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要旨:
月日の五行を考えてみます。
月日は相対的か絶対的か、どちらでしょうか。
日本中、誰にも同じ月日の五行が適応されることから、絶対的に感じられます。しかしそれも仮の定義づけに過ぎないかも知れません。
六爻占術で月日から剋されていれば、ほとんど打つ手がありません。月日の生剋は一方方向で、地上から月日に対して生剋をかけることは出来ません。その意味では、月日は絶対性を感じさせます。
しかし月日に対して生剋は出来なくても、日に相冲をかけることは可能なのです。しかも日を冲しても、その作用が効くのは本人だけです。この事からは、日は相対的ではないかと思えます。

月日に関する大問題の一つは、起点をどうやって決めるかという問題です。
いつを月日の始まりとするのでしょうか。そして始まりの五行や十二支は何にすればいいのでしょうか・・。
私は、惑星が回転(自転と公転)を始めた時が、月日の起点ではないかと思いました。
回転がキーだとしたら、次の問題を考えなければなりません。
どんな物でも、回転さえすれば五行は発生するのか・・です。例えば惑星ではなくメリーゴーランドが回っても、五行が発生するのかどうかです。
もしも私が地球圏を脱して宇宙空間で回っているメリーゴーランドに乗れば、私はその回転の五行を受けると思います。
もっと考えを進めれば、地球が月日の五行を発生させているわけではなく、「私」が回転することで「私」の五行が発生するのではないか・・と。
これは大変な視点移動だと思います。

さて、静止衛星は地球の自転に沿って回っているので、地上から見ればいつも決まった位置に止まって見えます。その静止衛星に私が乗ったとき、月日の五行はどうなるでしょうか。
静止衛星は地球の周りを公転していますが、それ自体は自転していません。とすれば、月の五行は発生しても日の五行は発生しないでしょうか。
ここで地球を静止衛星が地表に接するところまで膨らませたとします。そうすると、地上の私達と同じように静止衛星内でも日の五行が発生しなければおかしいです。
この考え方でいけば、六爻占術では天体の月の影響を考慮しない理由が説明できそうです。
要するに、月や静止衛星は地球と同じように回っているため「外側」にはなれず、地球上の私達の運命には影響しないのです。
六爻占術では天体の月だけでなく、木星も全く登場しません。それは、木星も地球も同じように太陽の周りを回っていて、互いに影響し合わないからではないでしょうか。
これらのことから言えるのは、自分が回らなければ五行は発生せず、その五行は自分の他には影響を及ぼさないということです。
さらには、太陽さえも、地球の回転を作り出すという以外に、地球の運命には影響を及ぼしてはいないのです。それ以外の事象は、全て運命に織り込み済みだからです。
地球も月も太陽も、大宇宙の全ての星々も、「私」の運命には無関係でした。
「私」の運命を作っているのは、単に「私」の回転だったのでした。
目次
○ 月日の五行ってどうよ?(1)
○ 月日の五行ってどうよ?(2)
○ 月日の五行ってどうよ?(3)
○ 他の惑星で、日はどうよ?
○ 「日」が決まった日
○ メリーゴーランドならどうよ?
○ メリーゴーランドから「回転」へ
○ 「私」が回ることが必要なだけかも知れません。だとすれば地球すら必要ないのかも
○ あの世はどうよ?
○ 大宇宙における時間の位置関係の接点の役をするのが「月日」ではないか
○ 「慣性力は反作用がない」って、どうよ?
○ 静止衛星の中の「月日」の五行はどうよ?
○ 月(moon)はどうよ?
○ 木星ってどうよ?
○ とにかく「私」
○ 太陽はどうよ?
○ 「レベル0」
月日の五行ってどうよ?(1)
 
 相対的とは言えないかも知れない問題があります。それは「月日」の五行です。
 今日は辰月申日なので、月は土の五行で、日は金の五行です。
 日本中、誰にも同じ月日の五行が適応されます。
 これって「絶対的」ではないでしょうか?
 私が特に「絶対性」感じるのは、月替わりの瞬間です。節の切り替わりの瞬間を境に、月の五行が入れ替わるからです。それは午後の4時32分だったりもします。
 いえ、「絶対性」とも言い切れません。だって仮にそういう風に定義しただけかも知れないからです。
 とりあえずどこかに起点を「仮固定」しないと、地上系の私達の五行が決まらないからではないでしょうか・・。
 それにしても月日の五行が「絶対的」か「相対的」かは大問題です。なので今日は当然結論は出ません。
 月日の五行は、盲師派推命占術でも効いてきます。生まれた瞬間の五行が、一生はおろか、子孫にも影響を与えます。
 ここ数日は、「月日」に斬り込みたいです。
月日の五行ってどうよ?(2)
 
 月日すら、相対的ではないかという理由があります。
 それは用神が日から相合にあったりして身動きが取れないとき、その運命を改善するために日を冲することができるからです。
 この場合、日が絶対的なものなら、次のように叫ぶ人がいそうです。
「誰だぁ、勝手に日を冲したのは?俺の卦にとっては日は忌神と相合していたので、冲されると困るんだぁぁ。」
 もしも日を冲するという行為が太陽にロケットをぶち込んで振動されるようなものなら、それ結果は誰にでも効きそうです。しかし日は、冲した本人にしか効きません。
(日は太陽そのものではありませんから、誤解しないように・・)
 これによっても、やはり月日すら「関係性」なのではないかと思います。
 しかし、一つ問題があります。
 月日は地上から冲したり合したりできますが、生じたり剋したりすることが出来ません。
 例えば月日が忌神を生じている場合、月日を剋して弱めるという手があれば便利ですが、それは出来ません。
 生剋に関してのみ、一方方向なのです。
 しかもその作用は決定的です。月日から生じられたり剋されたりするだけで、運命はほぼ「決まり」です。月日から剋されていればどんな運命変更も、大抵はダメです。
 ある意味、月日は神に近い存在です。
 でもそれすら「ルール」かも知れません。紐があった場合、どこかに「仮固定」した一端を作らなければ、縄跳びすら出来ないと思うからです。
月日の五行ってどうよ?(3)
 
 月日のルールは、次の二つだと思います。

1.一回転したら、次に進む
2.一回転は12個に分ける

 このルールにのっとれば、どんな惑星にいっても六爻占術が出来ると思います。
 でも問題になるのが「起点」です。
 その惑星に到着した日は、いったい何の五行の日にすれば良いのでしょうか?
 その惑星の地軸が傾いていなかったら、どうしましょう・・。
 そうです。地軸が傾いていなければ太陽はいつも同じ角度から照らしてきて、季節の変化が生じません。
 その場合、「月」の五行は変化するのでしょうか、しないのでしょうか・・
 私は変化すると推察します。なぜなら上に書いたルールの(2)に該当すると思うからです。地球の公転を単に12で割れば良い・
 でもやはり大問題があります。いつを起点とするか・・という話です。
 立春は年変わりですが、なぜ立春が「年の起点」となったのでしょかう。。
 うーん、分からない・・・。
他の惑星で、日はどうよ?
 
 他の惑星に降り立ったとします。
 私は六爻占術が出来るので、何としても六爻を使いたいと思います。でも月日が分からないのでは使いようがありません。
 その星は地球によく似ています。地軸の傾きもあり、季節の変化もあります。
 なので数年住んで、太陽の高さを観測すれば、月の十二支が出ると思います。月の十二支が出れば、五行が決定されます。
 でも、日はどうすれば良いのでしょうか?
 例えば「月」ならば、「この季節は暑いから、きっと火の五行なのだろう」とか見当を付けることが出来ます。でも今の地球で、二月の厳寒の日にだって火の「日」は訪れます。
 とにかく「日」は、単にグルグル回っているだけなのです。
 私は六爻占術で、場を取るのが結構上手です。なので天気を占ったとします。
 観測して既に「月」は割り出しているので、残るは「日」だけです。
 例えばその日が晴れていたとします。六爻占術で晴れは妻財ですが、それが生じられているかどうかで、日の五行を推定できます。
 こうして「日」を割り出したとします。
 でもこの方法が使えるとすれば、「日」というのは、絶対性に近い存在なのだと思います。 六爻占術という「計器」によって、観測可能だからです。
「日」が決まった日
 
>でもこの方法が使えるとすれば、「日」というのは、絶対性に近い存在なのだと思います。
>六爻占術という「計器」によって、観測可能だからです。
 昨日は、この記述で終わりました。
 では観測可能なのかどうか、考えてみます。
 地球であれ新しい惑星であれ、「日」の五行(十二支)を、そこの知的生命体が勝手に作ったのであれば、話は簡単です。
 私がその惑星に最初に降り立ったのだとすれば、「僕は卯年生まれだからウサギが好きです。なのできょうを卯の日と命名します」と宣言すれば良いのです。
 だからアポロ11号で最初に月に降り立ったアームストロング船長は「この一歩は小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」などと無駄なセリフは言わないで(笑)、「月における今日の「日」を卯の日と定義する。ウサギさんのお餅つきをしている絵が好きなので・・」と、はにかみながら言えば、本当に歴史に刻まれました。
 人類の一歩どころか、神の世界の一歩にも等しいからです。
 さて、話を惑星誕生に飛ばします。
 惑星とて「日」の誕生日があるような気がします。
 太陽から生まれたにせよ外宇宙から飛んできたにせよ、自転と公転を「何となく」始めた時です。「何となく」だって、「回転」がキーです。
 自転を始めた日・・・そうです、それはきっと子日か寅日になるのではないでしょうか。
 こうして考えると、やっと落ち着きます(何が?)
メリーゴーランドならどうよ?
 
 回転がキーではないかという話が出ました。
 では回転する物体は、地球くらい大きくないといけないのでしょうか?
 この問いの前には、一つの大きな仮説を通過しないといけません。
「回転するモノには何でも、十二支の変化が発生するのでしょうか?」・・です。
 そうだとすれば・・遊園地に行くとメリーゴーランドが回っています。あれも、十二支が発生しているはずです。
 もしも五行測定器があれば、メリーゴーランドが動き出したときから、変化を始めるはずです。
 メリーゴーランドに乗ったままコインを振れば、月日が変わるかも知れません(笑)。
 地球の五行のパワーが大きくて、メリーゴーランドの五行のパワーが小さいとしたら、ちょっと変です。置物の大きさは、運命変更には関係無いからです。
 この仮説が正しいとすれば、何も別の惑星に行く必要はありません。遊園地で、いくらでも実験できるはずです。

<中間問題提起>
● 問題提起1
 メリーゴーランドを、そのまま太陽系の軌道に持って行ったらどうでしょうか?
 現在のところ、次の理由が挙がっているからです。
・地球の重力があると無理
・動力で回ると無理
・らせん運動が無いと無理
 太陽系の軌道に持って行けば、この問題はクリアーされます。
 しかし、メリーゴーランドは地上にあったときと同じように回っています。
 宇宙空間なら五行の発生があるとすれば、なぜ地上では無理なのでしょう?

● 問題提起2
 メリーゴーランドを球体にしたらどうでしょうか?
 ほとんど地球と同じことになりますから、全く問題なく「月日」の五行は発生するのではないでしょうか・・。
 だとすれば、今までは何が問題で発生しなかったのでしょうか。
メリーゴーランドから「回転」へ
 
 現在、非常に重要なポイントにいると思います。
「回転」が月日の五行のキーかも知れないというところに、やっと辿り着いたからです。
 回転していないものは、「方位」できます。十二支が方位に割り振られ、そこに五行が配当されています。
 私の部屋の隣が娘の部屋ですが、私の部屋から見た東は、娘の部屋からでは西にあたり、五行が違います。間には壁がありますが、壁の五行は相反しています(笑)。
 娘の壁は「金」で、私の壁は「木」ですので、剋されています(笑)。しかし私の方の壁紙はまだ破れてきません。この謎が、まだ解明されていません。
 そのキーが、「回転」にあるかも知れないというので(理由などなく(笑))、今は、「月日」に挑戦しています。

 さて、回転に関して私が思うところがあります。

●回転には、時間が関係しています。時間が止まれば、回転は止まります。月日も時間の関数です。時間を代入することで、五行の値を知ることが出来ます。
●宇宙空間に何かを発射したとき、物体は直線に飛んでいきますが、あるところで星に引き寄せられ、その星の周りを回る惑星か衛星になるはずです。直進運動をし続けることは出来ないと思います。つまり世の中にあるものは、全て回転しているということになります。

 みなさんのレスの中には「らせん」だの「銀河運動装置」だのという単語が飛び出していますが、なぜ「回転」だけではダメなのでしょうか?
 ものごとの真理を発見していく過程は、どこまで単純化できるかにかかっていると思います。可能性がゼロでなければ、切り捨てるべきではありません。

 さて、能書きはこのくらいにして先に進みます。
 宇宙空間でメリーゴーランドを回したとき、その中に乗っている私には日の五行が発生していると思います。
 メリーゴーランドが太陽の周りを公転していれば、月の五行も発生していると思います。
 なぜなら、そのまま球体に変化させても、私の動く軌道は変わらないからです。
 これに何かしらの反論があれば、メリーゴーランドはやめて、イメージを地球そのものに戻しても良いです。
 やはり、「回転」だと思います。
 回転すれば、五行が発生する・・。いったい何故か?
「私」が回ることが必要なだけかも知れません。だとすれば地球すら必要ないのかも
 
 月日の五行の発生には、回転がキーではないかと書きました。
 レスの中には「換気扇とかが回っていても、五行が発生しているとは感じられない」といったような書き込みがありました。
 それは外から見ているからではないでしょうか・・。
 私がもしも地球圏を脱したら、地球からの月日の五行は無くなると思います。そしてメリーゴーランドに乗れば、その回転の五行を受けます。
 つまり宇宙空間にあるメリーゴーランドに乗っているから、回転で発生した五行の影響を受けるのだ・・と考えられるのではないでしょうか・・。
 こう考えると、「私」が回転することが大事なのではないでしょうか・・。
 何が言いたいかと言えば、太陽系の軌道上で、私の乗った小型宇宙船が地球と同じ運動をすれば、地球と同様の月日の五行が受けられるのではないでしょうか・・。
 もっと何が言いたいかと言えば(笑)、月日の五行は「地球」が発生させているわけではなく、「私」の運動が発生させている・・と。
 これがイケている仮説だと思うのは、方位の五行でも、本人を中心に十二支が決められるからです。
 全員に同じ月日の五行があり、絶対的に見えますが、単に同じ地域にいるということだけが理由かも知れません。
 今日は一つ、視点移動が出来ました。
 月日の五行には、地球すら不要かも知れないという・・。
あの世はどうよ?
 
 地球というブツに頼っている限り、行き着けない所がありました。それは、あの世です。
 地球というドデカイ物が回るから、すげぇエネルギーが発生して、それが「日」の五行だという見方ばかりしていました。
 ところが昨日の仮説で、「私」が自転公転運動をすれば良いのではないかという見方が「発見」されました。
 それでいけば、ブンブン回っている地球に五行測定器を持って行っても、何の反応も無いのです。
 ブツ同士の関係性から逃れることで、初めてあの世に行けそうです。
 でもまずは、成仏できない話からです(笑)。
 生まれ変わりの村では、あの世に行かずにこの世で過ごす霊たちがいます。あの魂たちは、おそらく地球と同じように回転しています。
 なので地球の「月日」と同じものの影響を受けていると思います。
 成仏して行くあの世がどこにあるか、よく分かっていません。仮にフォーカス27と命名したとしても、そこも回転しているはずだと思います。
 回転していなければ、月日の五行が無くなるからです。
大宇宙における時間の位置関係の接点の役をするのが「月日」ではないか
 
「月日」は何を表しているのでしょうか。それは「時間」だと思います。
 六爻占術において「卦」の側は、時間のみならず空間的な要素も加えられて、ありとあらゆる情報が入っています。
 昨日トラさんから私に来た宿題は、恋愛に関する件の判断でした。私は「妻財に官鬼が隠れていて、付き合っている女性が浮気をしている」と判断しました。それは当たりました。 
 もちろんこの女性に浮気の責任はありません(笑)。そういう運命の時間に「おぎゃあ」と泣いただけです。
 ところで「浮気」は密会しないといけないので、空間と時間が特殊な関係です(笑)。
 紛失物の判断なら、どこにあるかも出るときがあります。これは空間的です。しかし、いつ出てくるかも判断できるときがあります。これは時間的です。
 しかし「月日」には空間の要素はなくて、時間のみです。
 これはいったい何なのでしょうか?
 卦は、私達が生息している狭い世界の様子を表していると思います。タイムスパンで言えば長くて「一生」です。
 そこには、宇宙が始まって以来の「時間」が含まれていないと思います。
 卦がヒラヒラの短冊だとすれば、その短冊を吊す木が「月日」です(笑)。
 吊すことで、あなたの卦(ヒラヒラの短冊)の、宇宙の歴史の中での位置づけが判明します。
「確かに原神は発動しているれど、この程度だと、大宇宙では通用しないのよね・・おとついおいで」と言われ、月日の両方から剋されて「根無し草」になります(笑)。
 要は、大宇宙における時間の位置関係の接点の役をするのが「月日」ではないでしょうか。
「慣性力は反作用がない」って、どうよ?
 
 代ゼミが発行している物理の参考書(『為近の基礎物理Ⅰ・Ⅱ』)を買いました。いきなり開いたページには次のセンテンスが大きく書いてありました。
「慣性力は反作用がない」
 昨日は、月日は大宇宙を流れる時間ではないかと書きました。
 その時間がもしも波動だとしたとき、エネルギーを食っているのでしょうか?
 私の講演会では、宇宙の始まりからスタートして宇宙の終わりで反射してくる波動のグラフが描かれます。あのグラフは、エネルギーを食っているのでしょうか?
 ここで代ゼミの参考書が出てきます。
「慣性力は反作用がない」
 慣性力を言い換えれば、惰性です。
 ロケットが宇宙空間を飛んでいるとき、一度飛び出せばあとはエンジン噴射を切っても飛び続けます。惰性でどこまでも飛び続けます。だからエネルギーを食っていません。
 それはどこにも摩擦等がないので、反作用がないからです。
 何かで止めようとすれば、そこに反作用が生じてエネルギーを食い、ロケットの速度は落ちます。
 みなさんが惰性で生きているとき、エネルギーを食いません(笑)。
 惰性で生きているときは周囲に摩擦を生じないので、そのまま惰性で生き続けるだけです(笑)。
 話を月日に戻せば、講演会のあのグラフはやはり惰性だと思います。だからエネルギーを食っていません。

 さて、今日は少しだけ先にも切り込みます。
「卦」の側はどうでしょうか?
 卦の中の要素が波動だとした場合、エネルギーを食っているでしょうか?
 いえ、それ以前に大事な問いがあります。それは、ロケットに喩えれば、速度が変化したり、方向が変わったりすることがあるかということです。
 速度の変化や方向の変化は加速度を意味します。
 卦の中では、原神や忌神が発動したりと、派手に動いているように見えます。
「変化」があるとすれば、それは惰性ではありません。
 しかし我々の運命はみんな決まっています。
 その視点からすれば、「惰性で生きていないぞ。俺は100匹目の猿の法則を使って世の中を良くするんだ。」と息巻いてみても、やはりその人も惰性で生きているわけです。
 猿も人間も同じです。一匹目の猿すら、運命通りです。
 問題をもっと先まで切り込みます。いきなり2チャンネル風です。
 運命変更はどうよ?運命変更も惰性でしょうか?
 惰性でないとすれば、反作用が生じます。すると私がDVDで述べた仮説は違うことになります。
 でも、もう講演から三ヶ月も経っています。そんな過去に縛られる必要はありません(笑)。
 代ゼミの参考書、イケてます。書いた奴(為近和彦)だって、惰性で書いたのに・・(笑)。
静止衛星の中の「月日」の五行はどうよ?
 


 まずはいきなり『為近の基礎物理Ⅰ・Ⅱ』のページが出ました。
 写真のページの文中にもありますが、静止衛星とは気象衛星ひまわりなどのことです。
 地上から見て、いつも決まった位置にあります。止まって見えるので、静止衛星と言います。ということは、地球の自転と同じように回っているのです。
 もしもひまわりに私が乗ったとします。そのとき「月日」はどうなるでしょうか?
 地上と違う点があります。
・無重力である
・地球の周りを24時間で回っている(つまり地球と同じ)
・地上よりも早いスピードで回っている
 無重力と書きましたが、地球からの重力が無いわけではありません。ひまわりの遠心力と釣り合っているのです。
 地球からの重力が無くなれば、ひまわりは軌道を離れて、外に飛び出してしまいます。
 釣り合っているので、もちろんコインは落ちません。なので筮竹などで占う必要はあります。
 しかし問題は「月日」です。
 静止衛星は、それ自体が自転してはいません(正確に言えば24時間で一回転していると思いますが、これは後日考察します)。なので「日」の五行は発生しないかも知れません。
 静止衛星は地球の周りを公転しているだけです。そして地球が太陽の周りを公転しているので、静止衛星も太陽の周りを公転していると言えます。
 自転が無くて、公転だけです。やはり「日」の五行は発生しないかも知れません。

 しかしです。
 もしも地球を静止衛星のところまで膨らませたとします。すると静止衛星のところが地表になるはずです。
 ということは、静止衛星内でも「日」の五行が発生しないとおかしいです。
 自転していないのに、「日」の五行が発生するらしいです。
 これはとてつもない視点移動のような気がします。
 しかも静止衛星の方が運動しているスピードは速いです。だとすれば、地上よりも「日」の五行のエネルギーはでかいということになります(エネルギーならば)。
(静止衛星は24時間で自転しているので、今日はその点を省いて考えています。なぜかと言えば、明日は月(moon)を考えてみたいからです。)
月(moon)はどうよ?
 
 地球に近くてドデカイ衛星・・月
 月は潮の満ち引きに影響を与え、満月には月に向かって吠える変人まで出ると言います(笑)。
 そんな月が、運命からは全く無視されているのが不思議でなりませんでした。
 その理由が、昨日アップした静止衛星をヒントにして分かるかも知れません。
 月は同じ面しか地球に向けません。月の裏側は人工衛星が行って写真を撮るしかありません。これと静止衛星はとても似ています。
 地球を膨らませて、月まで届くくらいに大きくします。すると月が地表と同じになります。
 もちろん月は29.5日程度かけて地球を回っているので、完璧に一致はしません。でもそれは今回、無視します。
 何が言いたいかと言えば、衛星(月や人工衛星)はみな、地球と同じだと見て良いのではないでしょうか・・。
 だから私達にとっての「外側」になれないのです。
 だから月は地球に影響を与えることが出来ないのです。
 かなり荒っぽい仮説ですが、荒っぽさも大事です。
木星ってどうよ?
 
 太陽系最大の惑星・・木星
 木星の公転周期はほぼ12年で、十二支の「12」の由来すらも思わせます。
 しかし六爻占術でも盲師派推命占術でも、木星は一切登場しません。
 もしも物体そのものが五行を持つのなら、木星が「木」の五行を持った日には、物凄い影響を及ぼしそうです。「土」の土星は剋されて、木っ端微塵です(笑)。
 しかしそれはありません。
 ということは、やはりブツと五行は無関係なのだと思います。
 なぜ木星が地球の運命に関係無いのかと言えば、木星も地球も、同じように太陽の周りを回っているに過ぎないと思うからです。
 惑星同士は全く影響なし・・それぞれ「勝手にしやがれ」(笑)
 自転にしろ公転にしろ、自分が回らなければ五行は発生しないのです。そしていかに大きなパワーの五行が発生しようと、他に影響を及ぼす事は不可能なのです。
 今日もなんか、すごい気付きです(自分で言うなって)。
 しかしこうなると、星占いって一体・・。
とにかく「私」
 
 ジュピターだろうがmoonだろうが、私の運命には関係ありませんでした。
 だって盲師派推命占術にも、六爻占術にも、天機面相占術にも、金口訣にもジュピターやmoonは出てきません。
 何が関係すると言えば、「私」がどういう円運動をしているか・・ということです。
「私」は別に私でなくても良いです。アリンコの運命は、アリンコ自身の円運動にあったのです。他の天体がどういう動きをしても、「私」には全く関係無かったのです。
 しかし小さな羊の携帯ストラップで運命が大きく変わりました。
 視点を宇宙に飛ばしたとき、広大な銀河の様子に少し気が遠くなったものでした。宇宙を探査すれば、「私たちはどこから来てどこにいくのか」が分かるような気になっていました。
 大宇宙に比べれば、私達はちっぽけな存在だと言われ続けてきました。
 宇宙に行けば世界観が変わると言った宇宙飛行士がいました。
 しかし彼らはこぞって「夢を持てば実現するのです。だからこれからの子供たちに大きな夢を持たせたい」などと、一見目を輝かせて言います。夢、子供たち、宇宙・・
 しかし・・「私」の円運動でした・・。
 何億、何兆あるか分からない大宇宙の星々も、「私」の運命には無関係でした。
太陽はどうよ?
 
「どうよシリーズ」(笑)もいよいよ太陽系のトップを攻めることになりました。
「私」が回転すればいい・・だとすれば太陽は、回転を作ってくれるだけでいい。
 太陽の温度が下がれば、地球の生物は死に絶えます。だから太陽は地球上の生物の運命の全権を握っていると思われていました。
 しかし、それは大きな間違いでした。
 運命というレールの上で、太陽が原因の役割をすることは、ほんの少ししかありません。
地球の回転を作り出すことです。
 他の事項は全て織り込み済みなはずなのです。
 太陽の高さをもってして、月替わりが決まりました。でもそれは太陽の側に原因があるのではなく、地球の側にあったのです。
 六爻占術をやると「月日」は絶対という感覚があります。これに剋されたらアウトです。
 なので「月日」は、私たちの外側にある強力な「場」のような感覚がありました。
「月日」の「日」は、感覚的に太陽に当てはめる場合も多かったです。
 日に生じられているというのは、おてんとうさまに生じられているような・・。
 しかしおてんとうさまの役割は、とてつもなく小さいと思います。運命の中では・・。
「レベル0」
 
 太陽もパーツに墜ちました(笑)。
 次は「シリウスはどうよ?」や「プレアディスはどうよ?」や「アミ星はどうよ?」と続く予定でしたが、やめときます(冗談です。初めからする気無いです)。
 シリウスやプレアディスやアミ星にはレベルの高い生命体が住んでいて、レベルの低い星の生命体を指導しています。
(もちろん聞いた話です。だって科学者エリーをはじめとして(笑)数々の探査プロジェクトが知的生命体を探していますが、未だに見つかりません。なのに表記の知的生命体は、いきなり地球を指導しちゃうところがすごいです(笑))
 シリウスやプレアディスやアミ星もパーツでした。そこに住んでいるかも知れない「高レベル」な生命体も、自分自身の回転が「月日」を作り出し、剋されたりしています(笑)。
 五行は均等です。生じられているシリウス星人もいれば、剋されまくっているシリウス星人もいます(笑)。
 しかし先ほど書いたように、彼らは指導しようとしてきます。それを銀河同盟とか言うらしいです。
 う~ん・・作るべきは「被害者同盟」だと思います(笑)。
 何億、何兆とある星々も、全てパーツであり、運命通りに運行しているだけでした。そこに住む生命体も、運命通りでした。「成長」だって全て「織り込み済み」です。
 一匹目の猿も、二匹目の猿も、101匹目の猿も、全て「織り込み済み」です。
 アセンションどころの話ではありません。レベルどころの話ではありません。
 シリウス星人も、プレアディス星人も、アミ星人も、地球人も、今は全て「レベル0」です。「レベル0」なのに、高いも低いもありません。
 ゲームはこれから始まるのです。
五行を斬るー2

要旨:

五行を波動から斬り込んでみたいと思います。
波動には横波と縦波の二種類があります。音などの縦波は進行方向に振動し、媒質がないと伝わりません。水や電波などの横波は進行方向には移動せず、電波は真空中でも飛んでいきます。
さらに、横波には水平偏波と垂直偏波、そしてらせん偏波(円偏波)といった飛び方の種類があります。
六爻占術で卦を作るときに陽は右回転、陰は左に回転させることから、五行は横波のらせん偏波である可能性が考えられると思いました。
さて、五行が波動だとした場合、時間はどうなっているのかという大問題が生じます。
波動は縦波であれ横波であれ、時間がゼロだと波が出来ません。しかし六爻占術で場を取るのに時間を置く必要はありません。
宇宙が始まる前は五行も存在しなかったのでしょうか。五行を作り出すための時間は存在しなかったのでしょうか・・。

  次に、五行は情報ではないか、という視点から考えてみます。
そもそも情報とは何か、分かるでしょうか。
私達が身体を動かすのも、意識や無意識を刺激した情報が発端になっていると考えられます。イラクに核があるかも知れないという単なる情報が発端で、結果的にイラクそのものが潰れました。
これらの情報には、エネルギーがあるのでしょうか。
情報が結果を引き起こすとすれば、情報が司令塔でエネルギーは一兵卒かも知れません。
しかし、原因としての情報は存在しない可能性もあります。もともと変わる運命が先にあって、情報には結果として出会ったとも考えられます。
情報が原因の仲介者としての役割を果たすものだとしたらどうでしょうか。
遺伝子は空間系の情報の担い手であり、盲師派推命占術に置ける誕生時刻は時間系の情報の担い手と言えるかも知れません。
そうだとすれば、五行は直接情報の指揮をとっていない可能性が高いと思います。直接指揮をとっていれば、担い手は必要ないからです。
五行は間接的だから、運命の変更も出来るのではないでしょうか。間接的だから、五行を直接照射するような場面はなく、代わりに置物が登場するのです。
目次
○ 波動から斬り込む
○ 縦波か横波か
○ らせん
○ らせんは、わだち
○ らせんにおける左右の善悪
○ 波動を作るための時間
○ 五行は神の頭の中にしか存在しないのか
○ 情報
○ 情報って何?
○ 「情報」の配下に「エネルギー」はありそう?
○ 石ころにとっての「情報」とは
○ 原因としての情報は存在しない?
○ 仲介者としての情報
○ 情報と連鎖
○ 五行は間接的
○ 間接的だから運命変更も間接的
○ とりあえずは「愛の度数計」が欲しい
○ 運命変更はどうよ?
波動から斬り込む
 
 パフォーマンス講演会の時、波動のグラフの中に埋め込まれました。 

   運命が決まっているということを、私は波動のグラフで説明してします。
 これをすると、とても分かった気になります(笑)。
 なので、今日からしばらくは、波動から斬り込んでみます。
 今まではエネルギーがあるかないか・・という議論が続きました。
 でも空気中に沢山の電波が飛んでいますが、私たちは関知することが出来ません。
 雷が鳴ると、ラジオからは「ガガガ」というノイズ音が出ます。
 しかしラジオが発明されるまで、雷から沢山の電波が出ていることなど、誰も知りませんでした。
 もしも五行が電波のような波動だとすれば、それをキャッチできる受信機が出来ていないからだと言えるかも知れません。
 さらに言えば、五行は「波動」だと言えば、多くの人が納得しそうです。
 この世界(不思議ギョウカイ)では、「波動」という言葉がジョーカーのように使えるからです。
 しかしギョウカイで使う「波動」とは一体何なのか、誰も定義してはいません。
 今日も短いですが、問題提起のみです。
縦波か横波か
 
 波動には二種類あります。「良い波動」と「悪い波動」です。
 ち・・違います。縦波と横波です。
 電波は横波ですが、音は縦波です。水の波は横波です。
 水の上にボールを浮かせたとして、そこに波が来たときボールは上下に移動しますが、進行方向には移動しません。これが横波です。
 ブツが進行方向に振動するのが縦波です。音は鼓膜を振動させます。だから音は縦波です。
 五行が波動だとすれば、どちらでしょうか・・・。
 縦波の可能性が低くなるのは、縦波の場合は周波数が低くなると、感じやすくなる点です。
「気」などは縦波の可能性が高いです。敏感な人には感じられたりするからです。
 でも羊の置物に手をかざして「おお、出ている、出ている」などと言った人を、超能力者ですら見たことがありません。
 縦波の可能性がもう一つ低くなるのは、発信点と受信点の間に何かの媒体が存在していなければなりません。
 空気がなくなれば、縦波である音は伝わりません。
 しかし横波の電波は、真空中でも飛んでいきます。
らせん
 
 前回は、縦波か横波かという問題提起をしました。
 横波だと仮定した場合、その飛び方には種類があります。専門用語で言うと「偏波(ヘンパ)」です。
 テレビのアンテナは水平に設置されています。あれは「水平偏波」だからです。東京タワーの上についている送信アンテナも、よく見ると水平なのです(垂直に見えるのは、ポールの部分です)。
 携帯電話は立てて使うので、送信アンテナも垂直です。これを垂直偏波と言います。
 さて、ジョディーフォスターが主演した『コンタクト』という映画がありました。映画の中ではここまで詳しいことは出てきません。
 しかしカールセーガンが書いた原作本は違います。マニアを唸らせるのに、十分でした。
 主人公のエリーはベガから送られてくる電波に、何か情報があるに違いないと思い、色々調べます。そしてとうとう発見します。
 彼ら(ET)は、「らせん偏波」を使っていたのです。
 カールセーガンは本を書く前に、ノーベル賞クラスの科学者に手紙を出しました。
 ETとの遭遇で一番可能性がありそうで、しかも科学的な方法を提案してくれなとか・・・・と。
 問われた科学者のひとりが「彼らは『らせん偏波』を使うはずだ」と言ってきました。らせん偏波が一番遠くまで飛ぶからです。
「らせん」を英語で「ヘリカル」と言い、実際にヘリアルアンテナは存在します。

 エリーは、さらに調べます。らせんには右回りと左回りがあります。
 それがなんと、ETから送られてくる電波は、らせんの右と左が瞬間的に入れ替わっていることを、エリーは発見します。
 ETは、右回りを「1」、左回りを「0」というビットの情報を乗せていたのです。
 そして、宇宙船の設計図であることが分かってきます。
 映画ではここでやっと、原作と同じ流れに戻ります。
 設計図が二次元ではなく、三次元を使っていたことは、映画を見ての通りです(らせんの件に比べれば、三次元の設計図など、陳腐です(笑))。
 ビットは、陰と陽に対応させることが出来ます。
 六爻占術で卦を作るとき、陽は右回転、陰は左に回転させます。これと似てませんか?
 らせんなら、回転方向で陰陽に分ける事が可能なのです。
「横波」+「らせん」は、可能性としてはゼロではないと思います。
らせんは、わだち
 
 昨日は「らせん偏波」の話を書きました。
 意外にイケているのではないかと思いました。
 多くのものは、らせん進行しているからです。
 地軸が傾いているので、自転公転により、地表にいる私達は、らせん進行をしています。
 十二支を月に当てはめる際、このらせん進行は、ピッタシカンカンです。
 さらに六爻占術の中では、多くのものが回転しています。
 月日しかり、納甲の歌しかり、六神しかり・・
 しかし波動の中で回転の要素が入るのは、「らせん偏波」くらいかも知れません。「らせん偏波」は別名「円偏波」とも言います。
 さて、小説「コンタクト」ではETが電波を「らせん偏波」で発射しました。
 しかし今の地球上では「らせん偏波」を使っている通信方法は、ほとんどありません。だから馴染みが薄いのです。しかし・・。
 水平偏波であれ垂直偏波であれ、宇宙に発射した電波は、次第にらせんを描くようになるのです。これは一種の「わだち現象」かも知れません。
 つまり地上での電波、すなわ水平偏波や垂直偏波は、ハンドルを強く握り、わだちを無視して真っ直ぐに突っ走る車のようなものなのです。
 だからエネルギーを消耗して、電波はあまり飛ばないのです。
 しかし宇宙に飛び出すと、電波はハンドルを手放し(笑)、わだちを進行するようになります。
 すると抵抗が少なくなり、エネルギーも消耗しなくて、遠くまで飛ぶのだと思います。
 だからETが元々「らせん偏波」で発射したのは正解なのです。
 以上から言えることは、宇宙(あるいは時空)の基本的な道筋は、らせんで出来ているのではないかということです。
「らせん」とは、「進行」と「回転」です。別にそれが反射してきても構いませんが・・。
らせんにおける左右の善悪
 
 お酒の上に手をかざし、右に回せば美味しくなると言います。
 精神世界ギョウカイにおいては、「右回転信仰」が存在します(笑)。
 右回転は良くて、左回転は悪いといった具合に・・です。
 でも私の記憶に間違いがなければ、宇宙空間を飛ぶ電波のらせんに、左右の差はありません。
 つまり、昨日書いた「わだち」は、空間的に出来ているわけではなさそうなのです。
 宇宙空間で、ある電波は何らかのはずみで右に回転を始め、ある電波は左回転を始めるのです。どちらが遠くに飛ぶということはありません。
 右だろうが左だろうが、優劣はありません。
 だから小説「コンタクト」では、ETは、左右の変化を同等に使ったのだと思います。
 これは六爻占術でも同じです。
 納甲の歌で、右回転が左回転よりもエライということはありません。
 となると、次の仮説が生まれると思います。
「モノは飛び出すと、どちらかに回転したがる」
 なぜ真っ直ぐに飛べないのでしょうか・・。これが不思議な点です。
 でも精神世界の人に言わせれば「世の中は全て回転するようにできているんだよ」で終わりです。そしてどっちの回転が良いかなどと言い始めます(笑)。
 しかしここは不思議研です。そんな問いに上昇するわけにはいきません。
 話を戻します。 
 なぜ真っ直ぐに飛べないのでしょうか・・
 もしも地球の自転公転が止まったら、月日からの生剋は固定されます。明けるはずの空亡も明けません(笑)。運命は今よりもっとガチガチになります。
 電波ですら放っておけば回転を始める・・これは運命と関係があるような気がします。
「右回転が良い」などと言っている場合ではありません。
波動を作るための時間
 
 五行が波動だとしたとき、大問題が生じます。それは「時間」です。
 五行の伝搬速度はどれほどでしょうか・・?
 たとえば「土星の輪はどうなっているのか」という問いを持ってコインを振ることもできるはずです。射覆のように、土星の輪の性質を暴くことも出来ると思います。
 しかし土星と地球は、光の速度で確か2時間かかるはずです。
「場」が光の速度と同じなら、「土星を思って」から4時間経って振らなければなりません。
 意識が行き場が帰るのには、往復の時間がかかると思うからです。
 でも「瞬時」に場は来ます。
「瞬時」だということは経過時間がゼロということで、伝搬速度は無限大です。
 私が知る限り、時間がゼロだと波動が出来ません。波打っている暇すらないからです(笑)。
 沖合の波が「瞬時」に岸まで到着すれば、サーファーは波に乗ることすら不可能です。
 でもギョウカイ人はこの矛盾を平気で克服します。「高次の波動は瞬時に伝わる」とか(笑)。
 これは縦波でも横波でもつきまとう問題です。
 宇宙が出来る前は、時間すらなかったようです。
 では五行も存在しなかったでしょうか・・。あったように思えます。
 五行が波動ならば、その波を作り出している時間はどうなっているのでしょうか・・。
五行は神の頭の中にしか存在しないのか
 
 波動を作り出すための「時間」すら存在しないとき・・・私に浮かんだアイディアは・・方程式のみという世界です。
 つまり波動が「結果」であると考え、それを生み出す方程式を「原因」と考えたわけです。
 そこにブツが生まれれば、その方程式(何らかの五行の方程式)に則って動き始めるというわけです。
 もしもこの考え方でいけば、時間の五行も場所の五行も「観念の世界」ということに近いです。
 シナリオライターによって書かれた台本に沿ってこの世は動いている、しかもその台本はブツとしては見ることが出来ない・・。
 この考え方が正しいのかもしれないいう根拠もあります。それは「五行はエネルギーを持たない」という仮説と矛盾しなくなるからです。
 つまり神が五行を作ったと仮定すれば、五行の五芒星は神の頭にしか存在しないのです。
 それは波動に似たように動きますが、波動そのものではないと言うことになります。
 しかし私は、この仮説を支持したくはありません。これからも五行を探っていくと思いますが、神の頭の中にしか存在しないものなら、どうしようもないからです。
情報
 
 昨日は「五行の五芒星は、神の頭にしか存在しない」という仮説を書きました。そして「しかし私は、この仮説を支持したくはありません。これからも五行を探っていくと思いますが、神の頭の中にしか存在しないものなら、どうしようもないからです」とも書きました。
 でもよく考えてみるとこれは、「情報」のことを言っているのだと気づきました。
 いよいよ来ました、「情報」の世界に・・。
 映画『マトリクス』では、「原因」である「情報」にアクセスして、それを変えると三次元の肉体側の世界も変わるというものでした。それに近い感じもあります。
 でも今まで話題になった「波動」だとすれば、「アナログ的」です。
 講演会に使ったグラフはアナログ的でした。波には高低差がありました。
 あれを見ると、「次第に変わる」と感じです。実にアナログ的です。
 「情報」ならば、五行が「デジタル的」というのも理解できます。
情報って何?
 
 昨日は「五行は神の頭の中にしかないのではないか」という書き込みをしたら、「五行は情報ではないか」というセンテンスが浮かびました。
 何故かと言えば、エネルギーが無くて情報しか存在しないというのが、ピンと来ないからです。
 パソコンの中には多くの情報が入っています。しかしエネルギーが不要のものなど、何一つありません。
 しかし神の頭の中なら、別物です。
 さて、私達が何かをしようと身体を動かすのは、「意識」や「無意識」として発動したものが、筋肉を通して現実化させようとするからです。
 元々の発端は、「意識」や「無意識」に起こった(あるいは刺激した)情報だと思います。
 その「情報」とはいったい何者なのか・・
 もしかすると私達は「情報」というものが全く分かっていないのかも知れません。
 イラクに核があるかも知れないという情報は、先進国家の軍事力を発動させて、イラクそのものを潰してしまいました。始めは単なる情報でした。
 しかし「核があるかも知れない」という情報には、エネルギーがあるのでしょうか・・。
 その情報は、情報として物理的に証明できるでしょうか・・。
 私は今日の昼間、濃いグリーンのジャケットを着ていました。私のお気に入りです。
 これを見た人が「素敵なジャケットね」と言うかも知れません(笑)。
 そのレスポンスも一つの情報だと思います。
 濃いグリーンは光のスペクトルであり、エネルギーを持っています。
 しかし「素敵なジャケットね」・・という情報(笑)には、エネルギーがあるのでしょうか・・。
「これからの時代は情報だ」と言われて久しいですが、情報って何か分かりますか??
「情報」の配下に「エネルギー」はありそう?
 
「情報が世界を変える」・・これは私が講演会でよく使うフレーズです(笑)。
 努力して生き方を変えても、世界は変わりません。しかし情報を与えれば、世界は自動的に変わります。
 その良い例が、生まれ変わりの村の「スープ」の情報です。
 この情報を得た人は、死んだとき、スープはもう出てこないかも知れません(笑)。
 情報そのものが、流れを変えると思うからです。
 私はニッセンという株が上がることを事前に知りました。それは「情報」です。そして情報を使って大儲けをしました。
 何も「事前」でなくてもかまいません。ニッセンが「今期は5倍の利益が出た」という情報を流した翌日、ストップ高になりました。それから半年もかけて8倍に上がりました。
 ストップ高の後に買った人だって大儲けをしました。
 動物だって餌の情報をゲットすれば、移動を始めます。
 生命の運命を決定しているのは、「情報」かも知れません。
 ある日、第三次世界大戦が起こり、弾道核ミサイルが発射されたとき、ボタンを押すきっかけになるのは何かの「情報」でしょう。「そろそろ敵がミサイルを撃ちそうだ」とか。
 世界を破滅させるのは、「エネルギー」ではなく「情報」かも知れません。
 こうして考えると、「情報」が司令塔だとすれば「エネルギー」は一兵卒です。
 そして、世界を終わらせることが出来るのが小さな「情報」だとすれば、世界を誕生させたのも、小さな「情報」かも知れません。
 情報って・・何?
石ころにとっての「情報」とは
 
 イラクに核があるか、ニッセンが上がるか・・という「情報」をパンダが知っても利用価値はあまりありません(笑)。
 でも石ころが知ったら・・もっと価値はなさそうです(笑)。
 だとすると、「情報」というのがもっと分からなくなりそうです。
 世界を動かしているのは、本当に「情報」なのでしょうか?
 確かに人間は偉そうです。そこに「情報」が来れば、判断を下して流れを変えようとします。
 しかし・・・盲師派推命占術によれば、「運命は決まっている」と言えそうです。
 話をブツに戻します。
 石ころに太陽の熱が当たりすぎても、どうしようもありません。日陰に逃げることすら出来ないからです。
 石ころにとって、情報はあってもなくても、変わらないのではないでしょうか・・・。
原因としての情報は存在しない?
 
 パンダにとっては、ニッセンの情報より、ササの葉の情報の方が大切です。
 石ころにとっては、ニッセンの情報でもササの葉の情報でも関係ありません。
 前々回は、「情報」が世界を動かしているのではないかと書きました。
 それは本当でしょうか?
 生まれ変わりの村の「スープ」の情報は、それを知った人の死後を変えるのではなとかと書きました。
 もしかすると、逆ではないでしょうか?
 あなたの死後は、もともと変わる運命にあったのです。
 なのであなたは私の講演会に出て、「スープ」の情報に出会わなければならなかった・・(笑)。
 イラクはもともと、アメリカに潰される運命にあった・・。だからフセインは、まずい政治をやる必要があった。
「情報」は原因ではなく、「結果」だった・・。
 もしもこうだとすれば、「これからは情報の時代だ」とか「情報の先取りが未来を決定する」などと言っている人は、大バカになるわけです(笑)。
 原因としての「情報」というのは存在しない・・・この仮説は本当でしょうか?
 でも、「情報」が司令塔で、エネルギーは一兵卒だと言ったばかりです(笑)。
仲介者としての情報
 
 昨日までは、情報は結果であるか原因であるかという議論をしました。
 今日は「仲介者ではないか」という視点から考えてみます。
 パンダが馬鹿にされていました(笑)、パンダにも遺伝子はあります。目が大きくて美人のパンダとか・・・。
 それらは何で決まったかといえば、今までの定説では遺伝子です。
 私の父は色盲でした。それが私に遺伝するかの確率は50%でした。でも私には遺伝しませんでした。
 もしも遺伝していれば車関係の免許を取るのに支障をきたして、今の私のバイク生活はありません。
 ところがトラさんやダンさんは言います。「DNAは、誕生時間の配下にある」・・と。
 つまり誕生時間を調べれば、私が色盲になるかも分かるのです。
 もしかすると遺伝子は、情報の担い手かも知れません。
 誕生時間は「時間系」ですが、遺伝子は「空間系」です。
 誕生した瞬間に、時間系から空間系に移し替えるのかも知れません。
 こうして考えると、情報は原因の仲介者として考えることが出来そうです。
 もっと言えば、誕生時間ですら何かの「原因」の仲介者かもしれません。
情報と連鎖
 
 昨日は、遺伝子と誕生時間の関係が話題となりました。
 さて、この二つは「情報」でしょうか、「エネルギー」でしょうか・・
 遺伝子を形作るものはブツで出来ていると思いますが、その構成の仕方は情報と呼んでも良いのではないでしょうか・・。
 時間にエネルギーがあるかどうかは分かりませんが、誕生時間というのは情報だと思います。
 パンダにニッセンの株価の情報があっても仕方がないという理由から、情報は原因の世界から外に追い出されました。
 しかし今回、また返り咲きそうです。
 どこが変わったかと言えば「連鎖」です。
 単独で「原因のスーパースター」にはなれないけれど、マラソンで言うところの区間走者くらいには昇格しました。

 さて、ちょっとやっかいな問題に突入します。
 マラソンの区間走者は、前の走者のバトンを100%受け取ります。
「誕生時間走者」から「遺伝子走者」にバトンが渡るとき、それは100%渡るでしょうか?どうもそうではないような気がします。
 盲師派推命占術では、「誕生時間」が全てです。もしも100%のバトン(情報)が渡っているとすれば、遺伝子を解析するだけで運命を出せるはずです。
 でも、おそらくそれは、無理なのではないかと推察します。
 ということは、全部渡っていないのです。
 だから「連鎖」という言葉を、まともに受け取ってはいけないと思います。
 でも今日の書き込みは、情報が再浮上したとこで良しとします。
五行は間接的
 
 遺伝子やら誕生時間が出てきたことで、やっと五行の話題も出そうです。
 オーケストラに例えれば、五行は指揮者かという問題です。
 普通、指揮者は一人です。そしてオケラの演奏者に対してダイレクトに指示を出します。
 オケラのメンバーは全員は、指揮者を見ています。
 でも今話題にしている問題はどうでしょうか・・・。
 五行がダイレクトに指揮をとれるとすれば、遺伝子は必要ないと思いませんか?
 身体の全ての細胞は、遺伝子の情報を読みに行かずに、五行から直接指揮されていれば良いからです。
 となると、五行はオケラの指揮者とは違うのです。
 世界的な指揮者に小沢征爾がいますが、彼が「五行」だとすれば、小沢征爾のねじ巻き人形を指揮台の上に置いておくようなものです。
 もちろん人形は、本人と似た動きをしなくてはなりませんが・・。
 何を言いたいかと言えば、五行は間接的ではないか・・ということです。
 遺伝子が人形にあたります。
間接的だから運命変更も間接的
 
 五行は間接的ではないかと書きました。
 だから、運命の変更が出来るのではないでしょうか・・。
 五行が直接的なら、我々側からも直接に五行を照射しないといけません。それは陰陽師の映画などに出てくるような、光線を放つタイプかも知れません。
 でもトラさんのテキストには、そういう場面は一つもありません。神主さんにお祓いを頼む場面すらありません。
 間接的だから、置物が登場するのです。
 この視点から考えてみても、置物からはエネルギーは出ていないと思います。
 昨年、ネットワークという考え方が出ました。この概念も「間接的」の象徴です。
 私が直接コンタクトできるのは、ほんの僅かだからです。
 その向こうに、広大なネットワークが広がり、私に影響を及ぼしていると思いますが、私は認識できません。
 間接的だとなれば、人は鈍感になります。見えないからです。
 だからこそ盲師は、当たる確率を上げることが出来たのではないかと、ふと思いました。
 間接的だとすれば、私達が直接に五行を測ることは、たぶん不可能なのです。
 でも間接的な方法でなら、測れるかも知れません。
 どんな方法か、今は思い付きませんが・・。
とりあえずは「愛の度数計」が欲しい
 
 五行を測定しようとした場合、問題が多発します。
 たとえば「森田健」という人物の五行を測定しようとします。
 コインを振ったとき、世爻に来るのが私の五行でしょうか?
 それは一生運の卦を使うのでしょうか?年運の卦を使うのでしょうか?今日の卦を使うのでしょうか?
 その他に、私には色々な運がつきまとっています。金運、仕事運、女性運・・。
 それらは用神の五行として現れると思いますが、問いのタイムスパンによっても変わるはずです。
 理系の用語に「絶対値」と「相対値」という呼び名があります。
 五行が絶対値のようなものとして存在していれば測定も可能だと思いますが、相対値だとすれば、かなり難しいと思います。
 例えば恋愛の判断では世爻と応爻を見ます。そして相生関係か相剋関係かを見ます。それで相手が自分を好きか嫌いかを判断します。
 例えば世爻が「金」で応爻が「土」なら、私(世爻)は相手(応爻)から好かれています。なぜなら土は金を生じるからです。
 でも「私」の五行はは絶対値としての「金」ではないかも知れません。相生・相剋関係を表現するために、私(世爻)がたまたま「金」になったのかも知れません。
 しかも恋愛における好き嫌いを、度数のようなもので計れるでしょうか?
 でも、計れるのです。
『宇宙人アミ』のアミ星では、愛の度数を測る測定器があります。それを使って計ると、地球人の愛の度数はとても低いそうです(笑)。550くらいしかないとか・・(単位が不明、マックスも不明)。
 その測定器を貸してほしくなりました。
運命変更はどうよ?
 
 親戚で子供が出来ない夫婦の卦は、以下のように原神が退神していました。



 原神を退神させないために、私は変爻の丑土と相冲する未を使うと良いという判断をしました。そのときの用神は子孫酉金なので、羊(土)は用神(金)も生じるからです。しかも仇神の官鬼寅木を入墓させることもできます。一石三丁でした。
 妊娠する子供が金の五行を持っているかと言えば、違うと思います。
 その理由の一つが、旦那の側で振った卦では子孫巳火となっていたからです。
 羊を使えば、かえってエネルギーを漏らしてしまいます。
 しかしトラさんのアドバイスもあり、羊の携帯ストラップは妻にも夫にも持たせました。
 そして子供が生まれました。
 五行は「絶対的」に固定されたものではなく、「相対的」なのではないかと思います。
 ではなぜ羊のストラップが有効だったのでしょう・・。
 五行の世界は、仮想空間のようだと思います。あることに対して、どの五行でも表すことが出来るのです。
 赤ちゃんは奥さんの側では金であり、夫の側では火でした。
 でも相対的な関係性は変わらないのです。
 そして羊は、その相対的な関係性の中において有効なのです。
 だから、その卦の中においてのみ有効なのです。
 にも関わらず、ブツの世界の運命を完璧に変更するほどの、圧倒的パワーを持っているのです。
 こうして書くと「圧倒的パワー」って、何だという話にもなります。
 小さな携帯ストラップが、「圧倒的パワー」なのですから・・。
 でもおそらく「パワー」すら、皆無だと思います。
 この仮説でいれば、また大問題が噴出します。
「相対的関係性」って何?・・という問題です。
五行を斬るー1
要旨:

原点に戻って、五行の性質を考えてみましょう。
五行の生剋は一方方向で、関係性は固定されています。
五行では、木と土の間に火が加わると、剋が解かれて連続相生という現象が起こります。これは他の物理法則には見られない特徴です。
もう一つ特徴的なのは、一般的物理世界ではゼロ値を基点にプラスとマイナスに分かれますが、五行にはゼロの概念が存在しない点です。
ゼロ基準が無いということは、計測不能ということです。ここに五行を捉えることの難しさがあります。

五行は相対的かも知れません。
その理由の一つは、量的な計り方が出来ないからです。
新居の風水を占ったとき、私が振った卦では火が月日から生じられ、妻が振った卦では火が月日から剋されていました。月日の生剋がエネルギーの大小を表しているとすれば、矛盾します。
置物で運命改善をするときも、五行の量を増やしているのではないと思います。
もう一つの理由は、方角の問題です。
例えば、私の部屋と娘の部屋は隣り合っています。私の部屋の中で西の位置は、娘の部屋から見れば東の位置になります。
コインを何度か振ると、世爻の五行は違っていることもあります。
試合を占うと、世爻が片方のチームになります。同じ試合を何人もの人が振れば、世爻の五行はみな同じではないはずです。選手一人一人の五行はそれぞれバラバラかも知れませんが、チームの五行は一つに統一されています。
私が以前、植物の種に対する五行の生剋関係に関して実験を行ったところ、植物の五行を特定することは出来ませんでした。
物には固定された五行は無いのではないかと思います。
五行が表しているのは、あくまでも相対的な関係性なのです。

五行を捉えるのに厄介な問題はまだあります。
コインの落ち方と裏表の出方は、どの様に決まるのでしょうか。
どう見ても重力の法則に従って落ちているとしか思えません。
実際、表と裏の出る確率を調べてみると、どちらも50%でした。
重力以外とは別な力の働く余地が必要だとすれば、軽いコインの方が良いことになりますが、そうではありません。
ということは、五行は重力(従来の物理法則)と全く矛盾なく動いているのです。だから、五行が単独で発見されることがないのです。
五行を斬るのは、まるで闇を斬るかのようです。ここまでの考察でも、まだ何も見えてはいません。
それでも、五行がエネルギーではないという仮説が出ただけで、ひとまずは良いと思っています。
目次
○ 一方方向で、しかも役割が決まっている五行の要素
○ 五行ではそれぞれの役割が固定されて、なおかつ一方方向なのにも関わらず、フィードバックにも似た現象が起きる
○ ゼロの概念が無い
○ 計測不能
○ 相対性
○ 相対性(方角)
○ 五行とて「他力」
○ WBC決勝戦の卦
○ 対等感覚
○ 実験結果
○ コインはなぜ落ちる
○ 闇を斬る
一方方向で、しかも役割が決まっている五行の要素
 
 五行の生剋関係を見ると、気が付くことがあります。それぞれ一方方向で、役割が決まっているのです。火は土しか生じず、金しか剋しません。
 当たり前の事を書いていますが、やはり原点に戻るために、考えてみましょう。
 私たち個人個人の役割は、それほど決まっていないように見えます。
 私はAさんだけを好きになり(生じること)、Bさんだけを嫌いになる(剋する)ことは、ありません。だって一生のうちには、色々なドラマがあるからです(笑)。
 私がAさんを好きになれば、Aさんだって私を好きになる可能性があります(笑)。
 しかし五行の世界は違います。火は土を好きになるのですが、一生かかっても、いえ時空が終わるまでかかっても、土から好かれることはありません(泣)(笑)
 もしも私は生まれ変わったとき、五行の火や土に生まれてしまったら、こんなに悲惨なことはありません(笑)。好きな人からは、絶対に愛されない運命だからです。
 世間が分かった風な人は、よく言います、「世の中は無常だ」・・と。
 しかし五行の関係性は、時空の始まりから終わりまで、固定されたままです(泣)。
「世の中は有常だ」・・これほど悲惨なことはありません。
 こんな話(五行の生剋の話)は知っているよ、その後の展開の書き込みを読みたいよ・・という方には残念ですが、今日はこれ以上書きません(笑)。
 何故かと言えば、私が最も「神」を感じてしまうポイントがここだからです。
 偶然に任せれば、「固定される」ことなどあり得ません。
「一方方向で、しかも単一の役割」を決めた存在(何か)がいる(ある)のです。
 だから私には「五行の性質は分かった、次に行こう」ということが、なかなか出来ないのです。
五行ではそれぞれの役割が固定されて、なおかつ一方方向なのにも関わらず、フィードバックにも似た現象が起きる
 
 昨日は「一方方向で、しかも役割が決まっている五行の要素」という書き込みをしました。
 世の中の法則のほとんどは同様です。電気のプラスは、プラスの役目しかしません。磁石のNは、Nの役目しかしません。
 なので「火は土しか生じず、金しか剋しません」というのは、他の物理の法則の流れにも合っています。
 さて、話を進めます。
 一般的物理の世界(プラスマイナスやNとS)では、関係性は一方方向です。
 しかし五行の世界は違うことが起こります。
 火と土の他に木が出てきたらどうでしょうか・・。木は土を剋するので、敵が現れたことになります。
 でも木は火を生じ、火は土を生じるので、剋がキャンセルする形になります(連続相生)。
 私が知る限り、他の物理の法則の世界で、こういう関係性があるのを知りません。
(しかし私もそれほど物理科学に精通していません。他にもあったら、是非教えて下さい。)
 五行ではそれぞれの役割が固定されて、なおかつ一方方向なのにも関わらず、フィードバックにも似た現象が起きるのです。
ゼロの概念が無い
 
 一般的物理の世界では、ゼロを基点にして性質が逆転します。例えばプラスとマイナスです。
 家庭に来ている電線は一秒間に50回ないしは60回で、ゼロを基点としてプラスとマイナスの間を行ったり来たりしています。
 テレビ電波に至っては、1000万回も行ったり来たりしています。
 つまりこいつらは、ゼロ以下とかゼロ以上になれる存在です。
 しかし五行は違います。
 火はどんなに剋していっても、ゼロ以下(すなわち水のような性質)にはなりません。ゼロ値を超えて逆の性質になることが不可能なのです。
 いえ、もっと問いを深めれば、五行にはゼロという値すら、無いのではないかと思います。
 さらにもっと問いを深めれば、五行にはゼロという概念すら、無いのではないか・・と。
 何故「ゼロの概念」が無いのではないかと思ったかといえば、五行には「逆の要素」というのが無いからです。
 火の反対は水と思うかも知れません。しかしここに土を持ってきた場合、連続相生というおかしな現象が起こります。
 ゼロの概念が無いというのは、この世界では五行だけかも知れません。
計測不能
 
 五行にはゼロの概念が無いかも知れないと書きました。
 この「五行を斬る」という作業は、あらゆる可能性から切り込んでいます。なので現代科学では「非常識」という視点までも含みます。そのところをご了解下さい。
 さて、五行にゼロの概念がないと、困ることがあります。測定できないのです。 
 ある値を計測するということは通常、ゼロの点からの距離(値)を測る事に他ならないからです。
 他の物理の要素の中で、こういうものは他にないかも知れません。
 だから五行を捕まえることは、至難の業なのです。
 さて、ゼロという概念がないということを、もう少し考えてみます。
 もしもゼロという概念があれば、「宇宙空間のこの部分には五行の『火』はゼロだ」、あるいは「限りなくゼロに近い」ということもあり得ます。
 でも、それは起こり得ないと思います(理由は次回、書きたいと思います)。
 ゼロが無い・・この概念は、現代科学では最も取り扱いにくいと思います。
相対性
 
 五行にはゼロの概念が無い・・この仮説に至った最大の理由を書きます。
 今、新居を設計中でして、家族が新居の風水を振りました。
 すると、 たとえば私が振った卦では、火は月日から生じられていました。
 しかし妻が振った卦では、火は月日から剋されていました。
 月日から生じられれば、一般的には、エネルギーとしては最大値です。月日から剋されれば、最小値です。
 しかしです。火は南の方向なので、我が家の南は、矛盾したエネルギーに満ちています(笑)。だから昨日書いた仮説が出てきます。
*************************
 もしもゼロという概念があれば、「宇宙空間のこの部分には五行の『火』はゼロだ」ということもあり得ます。
 でも、それは起こりえないと思います。
*************************
 ゼロという概念には、どこかに「絶対性」という考え方が潜んでいると思います。
 月日から生じられているから、それはゼロのポイントから高い位置にある・・。
 月日から剋されているから、それはゼロに近い位置にある・・。
 こう解釈するということは、エネルギーの大小でモノを見ています。
 五行が世に出て2000年経ちますが、「量」の見方が、「何も見えなくさせていた」と考えてみたのです。

 改善のために置物を置くのは、そのエネルギーの「量」を増やすためでしょうか?
 私はそうは考えなくなりました。
 個別の「量」という考え方はオフライン的です。しかもアナログ的です。
 そう言えば、面相師も同様の事を言いました。
「森田さんの家の風水ですが、森田さんにはこの色が良いが、奥さんにはこの色が良い」・・と。
 妻にコインを振ってもらったら、やはりその色(妻にとっての良い色)が出ました。そしてキッチンはその色にすることにしました。  
 全てが相対性の世界だとすれば、ゼロ値は存在しなくても良いと思いました。
 そしてこの考え方には、面白い側面があります。
「宇宙はゼロから始まったのか?」という議論から脱却できる点です。
「宇宙が誕生する前、私たちも何らかの形で存在していたかも知れません」・・は、講演会の最初に言ったフレーズでした。
 以上のことは、もちろん仮説ですが、視点としては「ゼロではない」と思います(笑)。
相対性(方角)
 


 これは有名な(笑)相冲図です。この中で、方角だけに注目してください。
 方角というのは相対的です。
 私の部屋と娘の部屋は、隣同士です。私の部屋の中で西の位置に置物を置いたとき、それは娘の部屋から見れば東にあたります。自分がどこにいるかが基準になります。
 北極点で「この置物を北の方角に置け」と言われると固まります。これ以上北には行けないからです(笑)。
 五行が相対的だというのは、非常に困ります。
 既に書いたように、測定するのが難しくなるからです。
 これから見ても、「宇宙のこの場所の火の五行の値は5.2だ」などと測定することは出来ないと思います。

 ここまでは人間を中心に考えました。次は物を考えてみましょう。
 リンゴが机にあったとします。リンゴの吉凶を占って(笑)、コインを振ったとします。
 そこに出てくる五行は、独立したリンゴの五行でしょうか?
 そうではないと思います。コインを振った人間との関係性が出てしまうと思います。
 相対性というのは、非常に厄介なことです。でも、何とかしたいです。
(と言っても、分かった風な結論を出す気はありません。だからこうしてしつこく食い下がっています)
五行とて「他力」
 
 今まで書いたのは、五行には絶対的というものは無い。相対的である。ゼロの概念も無い、すなわち測定できない・・などなど。
 今日は私のぶっ飛んだ仮説を紹介します。なので当然のことながら、肯定的レスは期待していません。 
 ネットワーク論が出て以来、私は五行に対しても、ネットワーク論の仮説を当てはめて考えることが多くなりました。
 五行には、相対的な「関係性」だけの意味しかないのではないか・・と。
 つまり六爻占術でコインを振って世爻が「火」だと出たとき、それは「火」が最初に決まったのではなく、他の要素が「木」「金」「土」「水」だったので、世爻が次のように思ったのです(笑)。
「残りは火だけじゃないか・・本当は水が好きなのにぃ・・ブツブツ」と言いながら、火であることを認めたのです(笑)。
 つまり「自分は空洞で、他の全てが原因」という思考方法を、そのまま五行にも当てはめたのです。
 だからこの視点からすれば、エネルギーの考え方は皆無です。
 エネルギー的思考には、「そこに現存として存在する」というイメージがあり、それは「自力」を思わせます。
 しかし五行とて「他力」の可能性は無いでしょうか?
「関係性」だとすれば、コインを何度か振ったとき、世爻の五行が違っても不思議はありません。
 関係性さえ崩れなければ、何も「火」である必要は無いのです。
WBC決勝戦の卦
 
 以下は、今日のWBCの決勝戦を占った判断です。



森田の判断
世爻を王ジャパン、応爻をキューバチームとします。
世爻は日と同性で強く、原神が独発して忌神を入暮させながら世爻を生じ、
応爻は月から剋されて弱く、王ジャパンが勝ちます。
発動して六冲卦に変わって、点を取り合う動きのあるゲームになります。

 さて、世爻には金が臨んでいます。
 もしもイチローや王監督を振ったとすれば、金が来ないかも知れません。おそらく選手の五行はみんなバラバラでしょう。
 それどころか、今日の試合を振った人がいるとすれば、世爻に金が来ていない人だっているはずです。それでも王ジャパンが勝つことは、当たったのではないでしょうか・・。
 しかし病気の判断などでは、金は骨の情報になり、土は胃の情報になったりします。つまり五行を無視できません。
 とはいえ、それは「情報」を私たちに伝えるためではないでしょうか・・。
 エネルギーを持つということは、アインシュタインの相対性理論から言えば質量に換算されます。それがどうも、ピンと来ませんでした。
 ネットワーク論に変わったとき、初めて「全体」に目が行くようになりました。
 五行とは単に関係だけを記述するものだった・・と思いました。
 今日の試合の卦から言えば、月日からの生剋と原神の発動が決め手です。
 世爻の「金」そのものにエネルギーが充満したわけではないと解釈します。
対等感覚
 
 私達は、五行の制約の下にあると言われています。
 しかし五行がエネルギーでもなく、何の五行にでも取って代われるとするならば、それを「制約」と呼べるのでしょうか?
 私達は自分たちの自由を規制するものを、全て「制約」と呼ぶようです。
 最初は「神」もしかり・・でした。
 私達は神から支配された存在であり、自由を得ることは、神から自由になることだと思ってきました。
 五行にも、神に似せた性質を投影しているような気がします。すなわち、下の関係です。
 上の世界に君臨する五行の支配下に、我々は存在しているという概念です。



 ところで私自身は「五行の上に立つ」という「自由」を得たいとは思っていません。
 全ては横のネットワークだと思っているからです。
 私は運命変更をかけるとき、用神や原神を「強める」ことを主として行っていません。
 トラさんも、その方法はあまり効果が少ないとも言っています。
「強める」というのには、エネルギー的思考があると思います。
 そこには、相手に対して優位に立ちたいという意図もあるような気がします。それは五行に対する被害者意識(笑)、あるいは劣等感があるような気もします。
 全てが対等だとすれば、五行とて同じだと思います。
 私が今回のテーマを展開しているのも、そこに「原因」(笑)があると思います。
実験結果
 
 以前、五行の生剋に関して実験を行ったことがあります。それをお見せしたいと思います。
 まずは、文字による生剋です。水と書いた紙と、金と書いた紙を敷き、カイワレ大根の種(木の五行だと仮定)にどういう影響があるかを実験しました。
 ほとんど差はありませんでした。





 次は十二支の文字を大きく書いてみました。それでも差はほとんど生じません。(なぜ巳と亥にしたのかは不明です(笑))


   次は色でやってみました。白は金の五行で、黒は水の五行のつもりです。ブツはもやしです。ここでもほとんど差は認められません。 


   つまり物には固定された五行は無いのではないかと思いました。
 しかし色を使って運命を改善できたケースは多いです。十二支の文字を使って改善するケースも多いです。 
 でもこの実験には疑問もあります。何を改善するのか・・ということです。
 「早期発芽成長」が「良い運命」とは限りません。
 私なんか、中学を卒業するまで「万年チビ」と呼ばれていました(笑)。それが私にとって、マイナスとは思えません。
 元々の問題設定が違っていたのではないかというのが、この実験かも知れません。
コインはなぜ落ちる
 
 五行がエネルギーだと思っていたとき、コインの落ち方も決めているという仮説も持っていました。
 コインはなぜ当たるのか・・・
 でも、どう考えても重力に従って落ちているような・・・。
 しかし机に落ちて、クルクルと回ったりしているとき、何らかのエネルギーが働いて、表を裏に変えているのかも知れません。
 もしもそうだとすれば、軽いコインの方が正確だと言えます。
 でも実際はそうではありません。不思議研がトラさんと一緒に開発した「場の取れるコイン」は、10円玉よりも重いです。
 こんな重いコインをどうやって動かすのか・・・。
 私は表の出る数と裏の出る数を記録してみました。するとほぼ50%でした。
 ということは、単に重力に従って落ちているのです。
 別に他から、別の力を受けているわけではありません。
 六爻占術を始めたとき、まず最初にぶち当たるのが、この難問でした。
「場を取る」と言いますが、それは一体どういうことなのか・・。
「場」はエネルギーの一種なのか・・。
 物理学者の前でコインを振ったとき、彼らは一体なんて言うか・・
「バカバカしい・・。単に重力の法則で落ちているだけなのに・・」
 未知のエネルギーが発見されて証明されれば、こんなに説得力のあることはありません。
 でも、そうではなさそうなのです・・。
 コインは何故、未来の情報を載せて、裏表を決めて、落ちるのでしょうか・・。それは何らかのエネルギーではないのでしょうか・・。
闇を斬る
 
 コインの続きです。
 重力の法則は分かっています。リンゴが木から落ちるのをニュートンが見て、発見したのです。
 重いコインの方が「場」が取れるということは、出来るだけ重力に忠実に落ちた方が良いということになります。
 ということは、五行にもしもエネルギーがあると仮定するならば、従来の物理の法則と全く矛盾なく動いているのです。
 これがおそらく、五行の「エネルギー」を発見できない理由なのだと思います。
 そして、重いコインの方が場が取れるとすれば、「五行にはエネルギーは無い」という仮説だって成り立つと思います(既に言っていますが)。
 剣豪のドラマで真っ暗な闇の中で対戦するとき、相手が無になってしまうと、斬りかかることすら出来ない場面が出てきます。
 そんなとき、相手が邪悪のエネルギー(怒りとか)を出して来ると、とたんに相手は斬られます。
 それでなくても剣豪は、殺気を事前にキャッチします。
 剣豪のドラマに例えれば、五行は無になって潜んでいる状態です。宮本武蔵ですら、斬れません。
 ここまで書き進んできましたが、まだ何も見えない状態です。
 でも、「エネルギーが無い」という仮説が出ただけでも良いと思います。それが正しいにせよ、違うにせよ・・・。

 ところで少し脱線しますが、イチローは「孤高、クール、哲学的」というのがウリだったそうです。しかしWBCで一転しました。
 感情をモロに出すイチローに、日本中が同調して燃えました(笑)。
 今後、彼へのCM出演が殺到するそうです。そして出演料の値も跳ね上がるそうです。
 それは感情を出したことによって、国民が彼を身近に感じられるようになったからです。
 しかし五行は、ちっとも身近ではありません。以前のイチローよりも、もっとクールです(笑)。
 だから五行に対してのCM出演は、今のところありません(笑)。
 イチローよ、五行に対して一度吠えて欲しい。五行も熱くなって吠え返すかもしれません(笑)。