自らに何が起こっているのかが、分からない。
これが、多分に人間にとって、かなりの恐怖だろうと思う。
常に体では何かしらの変化は起きているのですが、自らが認識していたないときは、何が起こっているのか分からないけれども、恐怖はありません。
しかしながら、熱がでたり、痒みが出たり、腰が痛くなったりすると、どうして?と思い、少しずつ恐怖が出てくる。
それが、数日で良くなれば、たいしたことはないでしょう。
でも、それが長期間に渡れば、心は疲弊していく。
それも、自分で創造していると言われても、その実感がないものだから、これまた厄介。
自分で創造できるのなら、どうしてこんなことになるの?どうして今すぐ治らないの?
そう思うのが、普通のこと。
自分の身体だから逃げようがない。
ここが、目の前で起きることの現象との大きな違い。
否応なく目の前に引き戻される。
これが、魂のやりたいことでも、先祖の因縁でも、どうでもいいんだ。
言いたいことは、『だから、何?』
意味なんかないよ。自分で見つける以外。
もうええわ そういうの