思いついたことを書いてみます。

何回も書いていることもあります。


『理想を持って、現実を歩む』

⇨小学生ぐらいからなぜか、ずっと思っていた。

先日の執行さんの講演を聴くまで、なぜ『理想』が先にあるのかが分からなかった。

『死』や『魂』が、人間としての本来の姿であるように『理想』もまた、そちら側に属する、よって、理想は、現実の陸続きの延長にあるのではなく、理想があって現実を歩むことで、『理想』に近づくことができるそういうもの。


その過程で、陸ではなく海を泳ぐこともあるし、トンネルを掘ることにある、山を登ることもあるだろう。


映画『ガタカ』において、ヴィンセントが兄との競争において帰り道を考えることなく、嵐の中、岸の見えない海を泳ぎ続ける姿こそ、理想を追うということ。


それは、誰にも理解できないため、狂気に映るが、コロンブスが成し遂げだこともまた同じことだと言える。



『青春は若い時だけではない』

⇨大学時代、学生時代しか遊べないという周りの考えが理解できなかった。

松下幸之助が『青春』を書として残していることの意味を考えれば、わかるだろう。

『理想』を追い続けることが、『青春』。

そういうものが持てるということは、とても幸せなことだろう。



『平和や戦争は、一人ひとりが考え続けるほかない』

⇨小学生の道徳の時間にそう思った。

今ならわかるが、考えをとめないということは、問いを持ち続けるということ。

これは、祈りであり、集合意識へのアクセスとも近い。




『死を恐れる必要はなく、そのときには分かる』

⇨小学生の頃、死というものを考えた、シェルター作ろうととしたり、富士山が爆発することなどを想像したりしていた。その当時の答えは、恐れても仕方がない、そのときにならないと分からないだった。



『議論や協力は、それぞれが自立して初めて成り立つ』

⇨学級委員に推薦で選ばれたときに、ある種の恐怖を感じた。自立していなければ、流されているだけ。

就職活動中のグループディスカッションにおいても、一人で考えつくような結論に意味があるのだろうかと思った。もちろん、落ちた。

これも今ならわかるが、本来の民主主義の前提は、『それぞれが自立している』ということにある。自立とは、精神的、経済的に自立しているということ。

なので、一昔前は、上流階級や一部の賢者にしか適用していなかった。

残りの人は、何かを決めることの能力がないことを『自覚』していた。

だから、本来の貴族(ノブリスオブリージュ)や賢者に対して、尊敬をしていたし、それでよかった。