生きていく中で、線というか壁の、向こう側とこっち側、というのを感じることがある。
多分、自分の人生という森の中を歩いていく中で、あれ、こっちに行きたい気がするけど、なんか行けないな、という時があって、
さっさと見切りをつけて、その前を素通りして、行ける道を行くときもあれば、
何とか向こうに行けないかと、できる限り、扉を探してみることもある。
壁を強行突破すべく、壁を壊しにかかったり、よじ登ったり、近くの人の手を借りたり、自分自身を鍛えてみたりすることもある。
壁の向こうをみて、自分はなぜ行けないのかと、涙することもあるかもしれない。
向こう側を目指した結果。
あっさり行けることもあれば、
なかなか行けずに、ようやく行けることもあれば、
気持ちが折れたり、時間が無くなったり、そもそも何かが足りなかったりして、
行けないこともある。
そして、行った結果、
想像を超えるような楽園が開けていることもあれば、
またすぐに次の壁に当たることもあったり、
行けたけど思っていたところと違ったということも、あるだろう。
人によっては、そんな壁はほとんどないこともあるだろうし、
いつだって、やたらと壁に当たる人も、いると思う。
向こう側を望むか、望まないかも、
その気持ちを自分でどう対処し、その結果どうなったか・・・
そして、それによってどんな思いをするのかも、
人ぞれぞれで。
生まれ持った能力や環境、成長する中で培った考え方により、
生きていく中で、どれだけ壁に当たるか、
そして、その壁をどうするのか、
そして、その選択をした自分をどう思うか、
おそらく、そうそう同じものはないだろうし、
全く傷つかない正解も、多分、ない。
健康、容姿、人徳、学力、体力、財力、
受験、進学、試験、勝負、就職、仕事、
恋愛、結婚、出産、家族、
人が、やすやすと手にしているものも、
自分には、全く手が届かないかもしれない。
人と比べて悔しがっても、仕方がない。
平等って、多分そういうものではない。
生物が等しく同じなんてあり得ないし、
人為的に調整した、そこそこのラインが、限界。
ただ、向こう側に行きたかったら、
そして、行く努力をする機会が許されるなら、
行く努力をしてみるのが、いいのかな、とも思うけど。
やらないで諦めるより、
やってダメだった方がいい、ともいうけれど。
欲しくて、努力して、手に入ったらそりゃ気持ちいいだろうけど。
最初から欲しがらない方が、
欲しくて努力したのに手に入らないより、
辛くないことだって、あるかもしれない。
どんな風に、自分の人生という森を歩いていきたいのか。
自分に、正直に、というのはひとつあるけれど、
自分は、あんまり、苦しくない方が…
笑っていられる程度の頑張りが…いいな…なんて思いながら、
大人しく、してりゃいいのに。
現状の幸せを、いいところを、感謝して享受してりゃいいのに、
身の丈なんてわからずに、
挑戦×失敗 と 挑戦×成功 が 4:1くらいかなぁ…。
記憶にも残らないくらいさっさと諦めた壁はいくつかわからないけど、
ちょっと張り切って向こうに側いって、未だによかったのかわからない壁だってあるし、
途中で投げ出した壁は、そこそこ痛い記憶だし、
無事に向こう側行って、ほっとした壁も、いろいろある。
身の丈なんて一生わからないまま、ただやれそうなことを
ちょっと浅はかにやってしまうのが、自分の星のようです。
あんまりクヨクヨしないで、健康には感謝して、今この道をいこう。
と、へこんでは気を取り直す、今日この頃でした。
