モラトリアムの延命 -30ページ目

ブルースを聞きたい

なんとも言えないことばかりですね

もやもやとした、不満の様な愚痴のような

登場人物はみんな子供


偉そうなことは言いたくないが、ネットリテラシーは確かに年々低下してる気もする

形式ばかりに目がいくものと、やりたいようにしかやれないもの。

前者は方向性がおかしくて、後者は自己犠牲がなさすぎる


責任は感じるけどさあ

滅入るね、気が。



iPhoneからの投稿

振り返ることなく 天国のドア叩く 天国のドア叩く


普段あまりしない、たらればの話しでもどばっとしてみようかと思う。


色々やってみればよかったなあと思うことはある。やはり僕はとても消極的だし、いつでも人に笑われてるんじゃないかと怯えてる情けない部分は根本的には消えてはいないからやらずに終えるばっかり。たまーになんだかなあと思う。別に今は今で楽しいからいいじゃないって、それもやっぱりほんとなんだけど。

きっと逃げのようなものがあるんだろうなあ。

近いものではギターボーカルを本気で練習してみたほうがよかったのか。

遠いものでは、演劇、お笑いなんてものに興味もあった。演じるほうが好きだったんだろうな。思えば劇とかは小さい時好きだった。

そういうのを頑張っても意味がないと言う価値観で育てられて、本気でそうだと思って頑張らなかった。それは割とほんとに親を恨んでる。

それって違うんじゃないかってうすうす思ってからも、中々踏み出さなかったのは自分のせい。だけどね。

そんな中で音楽はバンドは実体験的にぶち抜かれて、唯一すがりついてのめりこんできたものだから当たり前のように僕はそれを優先する。

どんな瞬間だって僕にとってバンドをやってる時間と言うのは、他のことをしている時間より楽しすぎるものなのだ。

なので本当に自然に「やれればやる」のだけど、それは中々意外に見られたりもするらしい。

まあ、ほんとに、好きなんだ。

おわらいとかはもっと通る声をしてればほんとにやってみたかもしれない。
多分劇の方があってると思うけど。

まあでもやってる人からしたらなめんなって話なんだろうなあ。

ベース頑張ってるけど、ボーカルのがいいのかなあやっぱり。悩む悩む。


大学の音楽の友人は、大学を卒業したらもうやらないだろうね、っていう人がほとんどで、そういうのが本当に信じられなかったりする。別に俺が大学で勉強をしなかったのと同じことなのだけど笑

それは全然いいんだけど、年取った時にギターを部屋に飾って、音楽を語るなんてことはしないでくれよ、とは思う。

プレーヤーにならないんなら、純粋にリスナーであるべきだ。

だからステージで振りしぼらない人(というか自分の美学を持たない人)は、なんでステージ立つんだろう、と思ってしまうことがある。

美学があるのに緊張で出しきれない人は、もったいないなあ、頑張って欲しいなあと思うけど。



まあゆらいでもなんでも、センスがあろうとなかろうと3年も僕がやりたいことに取り組んだのは生まれて初めてなので、ベースは大事にしようと思います。

学生生活が終わるのは本当に嫌なので、せめてそのエネルギーで死ぬほどかっこいいことはしてやる。


さよならサリンジャー

ねえ結婚しようよ 子供つくろうよ そうして世界は一つになるのだ


ブログ書くなら卒論かけって話。
今日何もしなかったからあと5日で1万5000字。書くこと決まればいけるんだが、どうにも難しいなあ。
まあなんだかんだやるでしょう。卒業できないものじゃないと。


パソコンの調子があやしくて、明日にでも音楽データとか外付けのハードディスクを買って写しておこうと思いました。ええ。


上手くなりたい欲が最近またむくむくと。
もうちょっとでもうちょっとでもうちょっとかっこよくなれると思うんだけど。

卒業ライブに対するモチベーションがめちゃくちゃ高いなあ

最後にロックやってやろう


綺麗な夢しか見ない人も
綺麗な夢を馬鹿にする人も

どっちも好きじゃないのですよ僕は


みんな友達さ!も
俺らは親友だよなも

どちらも好きじゃないんだよやっぱり感覚的に

辛いときだけ気づけばいいと思うお互いに。



後輩の引退は素直にめでたいけど、色々考えはした。
なんというか、自分にも彼らにもふがいないものがあるなあと思わざるを得なかった。

まあでも、それを言うのは無粋。



くるりの東京と、事変の修羅場で、これだ!!っていうグルーブを久々に(というか初めてかもしれない)かんじた 。
だから、やっぱり、やめられない。


繊細に荒々しく。精進あるのみ。