気持ちの整理
世の中というのは、もともとよく分からないものなんだけども、情報が溢れすぎて、昔より複雑になっているように感じる。
よく分からないものという前提は、変わらないが、そのよく分からなさについて、一昔前であれば、ある種の一つか二つの噂が広がっているようなもので、それがあまりにも自分の手の届く範囲の現実から乖離しているという感じ。
現代では、その噂の元らしき人物自身の発言を多くの人が捉えることもできるし、場合によっては、反応をし、反応を得ることもできる。
しかしながら、その伝えられる言葉に限りがあること、その言葉の定義がちがうことなど前提の理解が違うため、言葉は伝えられるが真意が伝わらない。
ただ、この伝わらないというのは、実際に対面する人、電話直接やりとりする人の関係においても、より多くなっているように感じる。
あるテーマの議題において、その本質を共有することが困難になっている。
そんな当たり前のことを理解できないほどに、人々は、自分の信条(よく言えば)都合で解釈をしている。
それぞれが、そのテーマについては理解しているとはいいながら、勝手に解釈をしてしまうのである。
その結果として、結局のところ、エネルギーの大きい(昔の言い方で言えば、声の大きい)人の解釈と都合により、物事が進んでいく。
まあ、それが昔から変わらない法則ではあるのだが。
正解はなく、それは常に本人の都合で動いている。
それの都合は、別の大きな都合によって、変わってしまうし、変わってしまったものの自らの運命となる。
その都合は、優秀な人にとっては、より自覚的に扱っている。
そこに本当の信念があれば、ありがたいが。
本当に素晴らしい何かに自覚的な人は、少数だろう。