物事は、目の前で起きている。
確かに起きているのだが、『正確』に捉えることはできない。
崩壊は、時の中で起きる。
目には見えない。
その崩壊の粒の主人公である自分は、それを認識することは難しい。
崩壊と再生は、同じものであり、崩壊は再生の過程である。
なんてことはない、いつでも起きている。
それが、ただ今ここの真っ只中にいると分からないというだけのことである。
それを見て、ある人は再生といい、ある人は崩壊はという。
どちらも同じことなのだ。
全てが消えてしまったって、あなたへの思いが消えてしまうわけではない。
その思いは永遠にある。
そして、時のない世界からの今は、何もないところ、何かあるところを選んでいるに過ぎない。
その過程を覗くために。