「蛇柄のシャツ」が写っていた。

 殺された場所は、六本木。

 首謀者は、かつての仲間——いや、処刑部隊の一員だった男。 

 おじさんのコードネームは
「ヴォロノイ(Воробей)」。
 ロシア語で“雀”という意味。 
 殺し屋にしては、やけに可愛い名だ。

その名を検索すると、闇の掲示板に辿り着いた。そこには彼の功績と、彼を「裏切り者」として殺した者の名前が堂々と晒されていた。 

「ミハイル・コルサコフ」

 おじさんを兄と慕っていた弟分。
現在、日本に潜伏中。
麻布の高級クラブを拠点に、武器密売の中継地を牛耳っているらしい。 
 
アタシは、鏡の前に立つ。 
コンカフェの制服ではない。 
蛇柄のシャツを着た自分が映っていた。 

「やるって、決めた」 

 テーブルの上に広げられた銃。
触れたこともないはずなのに、不思議と手が覚えている。
 それは、おじさんが手品だって教えてくれた手の動き。身体が覚えている。
たぶん。
じゃなきゃ、説明がつかない。

身体のどこかで、彼の記憶が息をしている。 

ポルシェのエンジンを回す。
アクセルを踏む音が、低く唸る。

行き先は麻布。
夜の街を、蛇が滑るように走り出した。


第三章「カクテルグラスの中の死」 

香水の匂いが、記憶を曇らせる。
麻布十番、夜のグラスの中に沈んだ都市の匂い。
潜入先の高級クラブ「アチーヴ」は、外から見れば普通の店。でも中身は違った。
カウンターの奥では、現金よりも命のやり取りが静かに交わされている。

アタシは「ヴォロニカ」と名乗った。 

客に媚びない女。
笑わない女。
冷たいグラスのように透明で割れやすい存在。 

 その名前を出した瞬間、店の空気が一瞬だけ揺れた気がした。
 黒服たちの目が、刺すように私を測る。
でも構わない。アタシは獲物じゃない。
 獣だ。 

 標的は、「ミハイル・コルサコフ」。
 おじさんの“弟分”だった男。

 彼は今や、表の顔は輸入宝石のディーラー、裏の顔は武器仲介人。
 彼は毎週金曜日、決まってカウンター席の一番奥に座る。
 ピンク色のカクテルを二口だけ飲み、あとは女に飲ませるのが癖。 

 その夜、私が指名された。

 ミハイルの目は深く濁っていた。
あの日見た、おじさんの死体の上に座って笑っていそうな目。 
 「名前は?」 

「ヴォロニカ」 

 彼はしばらく無言でアタシの顔を見ていた。
そして言った。 
 「……似てるな」

 それが、誰に対しての言葉なのかは訊かない。訊けなかった。
 代わりに微笑む。
ただの“アタシ”としての顔。 

 店を出たのは午前3時。
「もう一軒」と誘う彼に、私は頷いた。
 ポルシェに彼を乗せ、静かに都心を離れていく。
 助手席で煙草を吸うその姿に、おじさんの幻が重なる。 

 「なあ、あいつは何を望んでいたと思う?」
ミハイルが急に言った。 
 「人を殺すたびに、誰かを救ったつもりでいた。でも最後に救ったのは……女の子だった。ガキみたいな」 

 私は何も言わない。
代わりにポルシェを加速させる。 

 車内に流れるのは、おじさんが好きだったあのバラード。

郊外の山道。
 ミハイルが眠ったふりをしていたのは分かってた。
手には隠しナイフ。
 私がブレーキを踏むと同時に、彼の腕が動いた。 
 でも遅かった。 
 おじさんが残した武器の中に、彼専用の注射針があった。
「ミハイル専用」「即死じゃない」とメモがあった。
その針が、すでに彼の首筋に刺さっていた。 
 
「……お前……何者だ……?」

ミハイルの声が、濁った血の中に沈んでいく。 
 
「ヴォロノイの、娘よ」
アタシは嘘を言った。
 
 でも、彼はそれを信じたような目をしていた。

そして、安らかに、静かに、眠った。 

心の中で何かが静かに壊れていく。

 
第四章「ブラックリストの遺言」
 
 クラブ「アチーヴ」の地下には、会員ですら知らない扉があった。
 赤いベルベットの壁紙、その奥に金庫のような鋼鉄の扉。 
 鍵はミハイルのジャケットの内ポケットに入っていた、指紋認証付きの黒いUSBだった。
開かれた部屋には、冷たい空気が漂っていた。

 監視カメラの映像、会話の記録、契約書、命の値段が書かれた一覧表。
命が売られていた部屋。
その最奥に、古びたバインダーが置かれていた。
黒い革張りの表紙。金のインクでこう書かれていた。 
 
「Чёрный список」——ブラックリスト 
 
 中を開いた瞬間、アタシの心臓がわずかに跳ねた。
 1ページ目に記されたのは、十数名の名前。
その横には、
それぞれのコードネーム
国籍
対象の理由
そして実行の可否

その中に見つけた。

CODE:VORONOI 
NAME:Юрий・Яковлев(ユーリ・ヤコブレフ) 
STATUS:除名/処分対象 
備考:日本での関与が確認され次第、抹消。 
 
おじさんの名前。
コードネーム「ヴォロノイ」。 

“裏切者”とされた日付は、アタシと初めて出会った少し前。
つまり——
おじさんは、命を狙われると分かっていて、
それでも私に会いに来た。

 ページをめくる手が止まった。
最後のページ、右下に、手書きのメモがあった。 

「最終対象」 
NAME:rua(るあ) 
STATUS:保留 
備考:処分対象とするか、保護対象とするか未決 
関係:個人情報未照合 
手書き補記:「必要なら、殺せ。守れるなら、守れ。」 

 それは、アタシの源氏名だった。
 
 誰が彼に、私を監視対象にしろと命じたのか。
その答えは、バインダーの最後に挟まれていた、マイクロSD残されていた。

 夜の部屋でノートパソコンを開く。
ザラついた音質の向こうから、おじさんの声が聞こえた。 
 「……これは俺の記録だ。依頼内容には従ってきた。裏切ったことはない。でもひとつだけ、従えない。

“るあ”と呼ばれている少女は、"影"ではない。

あいつは——俺が最後に救いたい人間だ。
あいつだけは、俺の手を血で染めずに済ませたい。……そう願って、何が悪い?」

声が止まり、無音になる。

夜が明けていく。 

何もかもが変わったはずなのに、コンビニの袋のシャカシャカという音は昨日と同じだった。 

自動ドアに映るアタシは、ただのバイトの女じゃなかった。 
けれどまだ、何者でもなかった。

でも決めた。
アタシは、おじさんの遺言を生きる。
殺すべきなら殺す。
守るべきなら守る。

その判断は、アタシ自身の意志で決める。


第五章「影」

 人は死んでも、影は死なない。
記憶の中で踊り続ける。
 誰にも見えないまま、夜の路地を静かに行進している。 

 アタシは追われていた。
誰かが尾行している。
地下鉄、交差点、エレベーターのミラーの中。ふとした瞬間に視線がぶつかる。
 だが、確信は持てない。
追っているのか、守っているのか、それさえも不明。 

 でも、始まっている。

「夜なのにおはよう」には.もう出ていない。
"るあ"は、殺し屋の遺産とともに姿を消した。 
 
おじさんの部屋で見つけた、詳細な“名簿”。
次の名前は、「如月彩音」
——アタシの本名だった。
 
意味が分からなかった。 その横に、小さな手書きでこうあった。

「影法師計画 被検体K-17」
「観察対象」 
「適合率89.2%」
    K-17。
 17番目の「何か」らしい。

そのとき、スマホが震えた。

画面に表示されたのは、登録のない番号。
恐る恐る出ると、受話器の向こうから流れてきたのは—— 
 「まだ終わってないよ。“本物のヴォロノイ”は、君のおじさんじゃなかったんだ。あれは、ただの“代役”だ。」 
 
アタシは言葉を失った。

なら、あの人は一体、誰だったの? 


第六章「バラードは流れない」 

 アタシは、凍った街に降り立った。
 ロシア——サンクトペテルブルク。 

 凍る息。
 低く唸る風。
 異国の街は、静かにアタシを飲み込んだ。
空港の出口に、ひとりの女が立っていた。
 白金の髪、長いコート、片方だけの赤い手袋。
 
「ようこそ、“K-17”。ヴォロノイの娘。」 

 アタシは首を横に振った。  
 
女は一度だけうなずいた。そしてこう告げた。 
 「でもあなたは“創られた”存在よ。あなたの細胞は、かつて“処分された”ヴォロノイの記録に適合した唯一の因子。

 本物のヴォロノイは、ずっと前に殺された。
あなたはその“再起動”。」 
 
足元がぐらついた気がした。 
 
施設名:ゴルゴータ 
 正式名称:地下47号遺伝子適合被検体養成区 画
 通称「影法師製造工場」。 

 壁には、無数の被検体ナンバーが彫られていた。

 K-1:脳死/解剖済
 K-2:逃走/射殺 
 K-3:発狂/自死 
……
K-17:失踪/未回収 
 "私"の名前だ。

 案内された部屋。
そこにはひとつの監視映像が、壁一面に流されていた。
制服を着た少女が、小さなカフェで笑っている。 

アタシ。コンカフェのアタシ。"るあ"

 画面の右上には、こう書かれていた。 
 「K-17 行動記録(日本・観察期間:第127週)」 

 震えた。
アタシは、ずっと“見られていた”。

そして声が流れた。
録音でも合成でもない、今その場に存在する“誰か”の声。 

 「ようやくここまで来たね。」 

 部屋の奥の影から、サングラスの男が現れた。
姿形はおじさんとそっくりだった。 
でも違う。
微笑まない。
手を差し伸べない。
血の匂いしかしない。

本物の“ヴォロノイ”。

「お前を殺すために創った。お前が不完全だから、あいつ——あのニセモノが心を動かされた。そのせいで、多くの仲間が死んだ。
 だがもう“リセット”する時だ。この世界に、お前の居場所はない。」 

 アタシは拳銃を構えた。

回廊の中で、記憶がフラッシュバックする。 

 おじさんが言っていた言葉。
「居場所は、自分で作るもんだ。
命を殺すな、自分を殺せ。
それでも残ったものが、本当のお前だ。」 

サングラスの奥で、目を見開くヴォロノイ。 
「殺さないのか。」 

「アタシは、おじさんと違って、殺し屋にはなれない。

 銃を捨て、アタシは部屋を出た。 
 振り向かなかった。

頭の中のであのバラードが流れるはずだった。

でも——何も流れなかった。


第七章「声なき証明」

 目を覚ますと、天井のシミがアタシを見ている。
 ここは、東京。
 
 帰ってきたはずの街なのに、アタシにはもう帰る場所がなかった。

おじさんがいないだけの世界。
ポルシェの鍵だけが、唯一の実感。

 カバンの中に、差出人不明の封筒。
中には小さなフラッシュメモリと一通のメモ。

 「あの男の罪を、あなたに残します。本当に知りたいなら、開いてください。開いたら、戻れません。」 

 アタシは、躊躇せずにパソコンに差し込んだ。
 記録されたデータは、簡素なフォルダに整理されていた。 

【観察記録】
【ターゲットリスト】
【K-17】
【最後の手紙】
最初に「K-17」を開いた。
中には、出生届のスキャン画像。
父:ユーリ・ヤコブレフ(国籍・不明) 
母:如月 真理(失踪) 
乳児登録名:如月 彩音(仮) 
 
そのファイルには続きがあった。 
施設の報告書。 
DNA適合率・89.2%。
戦闘適性・中。 
精神耐性・不安定。 
情緒形成・“愛によって歪む可能性あり”。

 ——あの人は知っていた。
アタシが、普通の人生を“選べるかもしれない”存在だって。

次に開いた「最後の手紙」。
画面に広がるのは、音声ファイル。
クリックすると、あの人の声が流れた。 
いつもより少し、静かな声だった。  

「ごめんな。お前に全部、押しつける形になってしまった。でも俺には、誰かの命を背負わせるしか道がなかった。人を殺すことが、俺にできる唯一の“証明”だったんだ。」 

 間があって、息を吐く音。 
「お前には、同じ道を歩んでほしくなかった。愛される側にいてほしかった。だから、俺は“父”ではなく、ただの“酔っ払ったおじさん”を演じた。」 
「好きだったよ。娘としてじゃない。一人の人間として。お前が俺を救ったんだ。」

 ——録音は、そこで終わった。 

 涙は、出なかった。 
もうアタシは泣けるほど、柔らかくない。
けれど、心のどこかが静かになった。
 まるで誰かが、ずっと重かったリュックを肩から降ろしてくれたみたいに。 

 リストの最後のページに、
水色の線で囲まれた名前があった。 
 
「K-0 ユリア・セルゲーエヴナ」

 “真の元凶”。
おじさんが最後まで手を出さなかった唯一の名前。
その横にはこう書かれていた。

「もし、彼女を殺すなら、感情を失ってからにしろ。じゃないと、呪われる。」 

 アタシは一度だけ深呼吸した。
 
夜の街を歩く。 
源氏名も、演じる役割もない。
でも、アタシは誰かになる。
 誰かのために、ではなく、自分のために。


第八章「罪よりも深く」 

 海の匂いがする。
空は広くて、どこまでも青くて、何も知らない顔をしていた。
アタシは、ブラジル、アルカンタラにいた。

 ここで、“ユリア・セルゲーエヴナ”は今も生きていた。

 彼女は、ただの人間じゃない。
国家を跨いだ諜報と暗殺のネットワーク“アクラ”の創始者。
おじさん——いや、ユーリ・ヤコブレフを「殺し屋」に作り変えた張本人。

「蛇の道は蛇」という言葉がある。
ならば、「アクラ」は何の道を歩んでいるのか。

アクラ――それは、旧ソ連時代に秘密裏に組織された、国家非公認の暗殺集団。
 ソビエトの崩壊とともに姿を消したかに見えたが、その本質は生き延び、より黒く、より静かに、世界の裏を這いずり続けていた。

その目的は単純で残酷だ。

「不要な者の排除」
「秩序の維持」
そして、「情報の独占」

 彼らは正義ではない。悪でもない。
ただ、世界を「彼らにとって都合のいい形」に保つためだけに、人間を数として処理し、都市を実験場に変える。

アクラの真の恐ろしさは、殺しの技術ではない。
「どこにでもいて、誰でもない」という存在の希薄さだ。
記録には残らず、声も残さない。
だが、その意志は、コードネームと任務の中に息づいている。


影法師計画。
 それは、「人間を捨てるための計画」だった。   アクラが20世紀末、冷戦崩壊の混乱の中で密かに始動させた、**「人間を影に置き換える」**ための極秘プロジェクト。

 目的はひとつ。 「殺し屋に感情はいらない」 「記憶はいらない」 「痕跡も、存在も、必要ない」 人のかたちをした“影”――記録されず、追跡できず、思想もなく、ただ命令だけを実行する存在。 AIではなく、クローンでもない。 魂の輪郭すら持たない、完全な“影法師”を作り出すこと。 

 アクラは孤児・囚人・拉致された人間たちを素材として集め、人格を剥ぎ取り、記憶を消去し、別の「模倣人格」を移植した。 人格は合成されたプロファイル。元となったのは過去に活躍した凄腕の暗殺者たち――つまり、**「影を影に焼き写す」**工程だった。
 生まれ変わる者には名前も未来もない。 ただ、与えられるのは一つのコードと、実行命令のみ。 「感情のない兵士が最強だというのなら、感情の“模造品”を与えればいい」 「記憶が人間性を生むのなら、“捏造された記憶”を使えばいい」 「影は、主の姿を写す。それなら、“誰かの影”に過ぎない存在は、どれほど都合がいいだろう?」 

 アクラはそうして、何百という「影法師」を造り出した。 その一部は既に社会に溶け込み、政治家、警察官、ジャーナリスト、そして殺し屋として、世界のあちこちで“裏側”を操作しているという。 

 この計画の失敗は許されなかった。 それはアクラの“神の計画”であり、 裏世界の“アダムとイブ”を生み出すものだった。 そして―― その影法師のひとりが、ユーリ・ヤコブレフだった。

 古い大邸宅を改装したホテル。
そのロビーで、アタシは女を待った。 


午後3時。
時間通りに、その人は、まるで亡霊のように現れた。
艶やかな銀髪。
無表情な瞳。
完璧に整えられた口紅。

ユリア・セルゲーエヴナ。

「あなたが、ヴォロノイの“影”?」
声が冷たいわけでも、温かいわけでもなかった。
ただ、感情がなかった。
「私を殺しに来たの?」

アタシは首を横に振った。

「あなたを、“忘れさせに”来たの。」

 二人きりの部屋。
アタシは机の上に、USBメモリを置いた。
そこには、あのおじさんが記録した全てがあった。

殺した日。
裏切られた夜。
命乞いの声。
流した涙。
そして、アタシの動画。
笑っていた。
店で。
電車の中で。
ポルシェの助手席で。

ユリアはそれを黙って見ていた。

やがて、薄く笑った。
「あの男は、自分の“過去”をあなたに託したのね。」

アタシは答えた。
「あの人は、誰かを殺すたびに自分を削ってた。最後に、自分の“人間”の部分を残したかったんだと思う。

ユリアは目を伏せた。
その瞬間、ほんの少しだけ、女ではなく“母親”のような顔をした。

「私が殺したのよ。あの男の“未来”を。命じて、命じて、命じて、奪わせて、やがて“感じること”を忘れさせた。」

沈黙が降りる。

「それでも、あなたに彼の“痛み”はわからない。」

アタシは、静かに言った。
「違う。」

彼女の瞳にはロシア語の文字が螺旋のように流れ始める。

その日の夕方、ユリア・セルゲーエヴナは
記憶喪失として保護された。

誰かの手によって。

 もしかしたら、アクラ内部の粛清。
あるいはおじさんが残した「最後の保険」だったのかもしれない。

 彼女は今、病院のベッドでただ星を見上げているらしい。
名前も、過去も、アタシのことも、もう覚えていない。

 アタシは帰りの飛行機の中で、ふと思った。
これで復讐は終わったんだろうか。
殺してもいない。赦したわけでもない。

ただ“無に還した”だけ。

 でも、それでよかったのかもしれない。
“存在を消す”ということは、
“生まれなかったことにする”ということ。

 おじさんが、最期に望んだ未来は、
アタシに“誰も殺させない”未来だったのかもしれない。


最終章「夜だけが眩しい」


ポルシェのエンジンをかける。
メーターパネルに浮かぶ文字。

3 три 
2  два 
1 один 

サンバイザーから、何かが落ちてきた。

写真。
若い頃のおじさん。

裏には、ロシア語でこう書かれていた。

Марии
Твоя дочь всё завершит.
Увидимся в будущем.
— Юрий

マリへ
お前の娘が、きっと終わらせる。未来で会おう。
ユーリ

アタシはアクセルを踏んだ。

夜だけが、眩しかった。
昼の光はアタシを照らさなかった。
誰かの夢、誰かの理想、誰かの正義。
全部が眩しすぎて、アタシには白にしか見えなかったのかも知れない。

でも、夜。
闇のなかに浮かぶネオン。
光る看板。
酒の匂い。
笑い声と寂しさが混ざった街。
そこにだけ、アタシの居場所があった。

アタシは今、自分の店を持っている。
名前は「rua da amargura」
ポルトガル語で“茨の道”

カウンターの奥にある一枚の写真。
おじさんと、"私"。
満面の笑顔のふたり。
ポルシェの前で、なぜかプリクラみたいなポーズ。

来る客は、ほとんどが夜の住人。
水商売の子、しがないミュージシャン、何かから逃げてる人、
そして――時々、“そういう仕事”の人。
みんな、自分を演じて生きてる。
自分じゃない仮面をつけて。

「誰かに必要とされてるのかな」
そう問いかけたアタシは、もういない。

今のアタシは、
誰かに必要とされるんじゃなくて、
誰かを必要としたいと思える人間になった。

それが“愛”ってやつかは知らないけど、
多分、それでいいんだと思う。
「Is This Love」
おじさんが好きだったバラード。

ふと、スマホに通知。
非通知。
無言電話。
3秒間の沈黙。
いつもの、あの“癖”。
アタシは小さく笑った。

「見てるんでしょ?」
写真の中のおじさんに呟く。

ポルシェはもう手放した。
今は中古のワーゲン。
でもそれでいい。
それが、アタシの速度だから。

「夜だけが眩しい」
それは、
光よりも強くて、
闇よりも優しい、何か。

それを見せてくれたのは、
殺し屋で、
孤独で、
優しくて、
そして、いつも笑っていたおじさん。

店のドアに鍵をかける。
ビルの谷間に、少しだけ朝の匂い。
ひんやりとした風。
暗い空の色が紫に変わり、やがて水色になる。

空はちゃんとそこにある。


エピローグ「rua da amargura 風の匂い」

 波の音が、まるで遠い記憶のように打ち寄せていた。
乾いた風が髪を揺らしている。

 私は白紙に近い手紙の上で、ペンを止めたまま、じっと海を見ていた。
インクの匂い。潮の匂い。そして、煙草の残り香。

彼が日本に来た理由。
それは、誰の命令でもなく、誰かの復讐でもなかった。
一人の少女の名を、リストの最下段に書いた、あの夜から。

彼は、その少女が生きていると知った時、かすかに笑った。
記録では死んでいるはずの名。消えた名。灰の中に葬られたはずのもの。

けれど、東京の片隅のコンカフェで、生き延びたその瞳を見たとき、
彼は、もう一度銃を抜くことを決めたのだった。

その瞳が、誰かの復讐に使われるくらいなら
自分がその弾丸になってしまったほうが、まだマシだと思った。

彼の手帳の最後のページ。

「如月彩音」
その名前だけが、書かれていた、

私は、手紙の続きを書き始めた。

遠くで鐘の音が鳴った。ブラジル、アルカンタラの町に夜が落ちてくる。
私は封筒を閉じ、砂に埋めた。それは、彼に宛てた最後の返事だった。

翌日。
サン・マルコス湾を見下ろす高台の通り「rua da amargura」の隅に無名の墓が建てられた。
名前も刻まれず、バーボンのボトルが供えられてた。

誰も知らない。
彼が誰だったのかも、どうして日本に現れ、どうやって消えたのかも。

だが、風だけが知っている。
かつてそこに一人の男がいて、名も告げず、愛も語らず、ただ一人の少女のために死んだということを。

私は、花を一輪だけ置いた。
白い、海辺の花だった。

そして、静かに言った。

「さよなら、おじさん」

 風の匂いがする。

ある日。
Is This Loveが流れる「rua da amargura」
カウンターに座った女の子が言う。

「わたし、ずっと夜が怖かった。暗すぎて。
でもこの店にいると、ちょっとだけ――眩しい。」

'"私"は、何も言わずにグラスを拭いている。
それでいい。
それが、今の"私"の仕事。

夜だけが、
やっぱり、
今でも――眩しい。