6月13日に父方の祖父が旅立ちました。


自分にとって直接意思の疎通のある身近な親類の『死』は今回が初めてでした。


高齢ということもあり、家族は皆覚悟していましたが、年末まで働いていましたので、


最後の最後まで『生命を燃焼して帰還した』


という気持ちです。


人間意識としては、寂しさや哀しみよりも、地上における我が家系での支柱を失ったことの喪失感というか、それは、祖父という存在の大きさ故のものなのですが、そういうものがありました。


葬儀においては、さまざまな思い出話や写真などが顕になります。


若い頃の姿は、私の知っている祖父とはまた違う雰囲気を持っていました。

昔の日本人独特の『寡黙』な感じはそのまま。


立ち姿や顔立ちは、日本人というより異国の風貌を思わせます。


スラッとして、足が長い、面長で堀の深い顔。


猫背の様な姿勢で、かつ、細い体で重いものを上げたり下げたりしていたのだから、驚きです。体の使い方が上手かったのでしょう。


筋肉は、本来、必要最低限で大丈夫なようです。


そして、姿勢そのものよりも根源的には、自分の体(骨格や筋肉など)をうまく使い尽くすことの方が大事なように感じました。


その自らの体のことを感覚的に理解して、最後までうまく使い切っていたのです。


それは、食事にも表れていました。


最後は、メザシ→梅干し→塩辛それだけを食べていました。体が本当に欲するものを



お通夜にて、仏壇のある部屋で棺桶に入っている姿。


そのときになって、仏間には昭和天皇の写真が掲げられていたことに気づきました。


その世代にとっては、そういうことなのです。

そのときになって、これまでの知識が体験として理解できました。


本人が本当はどう思っていたかは、別として、そういう自我の思いよりももっと深く潜在的なところにある、そういう存在なんだと直観しました。


それと同時に、そういう存在であるということを真に体感していたのは、祖父の世代が最期だろうとも感じました。


いつもながら、これは良いとか悪いとかそういうことではありません。


私が祖父の横に座り顔を眺め、それからゆっくりと視線を上に向けたときにあったその額をみて、そういうことなんだと直観したというだけのことです。


正解は、わかりません。


でも、その瞬間、そこにある配置がぴたりとそういう事を物語っていたのです。





喪主の挨拶。


『良いことはみんなのおかげ、悪いことは全部俺のせいにすればいい』という祖父の言葉。


祖父は特別、本や勉強が好きだったという話は聞いたことがなく、これは人生の経験の中で得た教訓や生き方なのだろうと思いました。


まさに、武士のよう。(時代劇は好きだったようです。)


特別な信仰は持ってはいなかったように思いますが、ところどころでの発言を聴く限り、そうした目に見えない何かがあるということを理解している方でした。


何より直観が鋭かった。


一昔前の家長と言えば、家族のことならなんでも知っていたと言われています。

これは、直接コミュニケーションをとっていたかどうかではなく、家族の噂話や年賀状などの時期ごとのやり取り、文面などから感じ取っていたのです。


祖父もそうの様なものをもっていました、たまたま帰省した孫の乗っている車やバスを見かけたり。


これをただの偶然と言えば、現代ではそういうことになってしまいますが。


本当はそうではなく、それぞれの人との『間』、家族との『間』が、そうさせたと考えています。


量子力学的にいえば、私が、祖父の認識するフィールド(生活する地域)に入ったことで、『間』が合い視覚化されたと言えます。


これは、私の勝手な解釈です。


私が、駅でトイレに行っていて、遅れたら認識されたなかったかもしれないという推測できますが、おそらく、そのタイミングで、祖父は少し遅れる何かが起きていたことでしょう。


特に、相手は気付かないけど、祖父だけは家族のことを認識(目撃)していることが多かったので、周りは不思議がっていました。


霊能力と言ってしまえば、それまでですが、これは日本人なら本来誰もが持っていた感覚なんだと思います。





土地の神様の社を藁と竹で毎年手作りしていました。


現代の実生活をする上では全く役に立たないことなのですが、先代から続いてきたその全く役に立たないことをする中で、意味を感じ取っていたようです。


『やっとかんと具合が悪い』

そういうような事をぼそっといいました。


そうして、どうしてそういう構造なのか教えてくれました。


人間の家は、正方形の家は、作らない。それは、神様の家(社)だから。

だから、人の住む家は、角がぼこっとでていたりして、正方形にならないように作られている。


藁の屋根を作るときは、根っこを東、太陽ののぼる方に向ける。



正月飾りも同様で。


正月飾りのしめ縄は、人間が使うしめ縄とは、逆向きで編む(捻る)

普段とは、逆方向に編むことで、人間の扱うものと区別をするとともに、『苦労』をするという意味合いがあった様です。

逆向きは慣れてないので、意識を集中することになる→『苦労』をする。→ 一所懸命神に尽くす。→神を意識するということではないかと思います。


しめ縄を編むときは、合掌をして上下に動かす作業になります。

即ち、その行為そのものが祈るのポーズとなっていたのです。



祖父の体験で面白いもののなかでも

霊能者の助言というものがあります。


事業をやっていて、あるとき困ってその地域で有名な方に助言を聴きに言ったそうです。


結論から言うと、祖父はその助言通りにしませんでした。


情があるため、そちらを選べなかったそうです。


そのときの祖父の教訓は、

『霊能者に聞きにいったら、その通りにしないといかんなぁ』


と言うことでした。


(結構な大変な目に遭っているですけど、それをさらっと話してくれて、あんまり重くならないのが、祖父の凄いところ)



葬儀の終わり


外に出ると



空は、美しい青紫に染まっていました。

写真だと色が違うのですが、もっと神秘的でした。



祖父が亡くなった日は、私にとっては運命的な日でもあります。


私が、一番尊敬している実業家執行さんの会社の創業日(誕生日)


私の母校の創設者の亡くなった日。

来年お札に載りますね。

この方が表に出てくるということが、どういうことなのか。

それは、『武士道』と『菌』なのです。


これをただの偶然とみるか、運命とみるかは、人それぞれです。


私は、『生』と『死』が交錯した『数字』に運命を感じているし、それが、どういうことなのか分かっています。


ただ独りで。私だけが。